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また明日って、笑ってさよなら

「検証は終わった。君は多分帰れるわ」

「どうだったんですか?」

「学校中の机を等間隔に配置していけば、多分辿り着くはず。邪魔が入るなら別だけど、この花が無差別に人を害するなら多分もう生存者は居ても出られないし……外は全滅よ。だから大丈夫。とりあえず道はアイツに敷いてもらってるから……私は最後の確認をしないとね」

「最後の確認…………」

 なんだ、ピンと来ない。学校にはもう誰も居ないし不死身でもないと移動出来ない。今更確認出来るような事なんてあっただろうか。ふと窓を見遣ると珍しくこの島に雨が沛然と降り出した。世界の終わりを告げるような、墨のように暗い雨。

「霖さんと言いましたね。貴方は提唱者……所謂この仮想世界という概念について最も詳しいという認識で間違いないですか?」

「そうですね。間違っていません。弁えているからこそ干渉もぎりぎりを見極めて行えます」

「現実って何ですか?」


 現実って、何ですか?


 先輩の質問の意味が、俺には分からなかった。

 現実とは今ここで知覚する世界の事だろう。確かにここは仮想世界。だが事情を知らなければ現実世界と言って相違ない。芽々子が俺に観測者を引き継がせるその時まで、あれが彼女にとっては仮想世界だったなんて知らなかったのだから。

「せ、先輩? 何を言ってるんですか?」

「そもそも私を生き返らせる話は、その人から出た。当初君と私では死人のままで協力する予定で、生き返る事が可能ならって私が欲を出した形。ことこの話において最も核心に近い場所に居るのは貴方じゃないんですか? 問題を解かせたいなら答えを教えればいいって、単純な話ですよ。協力をする割にそれをしないなら言わない理由があるのか……出来ないのか」

 口から上のパーツは存在しないが、固く引き締められた口元が緊張を教えてくれる。霖さんはぺろと唇を舐めてから返答した。

「成程、質問について得心がいきました。ですが答えは飽くまで最初の通り。仮想世界の関与しない事において私は何も知りようがない。ひょっとして分かりにくかったのでしょうか。それでしたら付け加えます。私は存在しないので、仮想性侵入藥を使わなかった世界の事は関知出来ないのです」

「………………えっ」

 それは。

 それって。


 霖さんが教えられる事は仮想性侵入藥の存在が介入した瞬間から、という事か。観測者の現実がどっちかなんて関係ない。だから―――前回芽々子が使った時までは分かってもそれ以前は。勿論使った経緯にもよるが、もし芽々子の前に前任者が居たなら更にその前は―――

「私の過度な干渉はこの世界に矛盾を生みます。それでも分かりやすいように答えから逆算して手がかりを教えていく事は出来たでしょう。そうしたらこの話はもっと、簡単でしたね」

「なるほどね。つまり誰がどれだけやり直せても問題は解決してないし、元凶も掴めてないんだ。やり直すだけやり直して、何にも繋がらずに死んでいくんだ」

「この技術は未完成ですからね。貴方達三年生が知る余地もなかったし、国津守芽々子は代価を支払い、天宮泰斗は死を以て羈絆から解放される所だった。多少やり直せた所で変わらない。やり直したとしても人には変えられない事が沢山あるという事です」

 明日のテストの点数が悪かったからやり直す、というような規模じゃない。使った人間はその行動全てが問われる。どんな結果をもたらす事になっても受け入れないといけない。上手い話には裏がある? 勝手に上手いと思っただけだ。俺達はこの薬を使って様々な悲劇を回避してきたが、それでも根本は変わらない。芽々子だって恐らくそれを分かっている。

 アイツだってやり直してやり直してやり直して、その果てにあんな自虐までする程諦観してしまったのだ。そして今は俺の身を案じてくれている。以前は彼女にも居た筈だ。頼れる仲間が、心配してくれる人が。確かに。

 何も変わらない。変わったのは役割だけだ。表舞台に立った役者が誰かというだけで、演じる舞台に変化はないようなもの。

「…………ん。確認は終わったわ。後はアイツの帰りを待つだけね。私は一緒に行ってやれないから餞別の品でも上げたい所だけど。上げた所で無意味っぽいし、どうしよ」

「無理しなくてもいいですよ。貴方はもう十分頑張ったじゃないですか。三姫先輩、ここからは俺の番です。正直楽しかったです。何やっても変化ないなんて、息が詰まるような改変ばかりしてきたから自由を感じられました! それだけでもういいんです。後は頑張ります」

 なんて言い切ったが、どうせもう会えないならと、蘇生に欲を出した先輩を真似するように、ささやかな望みが胸の内からふつふつと湧き上がるようだった。その気持ちについて考えると、どうも今までの自分とは違うような事に気が付いて―――その原因はハッキリしている。ついさっきの霖さんの質問の意味が分からず沈黙してしまったけど。やっぱりこういう事なのかもしれない。

「…………どうしてもって言うなら三姫先輩。ハグしてもいいですか?」

「私達もうそんな関係だっけ?」

「俺からはやっぱり駄目な感じですか。貴方は俺を勝手にハグして安心してたのに」

「嘘嘘、冗談。私は死人だから、形のあるモノを残せやしない。君にこういう経験しか渡せないなら…………ほら、おいで?」

 先輩の身体を覆うように、強くハグをする。人形の身体越しに伝わる体温は温く、暖かく、未だ生の拍動を感じる。今度彼女に触れる時はきっと真逆の状態だろうが、それこそ俺が出来る最初の恩返しだ。

「先輩。体が震えてます」

「君を遂に人間と認識したか。大丈夫、逃げたりしない。今のうちに吸うでも嗅ぐでも何でもどうぞ。抵抗しないから」

「俺はそこまで変態じゃありません!」




















脱出経路は無事確保された。岩戸先輩に担ぎ上げられて机の上に乗せられると、とても妙な気分になる。俺はこれからこの机のレールを歩いて芽々子の研究所まで戻らないといけない。

「これ運ぶまでに何回死にましたか?」

「知らねえよ。一々数えてねえ。身体を花が突き破る度に引きちぎってやったんだ、ぶはははは! 心配するこたぁない。むしろ俺は恨まれるべき存在なんだからな」

「……流石の俺も岩戸先輩が向こうの人とは違うって認識してますよ。三姫先輩は同一視してるみたいですけど」

「私の死因なんだからいいでしょ別に」

「おう、それはもう仕方ねえ! 頭がおかしい奴がいたってだけの事さ。俺も生き返れたら、頼むからやり直してえよ。こんな事になるなんて思わねえんだからさ」

 口にはしない。言えばそれが本当に起きてしまう気がする。だから言わない、最後まで。この二人とは都合の良いハッピーエンドの後だけを話したい。その方が楽しいだろう。辛気臭い事なんてこの先幾らでもある。やらないといけない。俺が変えないと、やり直すなんて裏技は抜きで。

 花に埋もれた道中の死体を通り過ぎながら、ゆっくりと目的地への歩みを進めていく。やはりここは人身死に絶えた彼岸の先の孤島。三途の川を分かつが如く、ぽつんと降り立っては死者が堆積する。

 百歌の死体に目が移り、仁太の死体に目が移り、藤木田の死体に目が移る。一切が死に絶えたこの環境すら、捉え方によっては幸運か。虚構は俺の味方をしてくれる、そういう事でいいのだろうか。

「ここが入り口なのね」

「はい。中に花が入ってきてないのは意外でしたけど、行きましょう」

「梯子を下りて普段俺の身体を固定している作業台に改めて寝転がる。覗き込む顔はそれぞれ二つ。心強い先輩が俺を見守っている。

「さて、心の準備はよろしいですか? 私に出来る助けはここまで。貴方がこの世界で何の情報を知ったとしても構いません。それを生かしてみてください」

 遅れてやってきた霖さんが注射器を片手に眼前に迫る。



「ぜってーやり遂げろよ! 俺らはお前の味方だぞ、後輩!」

「…………また明日ね」





















「…………う、うう……はぁ」

「天宮君。良かった…………無事で」

 目を覚ますと、見知らぬベッドの上で仰向けになっているようだった。知らない場所に、知る顔一つ。その精巧な造りの顔を忘れる筈もない。

「芽々子…………俺は…………くふりを……っ」

「打つなって言われたんでしょう。でも『黒夢』の中にこんなメモが入っててね『もしそっちで瀕死の重体に陥るようならもう一度薬を打って。別口で彼を助けてる協力者がきっと手を貸してくれるはず』って。私には何の事かさっぱりだけど、とにかく良かった。それで…………何か変えたのよね。二つの過去を同時に歩んでいるかのような経験はもう慣れたけど……何故だか貴方が何を変えたのか分からない。それは勿論、響希さんも。だから起きてすぐの事で申し訳ないけど説明をしてもらえないかしら。このままだと私は殺されてしまうわ」

「…………え?」





「響希さんは突然貴方が死にかけたようにしか見えなくて私を責めてるの。ほら―――」

 芽々子がはらりと制服を脱いで胸元を大胆に見せつける。鈍器か何かで何度も殴打されたような罅が広がっていた。

「…………俺もアイツの事は好きだけど、そんな発狂紛いの反応までされるような関係だった気はしないんだけどな」

「薬の辻褄合わせかもね。分からないけど、貴方が帰る前は彼女がそういう反応をするくらい大切にしてた人がどうにかなったとか……身に覚えは?」

「まあ、ある。その時もお前に当たってた」

「………………やっぱり、薬がないと人は徐々に追い詰められてしまうのね。君が手遅れだったら私の方は手詰まりになる所だった。生きててくれてありがとう」

「―――や、それなんだけど芽々子。俺は薬を打ちすぎた。向こうのお前にも言われたけどもう二度と薬は打たない。ごめん」

 

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