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天下無双の流浪人

 真紀さんの所へ赴く事には意味がある。彼女は今日、岩戸先輩に詰め寄られていた。悪い事をしたと思う心があるなら怪異を見せるついで……いや、様子を見に行くそのついでにこの怪異を見せよう。

「あの人の家は分かってる訳?」

「そりゃあ勿論。だって真紀さんは俺をこの島に招待してくれた人なんだからな。バイト漬けの日々に慣れる前はよくお世話してもらったっけ。テストでいい点とった時なんかお祝いしてくれたりな! まあでも最近は……あの人の家には行ってないかな。学校終わったらずっと働きづめで、帰ったらすぐ寝るってのがルーティンになってたし。でも忘れてはない」

 彼女もまた賃貸に住んでおり、花屋と書店に挟まれた小さなアパートの一角で暮らしている。島の出身でありながら持ち家を持っていない理由は不明だ。まあそれを言い出したら……何故賃貸物件が埋まっているかも良く分からない。俺以外に外部の人間はいないらしいのに、空いていた部屋は一つだけ。未だに他の住人とは遭遇する気配もないし、それで困った事もない。

 ……賃貸のイメージと言うと、実家を出た人間が新たな住所を求めて行きつく場所だ。実家があるなら実家でいい。この島は人口が少なく、うっすら島民全員が知り合いというような小さな町だ。クラスメイトは当然実家暮らしばかりで、外部の人間は俺だけ。いや、厳密には過去にも外部の人間自体は居たようなのだが、今でも多くの出入りがあるかどうかという話と、過去の記録は別の話だ。もし外部の人間が多く来ているなら俺が珍しがられる理由が分からなくなってしまう。観光はともかく移住をする奴は珍しいと言われたらそれまでだが、そもそもここには観光すべき場所なんてないし。

 インターホンを押すと、すぐに真紀さんが応対しに扉を開けてくれた。普段は昼間眠っていると聞いていたからある意味賭けだったが、ついさっき起こされたと考えれば今回に限っては起きている可能性が高いと踏んで、実際正解だった。

「おやおやおや…………珍しいお客様だね~。泰斗君がガールフレンド連れてきて私の部屋に押しかけてくるなんてさ~」

「真紀さん。実は話があるんです。中に入ってもいいですか?」

「それは~真面目な話~?」

「はい。とても」

「ん~今はそういう気分じゃないんだけどなー。お姉さん、こう見えてもさっき叩き起こされてちょっと不機嫌っていうかさ。またの機会に来てくれると嬉しいんだけど、どうしてもそうはいかないのかな~」

「はい、どうしても」

 そのおどけた物言いに敵意はないが、やり取りを繰り返す内にピリついた空気が流れてくるのを感じた。あたける先輩に生活サイクルを崩されて不機嫌なのは特段嘘という訳でもなさそうだ。

 沈黙の交差、視線の交錯。

 鷹揚に手を広げた後、真紀さんは部屋の奥に引っ込んで間接的に入室を認めてくれた。目配せで二人を促すと、俺に続いて部屋へと入っていく。以前もそうだったがこの部屋には生活感というものがまるでない。家具がないからそう見えるというより、触った痕跡がないのだ。箪笥もある、テレビもある、リモコンもある、ベッドもある、冷蔵庫もある、台所もある、洗濯機もある。なのに設置しただけとしか思えないくらいに綺麗で、元々ずぼらな方で雀子との同棲もあり散らかっている俺の部屋とは大違いだ。

「ここ、本当に住んでるの?」

「もーちろんねっ。そう見えないとはよく言われるけども~流石に暮らす場所がないしなー。それで、何をしに私の家にきたのかなっ」

「まずは……みょ、妙な人に絡まれてましたよね。あれは大丈夫だったんですか? プールの授業中でしたけど、聞こえるくらい凄かったですよ」

「ん~許容範囲だよねー。面倒に巻き込まれるのはそれこそ面倒だけど、それを面倒くさがっても話は始まらないといいますか、慣れって怖いよね~。大人になるとはそういう事かもだけど、泰斗君はそうならないでほしいなってお姉さんは思うよ~。慣れるって、良くない事なんだ。分かるでしょ?」

「…………殺人への忌避感ですか?」

「私にとってはそうだけど! こういうのは自分に置き換えて考えてほしいな~」

 意識して会話すると、確かに引っかかりというか、得体のしれない感覚に襲われるようだ。別時間軸の芽々子が疑問に思っていたのも頷ける。カマをかければ何かわかるかもしれないが今はそんな事よりも大事な確認がある。

 芽々子に合図を送ると、彼女は『黒夢』を机の上に置いて中身を取り出していった。それは当然、百歌を偽装していたあの人形怪異のパーツである。

「これは貴方が夜な夜な倒してる怪異の本体の一部分です。本体自体は芽々子に隔離してもらってます。真紀さん、貴方はこれでわざわざ夜中にほっつき歩いて辻斬りもどきな事をする必要がなくなりました」

「おー。凄いね~。捕まえたんだ。私でも居場所が分からなかったのによく捕まえたよ。偉い偉い! でー、本体は殺したの?」

「いや、芽々子が殺してないなら殺してません。なのでついてきてくれませんか? 真紀さんは無関係って思いたかったけど……どうもそんな感じはしなくて」




「はは。いーよ。無関係じゃないからね~」

















 仲間と呼べる人以外に芽々子の地下研究所(と言いつつ、実際は乗っ取った形らしいが)に人を招いたのは初めてだ。一体どこから世介中道会に通じるかを把握していないので仕方ないが、真紀さんなら大丈夫だと信じた。

 そう、やり直せないので信じるしかない。

「ふーん、こんな場所があったんだねー」

 そんな事を言いながらも、真紀さんの目線は体内から伸びた電線に拘束される百歌だった存在に釘付けだった。芽々子は休憩室の方に何故か行ってしまった。この怪異が暴れる心配はないようだ。

「俺のクラスメイトとして潜伏してたんです。言われなかったら分かりませんでした。対処をしようって思えたのは真紀さんのお陰です。有難うございます!」

「いやいやお礼なんていいって~お姉さんはどんな事があっても君の味方だって約束したでしょ~? 見つかったなら良かったじゃない。処分方法に悩んでるとか?」



「―――真紀さん。俺が海岸でバーベキューしてる時に相互認識したって言いましたよね。つまりそれは、それまでは百歌も本物だったって事です。ここまではいいんです。すり替わった事なんて気づかないのは仕方ない。あの時は特に。ただどうしてそれを貴方が知っていたのか、知っていたなら何故本体を殺さずにちまちまと生み出されてる被害者の方を倒してたのか。その理由が知りたいんです」



 ハッチの閉まる音がする。

 意図を悟った真紀さんは困ったように眉を顰めて、ダボダボのズボンのポケットに手を突っ込んだ。

「色々誤解があるみたいだ。私が知っていたのは相互認識の瞬間であって、それ自体に確信は持っていても今の君には関係ないと思っていたんだよねえ。だから知っていたけど知らなかったっていうのが正しいかなー?」

「……どういう事ですか?」

「ふんふん。いやあ勝手に流れが掴めてきたよお。私が何処かでミスったかな。まあそんな隠す程の事でもないから良いんだけどさ。こういえば分かるかい? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「「え!?」」



「………………やっぱり、そうなのね」

 芽々子が休憩室から戻ってくるなり、手に持っていた分厚い本を開いた。

「天宮君がどうも私の事情を少し知っているっぽい事もそうだけど、何かおかしいと思っていた。彼の場合は別の時間軸の私が教えた可能性も否めないけど、貴方は違う。私の繰り返した何千回、貴方は全く関与していなかった。なのに知っている。まるで見てきたように知っている」

「も、もしかしてこの人も薬をもってるんじゃないの? そうしたら説明、つくわよね!?」

「いいえ、仮想性侵入藥を使っているなら私の方から検知出来るわ。入手ルートは今となっては私から奪う以外にないし。あまり認めたくないけど…………薬物を使う以外の方法で、貴方は別の時間軸を観測してる。一刀斎真紀」

「うん。ちょっと違うねえ。私は観測してるんじゃなくて生きてるんだ。不幸自慢ってのはネガティブで好きじゃないけど、生きる事にも死ぬ事にも飽きるくらい、酷い目に遭ってる真っ最中だ。まあその薬とやらを使って分岐した人生をつまみ食いしてるんだったら気づかないのも無理はないか。私はもっと単純に―――」







「人生を繰り返してる。君達がつまみ食いして帰っていく分もきちんとね。恩を着せるつもりはないけど、泰斗君が箱に戻った時、蓋を閉めてあげたじゃないっ」

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