自ラ覚メル事ヲ知ラズ
「お前が自分から一緒に帰ろうなんて言うの珍しいな。つってもまあ、いいけどよ」
「…………迷惑だったか?」
「んなことあるか? ダチだろ俺ら」
響希も俺も、こんな真実は知りたくなかった。いつかは向き合わないといけない事だと知った上で、こうはならないでほしかった。理由なんて考える必要もない。身近な人物には出来るだけ無関係で居てほしいと……島全体がおかしいので、難しいと思うが。それが可能ならそうあってほしかった。
自転車を手押ししながらゆっくりと帰路につく。せめてこの時間を大切にしたい。望まずともその時はやってくる。
「それで、あたしまで居るのはどうしテ? そりゃ席は近いけど、天宮とそんな仲良くはないでしょ?」
「仲良くないなんて言うなよ。中学の頃は人が多くて同じクラスなのに一回も話した事がないって事もあったんだぞ。十分仲良しな方だ。全員フットワーク軽いしな」
「おー確かニ! テスト開けだしまたどこか遊びに行く? それとも買い物でもする?」
「総合ストアに良い感じの場所なんかあったか? それよか駄菓子屋でも行ってお菓子食べてた方がいいぜ。まあ新作ゲーム観に行くくらいはやってもいいか」
「えーあたしは香水とか見たいかモー。本当はネイルとかも試したいけど剥がれちゃいそうだしなー」
「香水……詳しくないんだけど、そんないいものか? 失礼だけど普段から臭くてその臭いを消す為でもないと、あんまり納得行ってないんだよな」
「うわ、天宮それはないよ。本当にありえナいって! 単純にいい匂いを纏ったら自分にお得でしょ? お得も違う? じゃあ何て言う?」
「あー………………落ち着く、とかじゃね? あんま高揚感が生まれるとかは聞いた事無い気がするな。大体リラックスだし」
話せば人間、座れば人類、歩く姿は人の型。何処からどう見ても人間なのに、俺達の調査では違うとの判定が出た。体に張り巡らされているのは血管などではなく太い電線らしい……らしい。
様子をそれとなく窺ってみるも、人間らしさを逸脱した様子は一瞬たりとも見えてこない。人間は人間だ。俺は今日までそう思って接してきたし、世介中道会とも無関係そうで安心していた。それなのに、知ってしまった。まるっきり予想していない場所から、偽物が紛れているとの答えだけを知った。
「雪呑で飯でも食わないか? 裏メニューを教えてもらったんだ。みんなで食べようぜ」
「お、いいねー。そう来なくっちゃな。へへ、お前が響希と最近仲良しなのはその為か~? それともワンチャン狙ってる?」
「雪乃ちゃん可愛いもんね~狙ってても分かルよ」
「二人してどんだけ俺の恋愛事情に興味あるんだよ。そういう二人はどうなんだ?」
「俺は俺の事を好きな人が好き。真理だな! がはは!」
「私は………………天宮の事が気になってるってアリ?」
「いらっしゃいませー。ってさっき見た顔じゃん。なーに来てんの、帰ればか」
店員モードの響希と視線を配って動きを確認する。この時の為にわざわざ彼女には速攻で帰宅してもらって営業に入ってもらった。顔をやや赤くして肩で息をしているのはそのせいだ。家に帰ってきてまだ五分も経ったかどうか。
「おっす響希ー。裏メニューを頼んだぜ」
「頼み方がなってない、やり直し。まーとりあえず案内するわね。お席はこちらになりまーす」
「百歌、ちょっといいか? 悪いけど先に注文しといてくれ! 俺らちょっと話があるからー!」
仁太は応とも言わず、手振りだけで了解を示す。店の裏手に回ると、周囲の視線が遮られてる事を確認すると―――極力顔を見ないように、一つ尋ねた。
「本物の百歌は何処だ?」
「え? どういう事? なニ―――ッ」
ダンッと、壁ごと突き刺すような勢いでナイフを喉元に突き立てる。噴き出すのは血? いいや、火花が散った。喉を潰され会話が不可能になったかと思えば、俺の腕を凄まじい膂力が捕まえて離そうとしない。
「なんナの!? やめて―――!」
「声を出すな!」
ポケットに隠し持っていたカッターナイフを彼女の顔面へと突き立て、そのまま力任せに引き裂いた。人間を相手にしてるとは思えないあまりに軽い感触。粘土か何かを切っているようで頼りない。
「がっ、ぐっ、げっ、べっ、ばっ、あっ」
声を出そうとする度に追撃を加える。これ以上騒がれたらかなわない。本当は芽々子の研究所付近で殺す方が望ましいがあそこまで連れていく算段がつかなかった。なんてったってゴミ置き場だ。どうやっても自然には連れ出せない。
地面に引き倒して顔を踏みつけようとすると自由のままだった両足がまるで手を扱うような柔軟な挙動で俺の軸足を絡めとって転倒させる。人体構造上あり得ない動きも、しかし今の折り畳まれたような百歌を見れば納得してしまう。
彼女の両足が紐をくくりつけたように足を締め付けると、すぐに罅が入って俺の足が破壊された。構わずナイフを喉元に、そして今度は中身を抉り出すように真横へ弾く。ずるりとはみ出した電線を掴むと、力の限り引っ張った。
「お前は百歌じゃない。お前は…………お前が、先輩を殺したんだ」
際限なく湧き出る電線を更に引っ張り出して彼女の身体に次々と巻き付けていく。あらぬ方向へ関節が曲がろうともダメージは皆無、腕にめりこまんとしていた五指が遂にめり込み、破壊。予め芽々子に痛覚を切っておいてもらって正解だった。
「芽々子!」
俺の声を頼りに、芽々子が物置から姿を現した。手には『黒夢』、唯一の攻略手段。怪異に抗う為に、その残骸を必要とする。もう片方の手には鋸。それを手元に放り投げられると、俺はすかさず百歌を騙る怪異の首に刃を当ててギコギコと引き始めた。
「お前が居なかったら先輩達は破綻しなかった。なんでずっと隠れてた? なんで俺を攻撃しなかった? そうやって紛れて、ずっと殺し続けるつもりだったのか?」
「天宮君。怪異に対話は通じないわ。見た目が百歌さんでも、会話が通じるなんて思っちゃ駄目」
「分かってるっ。これは八つ当たりだ! 先輩達が俺の知らない所で壊れた八つ当たり! ふん! ぬん!」
壊れた怪異の身体を次から次へと『黒夢』の中へと入れていく。腕を破壊され足を破壊され、隻腕隻足の身になろうとも解体作業はやめなかった。自分の中の百歌を否定したくなくて、目の前の怪異は全然違う存在なんだと納得させたくて。
その顔を、身体を、その体内を。何度も何度も何度も何度も掻き毟るように崩して。
喉から露出した電線で体を折り畳むようにぐるぐる巻きに縛って。
「―――芽々子、これ以降は任せていいか?」
「最初から正体が割れていると呆気ないわね。……ところで少し気になったのだけど、貴方が仮想世界で見た正体と今回は、違っていたの?」
「ああ。あっちは藤木田だったよ。だから俺は…………信じたくなかったんだ。でもやるしかなかった。これ以上何の関係もない人を人形にされたりそれで殺されるなんて絶対に許しちゃダメだ。仁太を適当に相手したら真紀さんを呼ぼうと思う。今回の事で分かったと思うけど、やり直せない俺達には頼れる武力が必要だ」
「一刀斎真紀が、そうだと?」
「今のお前が言った言葉じゃないけど、分かるよ。あの人は普通じゃない。事情を知ってるか知らないかじゃなくて、おかしいんだ。説明するまでもなく、強さが」
そして全く事情を知らない訳でもないだろう。この島で平然と人を斬殺しておいて何のお咎めも受けていない。
引っ越したどころか、彼女が殺した男達は最初から存在しなかったように綺麗さっぱり誰かが消してしまった。それを違和感と言わず、なんという。
本体を見せたら、何か教えてくれるだろうか。