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仮初の崩壊

「………………が う 」

 金縛り。科学的に説明しようとするなら体が眠っていて脳だけが起きている状態? 確かそんなような事を聞いた気がするが、今は違う。体も脳も起きている。ただ身体だけが動かない。背中から人間が抱き着くような重さと、体温の残滓か死体の名残か分からない温い冷たさがのしかかる。


「   様。此度はどのような食事をお望みでしょうか」

「我々が誠意を込めて御用意いたします。なにとぞ怒りをお鎮め下さいませ。男も女もご用意させていただきます。おい、あれを持ってこい」

 

 教師陣が俺達の見えない所から引きずってきたのは、普段学校の体育倉庫に置かれている大きな布の包みだ。誰も使ったところを見た事がないし、興味もない。埃を被ってボロボロの紫色の布なんてどんな物好きであっても触りたがらないからだ。幾らこの島が娯楽に乏しいと言ったって、汚い布を触るより面白い事は幾らでもある。海の碧嘆を眺めている方が三倍くらい面白い。

「嘘。そんな事ある……?」

 包まれていた死体は……見覚えこそないが、それが学校の生徒である事は制服姿から疑いようもない。すっかり血の気を失った身体を生きているとは素人目にも思わないし、身体は置き物のように従順だ。どう見ても死んでいる。

「あれはうちのクラスメイトの…………猶太の死体。進路相談に行って消えた……」


「ああ、我の……………肉…………? ここに………… あ あ あ あ 違う。違う違う違う違う。こ……………ちがああああああああああああああ」


「  様!」

「話が違いますよ長老! 今度の要求は若い男女の肉を十人と―――」

「ええい黙れ!   様! 何が! 何が欲しいのでしょうか! 私共に今一度のチャンスを! 我ら心を一つに  様の望むがままに! 貴方様の願いこそ我らの使命でございます!」

 不意に死体が立ち上がった。いや、剥がれたというべきか。肉も骨も置き去りに、皮だけがべりべりと立ち上がって人型っぽい姿を形どる。ふにゃふにゃにねじれた指が全員の意識の外―――入り口で金縛りに張り付けられる俺へと向けられた。



「あ れが ほし い」



 全ての声は耳元で、欲した刹那に温い風が首筋を撫でた。総毛だって仰け反ろうとする全身に反して身体は金縛りを受けたままだ。数多の俺を見る―――目当ての食材を見るような目から視線を背ける事も出来なければ、この場から逃げ出す事も出来ない。

「う が ず つ う」 

 背後から心臓を抑圧するような鋭い衝撃が声を出す事も許さない。全員が立ち上がり、各々持っていた刃物を担いで走り出してきた。


うごく   な


 呪いのように囁かれる言葉に体が抗えない。呪縛だらけの身体を引っ張ったのは、三姫先輩だった。

「何してんの! 逃げるわよ!」

「あ ぐ え」

「喋るな! とりあえず離れるよ! バレたし!」

 体格差は明白だが、火事場の馬鹿力か何なのか、先輩はひょいと俺を担ぎ上げて脇目もふらずに階段を降り始めた。


 われの にく  は どこにあ  る


 距離は離れているのに、声は変わらず耳元に張り付いたままだ。イヤホンなんてしていない。或いは鼓膜の内側で、全身を従わせるようなうすら寒い声が響き続けている。

「想像以上にヤバイもん居た! これ本当に不味い! 私は死なないけど、君をどうしようか!?」


 け が す な


 階段を下りればそこはすぐに地下道だった筈が、一面に広がるのは死後の世界を思わせる彼岸の花畑。構わず先輩が足を踏み入れた瞬間、勢いが大きく下がった。

「あっ痛‼ 何…………何!?」

「せ、ぜんぱい…………! がはッ!」

 原理不明の喀血。俺ですら自分の身に何が起きたか理解出来ない。耳からも流血しているようで、実を言えば時間を経るごとにどんどん遠くなっていくようだ。このままでは物言わぬ死体と何ら変わりなくなる。

「こご……ぬ、ぬげで…………! げほっ! がばぐぁっ!」

「君…………ああ、分かった。不死で良かったほんと! もう少しだけ我慢して! 私が君を守る!」

 先輩の足が何かに食われているが、俺にもその正体を確認する事は出来ない。花が食べているでも、何かが潜んでいるでもない筈だ。少なくとも目視は出来ず、だが何かが足を削っている。スカートから見える足は鑢にかけたようにずたずただ。それでも先輩は足を止めない。

 

 われ の はか を けがす な あああ あ あ じょく エ もたら すな


「だーもううっさああああい! 私にはアンタの力なんてさっぱり通じないから黙れ! 黙れ黙れ黙れ! だまれええええええええええええ!」

 背後から確実に大人達が追いかけてくる。だが謎の力に例外はなく、おいかけるにつれて大人たちの身長が縮んでいったかと思うと不意にいなくなっていた。落とし穴がそこにあったか、もしくはここが下り坂であったか。先輩だけは変わらず、走り続けている。

 体にかかっていた金縛りが軽くなっていく。距離が離れたのだろうか。

「…………せ、ぜんぱい。後どれくらいで……抜けます、か」

「知らん! 私に聞くな! 私から逃げるように端っこからずっと広がってて分かんないかあぎゃびぁっ…………!?」

 あんなに足を止めようとしなかった先輩が遂に動きを止めたのは不思議な事ではない。右目を押し出すように体の中から彼岸花が生えたのだ。火事場の馬鹿力は、決して麻酔なんかではない。

「ああ、あああああああああがあああああああああああああ!」

 力任せに俺を放り投げて先輩はのたうち回るように彼岸花の中へ沈み込む。泥もなければ水もなく、ただ何かが取り込もうとしている。空へ延ばした手は徐々に沈み、俺の身体もまた同様に―――




「センパイ!」




 体を掬い上げたのは、蠍を思わせる大きな尻尾。だがそれは俺の知るより遥かに大きく―――視線を辿らせた先に、知る人物は居ない。居たのは背中から無数のハサミをはやした―――正真正銘の怪物。

「振り返らないで、見つめないで。ボクが代わりになるから、センパイは―――自分のいるべき場所に帰るべきだ!」

 大きな尻尾は長刀のように花畑を薙いで、しずみかけた三姫先輩も吹き飛ばす。片腕が軽くちぎれつつも、束縛を逃れたらしい先輩が俺を拾い上げた。

「行って! こっちを見ないで走って!」





















 逃げるようであった花畑の終端は拡張をやめて、すんなりと地下道まで戻ってこられた。入り口には岩戸先輩と霖さんが控えており、二人に肩を貸してもらう形でゆっくりと引き返す事に。急げばいいってもんじゃない。というか急げない。俺にも先輩にも、そんな力は残っていなかった。

「私を介入させれば不都合が生じると思い、雀千三夜子に協力してもらいました。三年組は想像以上に大きな問題に立ち向かっていたようですね。成程噛み合わない訳です。一年生と三年生では対峙する怪異が違っていたのですから」

「………雀子、は…………?」

「ここでは死にます。仮想世界なので問題はないと言いたいところですが……どうでしょう。これ以上は私にも断言出来ませんね」

「捨て駒になってほしくてここが仮想世界だって証明すんのはやりすぎだろ……つーかそれだと、やっぱあれなんだな。この後輩だけは不死身じゃねえんだな」

「そうですね。だから彼女も厳密には死にませんが二度と出てくる事はないでしょう。事実上の死亡と定義します」

 霖さんは飽くまで淡泊に状況だけを伝えてくる。味方は味方でも慰めるような真似は決してしない。必要以上の介入とは感情面まで配慮しなければならないのだろうか。

「…………ッ。俺は洞窟から出るなって言われたから見てねえが、そんなヤバイモンがあったのか?」

「あれは……そう。端的に言えばヤバイか。私達が本来知りたかった事情ってのは消えた三年生が何処に行くのか、何故死ぬのかなんだけど、あんな化け物に捧げられる供物だったって事なら話が変わってくる。対処って何? 勝ち目なんて、不死身でもなさそうだけど」

「アンタ仮想世界の提唱者? だかなんだかだよな。知らねえのか?」

「私が知るのは仮想世界における出来事のみです。分かりやすく言い換えるなら、仮想性侵入藥によって関知した出来事以外は与り知る余地もありません」

「………………芽々子も、知らないって事ですか」

 最悪の沈黙が帰路全体に流れる。誰も追ってくる気配はないにせよ、この帰り道に希望があるとは思えなかった。元の場所に戻った所で何もない。何か見出せるとも思えない。一度きりの人生をやり直せれば成功すると思っていたのに、この理不尽はなんだ。

 シミュレーションでも失敗し。

 繰り返しても失敗し。

 ならばどうやってこの勝負に、勝つ。

「…………隻腕になって誤魔化せる気もしないけどとりあえず今日は家に帰りましょう。霖さん。申し訳ないんですけど、上がってもらえますか?」

「はい」

 先に女性陣を上がらせてから、後は俺達だ。梯子を上って職員室まで戻ってきた。先回りをされる可能性も考慮していたがそれは杞憂。




 あるいは。







 カーテンを開いた先にある、絶望。

 島中に、彼岸の花畑が広がっていた。

 

            

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