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排水の人

「そりゃ少しその気になりゃ幾らでも水着は見れるんだろうが、それでも女子の水着姿ってのはいいもんだと思わねえか?」

「…………仁太。思うのは勝手だけど俺を巻き込まないでくれ。そんな会話をしたら全部聞こえるだろ。授業中にするもんじゃない」

「芽々子も一回くらい授業参加……いや水着着てくれないかなあ。スク水もいいけどさあ……なあ?」

「俺は参加してないと駄目なのか? そうだな、百歌の事でも見ててくれないか」

「つれねえなあって思ったけど、やっぱ席が近いと見ちゃうもんなのか?」

「そういう事でいいよ、もう」

 いつもはもう少しやる気を持って会話するのだが、今回は色々な意味で気乗りしない。水泳の授業という事で俺や芽々子も当然着水しないといけないが、この水の中には響希の人格が現在溶け込んでいる。記憶を忘れられてしまえばどれだけ良かったか。ただ水に浸かっているだけでこんな嫌な気分になるとは。

 目には見えないだけで状況を知っていると一気に忌避感が増すのは、何も人格に限った話ではない。キャンプに来て、少し川で水遊びをしようなどと思った事はないだろうか。もしもあるなら話が早い。上流で小便をしている奴が居たら水遊びどころか近づきたくもないだろう。見た目には何もない。だが確かに穢れている。信仰心などなくとも濁穢を受けた物に近づきたくないのは人間として最低限の理性だ。

「しかし本当に不思議だよな。正直授業とは名ばかりで殆ど自由時間だろ男女の区別なんてあってないようなもんだ。あそこなんかビーチボール持ち込んで遊んでるぞ」

「特に不思議ではないだろ。いつもの事だぞ」

「本島じゃ自由時間があったとしても本当に最後の五分か十分程度だ。大体はプールを往復させられる。ひたすら泳がされる。男女別のレーンでな。それが自由だったかっていうと、泳ぎ方は自由だったが泳いで上がって泳ぐの繰り返しだ。一番しんどかったのは水を被った身体で一回地上に上がらないといけない事だった……この学校に来て最初に素晴らしいって思ったのはここだったなー」

「あーそういえばなんかそんな事言ってたなー! まあもう昔の事なんて忘れちまえよ。大事なのは今、だろ? 俺らも水中鬼ごっこでもして遊ぼうぜ。言っとくがマジで、俺はええぞ。海じゃ手加減してやったけどな」

「バーベキューの時やってないだろ。……まあでも、少し待てよ。今から芽々子が何かしてくれそうだぞ」

 示し合わせた訳ではないが、いつものように見学を決め込んでいた芽々子が遂に動き出した。蛇口に繋がったまま放り出されているホースと倉庫にあったシャワーヘッドを繋げると、プールの中で戯れるクラスメイト全体に向かって噴射した。



「うわあああああ!」

「芽々子ちゃんの気が狂った!」

「あ、でもちょっと涼しいかも……?」



「私だって体調不良なりに皆と遊びたいとは思ってるの。これぐらいしたって罰は当たらないわ」


 

 体調不良でいつも休んでたのか?

 それはちょっと無理があるように思うが、今はもう解決した疑問だ。然るべき時間軸まで彼女が人形だとバレる日は来ない。自分からバラさない限りは。偽装工作もそれ自体が偽装工作という二重仕様である。

 水のヴェールが空に覆いかぶさるとみんなキャーキャーと調子よく喚きながら水を歓迎している。好んで水を飲もうとする人間もいないが拒む人間も居なかった。水の出所は不明だがあそこにも響希の人格が入っているのだろう。代わりに体を支配する人格―――雪乃はきちんと本人を演じられているようで何よりだ。



「俺の彼女を返せええええええええああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 もうすぐ昼になろうかという時間帯、拡声器を通しての抗議はたとえ喧噪の中にあってもハッキリ聞こえる。全員の声を遥かに凌ぐその怒声は島中に届こうかという程で、クラスが一瞬にして黙ったのを見たのはテスト開始直前以来かもしれない。


「一刀斎真紀ぃぃぃぃぃぃぃぃ! 何処だ! 何処にやった! アイツ、アイツは俺の全てだったんだぞおおおお!」


 拡声器を通した声から繊細な違いを感じ取る事は難しいが内容から察するに岩戸先輩だ。やはり薬で書き換えた過去が功を奏してヘイトが真紀さんに向いたか。申し訳なく思う反面、この状況をどうやって潜り抜けるのか純粋に気になった。この島には秘密がある。その秘密に抵触するような真似をした人間は皆死んだ。

 真紀さんもそうなる?

 それなら謝るしかないが、芽々子が感じた違和感を、俺も信じたいと思う。あの人はどうも……どうも…………そこはかとなく様子がおかしい。


 ―――動きにくいな。


 一度も潜水していない人間にそれとなく近づいて水中に引きずり込みたいが、この状況で動くのは空気が読めない。どう動けばいいだろうか。


「知らないなんて言わせねえ! 俺はお前に教えたんだ! 俺は、おれはああああ!? なんだ、やめろ! 離せえええええ! 三姫をかえせええええええええええあああああああああ!」


 


















「よう、さっきはまた妙なトラブル抱えたな。私も驚いて演技やめちまったよ」

「こそこそ昼食を摂らないといけないなんてな。雀子が見たらなんて言うか……」

 雪乃に肩から手を回されながら弁当の蓋を開ける。実時間で言えば大した時間はないのに、何度も巻き戻っては繰り返している内に俺の中では随分長い間雀子と会えていなかった。あの世界では―――死んでしまった。俺の代わりに。

 方針が決まって家に帰った時の俺と言ったら酷い様子で、雀子もスキンシップの激しさに困惑していた。あれはスキンシップというより……存在確認のつもりで。その、雀子がきちんとまだ、この場に居ると確かめたかっただけなのだ。

「ボクを匿ってるのに先輩がどうしてコソコソしてるのみたいな……はは」

「私も響希もその居候の事知らないけどな、情緒不安定な奴を見たら心配の一つもしたくなるか。っと、そろそろ戻ってくる頃合いか?」

「ええ、その通り」

 昼休みに集合場所として指定されたのはプール場の傍だ。俺達は屋外で膝を並べて食べているのである。芽々子は瓶に入れられた水をゆらゆら揺らしながら挟むように俺の隣に並んだ。

「血中成分は殆ど流れてしまったようだから人格だけ回収させてもらったわ。予期せぬトラブルもあったから一時はどうなるかと心配もしたけど……」

「岩戸先輩な」

「割とクラスの奴らも気にしてるっぽかったぜ。私も気になるが」

「もう一体の私で様子を窺ってるからそっちは大丈夫。いや、大丈夫ではなさそうだけど。私達が取り組んでいる問題はこっちだから。それで、どうする? 昼食を食べてから始めるか、その前に始めるか。個人的には、食べる前に一票。ゆっくり作戦時間を取りたいから。誰がなりすましかを判断出来たらそいつを捕まえなくちゃいけないんだしね」

「私の出番はこれで終わりかよ。やれやれ、代替人格とはいえ扱いが悪いんじゃねえの?」

「でも調べてきたのは響希だしな。それにお前は、本人と違って暴力に躊躇がないから荒事になる時に頼れる。代わってくれないか?」

「はいはい。それじゃ瓶をよこせ。代わってやるからさ」

 少し気持ちが落ち着かないのは、クラスメイトの誰もを信じていた過去があるからだ。まだ大勢は無関係な人物である。それは分かっているが……偽物が居る事も事実。俺は過去でその答えを垣間見た。

 誰が偽物なのかは想像したくないし、誰が偽物であったら嬉しいかなんて言われたら一人も居ない。誰であっても嬉しくない。この島での生活は日常となり、すっかり覚悟を鈍らせる羈絆へと変わっていた。答えを知っても尚間違いであってほしいと思う。それは矛盾していて、だからこそ言葉にはしない本音。

 雪乃が瓶の中身を飲み干して、人格を元に戻す。開口一番告げられたその名前を――――――受け入れようとは、思わなかった。




 その日常が、嘘だったなんて。






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