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過去に漱ぎ未来に枕す

「泰斗! 良かったぁ…………アンタにまで死なれたら、どうしようかと思ってた」

 時間に対する体験量の違いだろうか。二人の顔を見ると懐かしさを覚えてしまう。霖さんも含めて先輩達には俺から頼るような素振りを見せる事が多かった。理由は単純で、向こうが先輩だから。一方で現実は二人共が同級生だ。同伴する感覚が違うのは当然か。

「芽々子ちゃんに何されたの? なんか……あったんだよね。思い出せそうで思い出せないけど、薬を使うなんていつもの事なのに今回は様子が違った。もしかして向こうで攻撃されちゃった?」

「…………ま、いいじゃないかそんな事は。俺は生きてるんだし気にするような事じゃない」

「気にするわよ! アンタしか頼れないからって芽々子ちゃんに無茶を要求されたんじゃないの!? 断っていいんだってそういうのは! 幾らアンタがむっつりでも、流石に自分の命を優先しなさいよ。それでチキンとか言う方が頭おかしいんだからさ」

 現実に影響を及ぼす介入は様々な人の力を借りて変化が想定外且つ大きくなりすぎないようにしたと思うが、それでも至極当然―――本来していた行動を直接やめさせると変化は大きくなるようだ。芽々子の記憶喪失と違い(彼女とは話した内容が違うだけで公道の流れは殆ど同じだから変化は小さいと思っていた)、矛盾が生じるような場合は記憶自体が出来なくなるのか。



「それで、薬を打てないっていうのはどういう事かしら」



 話の流れを読まずに芽々子が割り込んでくる。どういう事かとはどういう事だろう。薬の事に詳しいなら理由は言わずとも察しがつくはずだ。自分でも緩和していると言っていた。それとも俺の口から言ってほしくてそんな誘導を?

「…………単純に薬を打ちすぎた。これ以上はどれだけお前が緩和してくれても意味がない。向こうで聞いたけど、なんか時空間を放浪する事になるのかな。そんな感じの説明を聞いた」

「何でそんなに打ったの!」

「きっかけはお前だ」

 響希の刺すような目線は芽々子に向いていたが、発言の先に自分が居ると知ると目を見開いて、今度は疑うように指先を己へ向けた。

「……私がいつそんな事言ったの?」

「覚えてないんだろうな。俺が変えたから。因みにどれくらい覚えてるんだ? 先輩の話を」

「先輩…………? 岩戸先輩の事? あれ、何で知ってるんだろ私。お店に来てるけど名前なんて聞く機会がなかったような……」

「事の発端は朝の芽々子の発言に対するお前の行動だ。二年生があんな事になってたら三年生もって危惧に対してお前はお店に来てる三年生にコンタクトを取った。ところが発端はそれだったんだ。岩戸丹葉先輩はどっちかって言うと世介中道会……は知らない? えっと、俺達が暫定的に敵対してる大人達のグループの事でな。あの人は自分の大好きだった人が死んだせいで頭がおかしくなってそっちについてる」

 自分でも知らず知らず目線が足元に落ちていた。そこにはない三姫先輩の枯骨を眺めるように。

「…………最初はそうと知らず、その死んだ先輩から情報が欲しくて薬を。得た情報から色々動いてる内に気づいてさ。向こうさん的には俺と響希で接触したもんで危険因子という事がバレて両親が危ないんじゃって話になった。柳木だってそうだったろ。それでお前の両親を助ける為に二度。俺が死なない為に三度」

「―――わ、私が悪いって言いたい訳?」

「むしろファインプレイだ。ちょっと代償が大きかっただけで、こうならなきゃ分からないような情報が沢山あった。リスクを踏んだ甲斐はあったと思う。問題があるとすれば、代価は永遠に、いつまでも付き纏うって事だな」

 芽々子は機能停止したように黙り続けている。薬はもう使えない。人生は一度きり、コンティニューはないし、リトライもない。あるのはゲームオーバーだけ。今までインチキをしてきたがこれからは先輩達と同様にたった一個の命で戦わないといけない。

「今までは薬を使えるのが俺しか居なかったせいでどうにも矢面に立つのが難しかった。やり直す前提で突っ込むから死ぬのはいつもお前達だ。本当はそれをずっと気にしてた。だってそうしないと駄目なような事ばっかりだったから仕方ないって呑み込んでたんだ。でもようやく、ようやく俺は、お前達と同じ舞台で戦える」

 机を軽く叩き、勢いのままに立ち上がる。啖呵を切りたいと思うなら勢いをつけるべきだ。でなきゃ恥ずかしくなって、勝手に縮こまる。俺という人間に腹を括らせたかったらそうするしかない。



「俺についてきてくれ!」



「これからは俺がお前達を守る番だ。もう全員やり直す事が出来ないなら、観測者として情報の制限を受けていない俺が主導で動いた方が助かる見込みも高い。国津守芽々子、雪乃響希。頼む。俺を信じてくれ!」

 一人は呆れたように溜息を吐いて腕を組む。

「……今更何言ってんの。薬があってもなくても私を助けてくれたのはアンタでしょ? 私はもうとっくに信じてる」

 一人は瞳孔を開いたまま目だけがぎょろりと真上を向かせる。

「………………フォローは出来ないわよ」

「大丈夫だ。俺はもう…………生きる為でもお前の言いなりになりたくないんだ。それはお前に無限の犠牲を強いる、最低な方法だから」




















「貴方には彼女を責める権利があったのに」

「責めてどうなるんだ?」

 夜の明けないうちに学校のプールに忍び込んだ。今日も後者の窓にはカーテンが引かれて中は見えないが、プールは独立しているので侵入する分にはむしろ簡単になっている。

 ここに居なかったら後は化学準備室の方でも探しに行こうか。どちらも空振りという事はないと思う。死体を保存しようとするなら薬品を使わないといけないだろうし、あの岩戸先輩に限って死体を雑に遺棄するなんて考えられない。三姫先輩の死亡現場で自慰し、怪異を恐れない彼女を恐怖させ症状を深化させた人間だ。

「響希が感情的な人間なのは分かってるだろ。もうやり直しが出来ないのにさっそく取り返しのつかない事をするなんて頭がおかしいとしか思えない。裏切られても終わりだしな。別にそんな打算はなかったけど、非があるからってきちんと咎める必要はないよ」

「……私の言葉には耳を貸してくれないのね」

「怖いのか? 自分の想定から外れていく事が」

「貴方ならいつかは反発するだろうとは思っていたけど……もっと直情的なものかと」

 女子更衣室に入るのは心理的抵抗があったものの、幸い今は人がいない。居るのは俺と、人形一体。まさか誰かが夜にプールへ忍び込んで泳いでいるなんて事もない。それなら海で泳ぐだろう。見当はすぐについた。扉の歪んだロッカーが端っこに設置されている。鍵がかかっていて開かないが、響希の人格が入った血を流すとすぐに開錠された。その身体は見張りの為に学校の様子を見てもらっている。カーテンが引かれている事を不思議に思っているようだ。

「俺は自分の気持ちに嘘を吐きたくないし、自分の気持ちが嘘だとも思いたくない。理由はそれだけだ。お前の事も大切で、響希の事も大切で―――」

 歪んだ扉を力任せに開いて中を覗く。薄暗闇から覗く変わり果てた姿じゃ―――息絶えている点に目を瞑れば、俺の良く知る先輩だった。













「三姫先輩。助けに来ましたよ」

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いったりきたりは混乱しそうです。
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