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予定調和の負け戦

「……この薬って正直現代の技術に反してると思いますけど、結局薬だから濫用は良くないって方向には落ち着くんですね」

「この技術は未完成……新世界構想の理論を中途半端に組み上げたモノになります。本来新世界構想にデメリットはありません。資料が殆ど失われた技術を無理に再現しようとするからこんな粗悪品が生まれてしまうのです。私に言わせれば論外ですね」

「提唱者なんですよね? 資料を補完してあげる事とかしないんですか?」

「……最新技術というものは得てして最初に悪用されるものです。私がこれを提唱したのは他ならぬ私の為であり、今はその意義を見失いました。仮想性侵入藥がこのような被害者を生み出すならやはり、これ以上何かする必要は感じられませんね。次の副作用は時空分裂でしょうか。そこまで進行してしまえば事実上の死です。もう二度と薬を使うべきではないでしょう」

「時空……分裂?」

「一秒ごとに違う世界に飛ばされるような物ですね。実際は秒どころの間隔ではありませんが、薬の説明を少しでも覚えているなら誰にも助けようがない事は分かると思います。現実の貴方を助ける為には即座に服用するしかなかったとはいえ……本当に、駄目ですよ。これ以上は」

 釘を刺されるまでもない。薬の副作用は嫌という程味わったし、俺は体が人形になっているからマシなだけで本来の副作用には浸渉の深化も含まれている。芽々子がどうして使えなくなったのかは本人に語られるまでもなく察するべきだ。

 さて、この使い方をする際は、二回目以降は三姫先輩の家の近くに飛ばしてもらっていたが、研究所から始まったので歩いていかないといけない。二人はもう家に帰ってチェックポイントに触れている頃だろうか。意識はいつも同じ場所から始まるから、それなら俺の来訪を待ってくれているだろう。

「……提唱者が居ても、変わりませんか? その、薬の性質とか」

「どうしても薬を使いたいようですね」

「……この薬がなかったら俺達はもうとっくに全滅してるんです。使うなって言われてもまともに芽々子の身体を取り返せるとは思えません。どうにかして使えるようになるなら使いたいです」

「やめなさい。この薬は本来間隔を空けて使用するものです。簡単に取り返しがつくと高をくくって短期間に何度も使用する方が悪いのです。むしろ長く持った方ではありませんか。体が無機物故、影響も遅かったようです」

「本当に駄目ですか?」

「医者の言う事を聞かない人間は何故病院にかかるのか、という疑問が晴れました。恐らく尽きる事はありませんね」

 霖さんは呆れたように空を見上げてポケットに手を入れる素振りをした。実際はワンピース姿なので何もない。素面でそれを忘れていたのだろう、気まずそうに両手が元に戻る。

 三姫先輩の家に無事到着したのでまずは軽くノック。返事があったので扉を開けると、まだ正気な方の岩戸先輩が歓迎してくれた。

「よう、ってまたアンタも一緒なのか…………なんか、身体にめっちゃヒビが入ってるぞ」

「えっ」

「厳密には首から顎にかけて、耳の裏から左目の縁までですね」

「早く言って下さいよ!」

 反射的に怒鳴ったものの、ひび割れたからってどうする事も出来ない。芽々子は仮想世界の中から消えてしまったし、現実に戻ったらもう二度と薬を使えないらしい。対処法は存在しないだろう。無駄な足搔きをしたいけど、それを散々してきた結果がこのざまだ。

 奥の椅子に座っていた先輩が組んでいた足を解いて俺の方を見つめてきた。

「……またここに来たって事は、何か問題が起きたんだ」

「は、はい。それもかなり死活問題っていうか、まずい状況でして」

「話して」

「では私の方から簡潔に。こちらの天宮泰斗君は仮想性侵入藥の濫用により現実世界において瀕死の重体に陥っています。彼を助ける為にお二人の力を貸してください」

「うん。分かった」

「そんな簡単に!?」

「私が生き返るあては君くらいしかいないし、私は先輩だからね。後輩である君を私と同じような末路にしたくはない。それは仮にも年上なら当然でしょ」

「おいおいおいおいおいおい。挽回のチャンスを俺にもくれよな。そっちの俺は大層やばいみたいだが、まあまあ。こっちの俺なら問題ないぞ。正義の男だ、後輩として存分に頼ってくれ」

「あ、それなんですけど。追加でちょっと音声を……」

 恐らくは芽々子が真紀さんに持たせていたレコーダーが記録した音声をその場で再生する。内容は当然保身に走る岩戸先輩の醜い発言の数々であり、彼はまた三姫先輩に蹴りを入れられていた。

「アンタさ、マジで最低のクソ野郎だね。どの口がこんな事言ってんの? 普通にあり得ないんだけど」

「いや~! マジで俺とは思いたくねえよこんなの! つーか発言的にはあれか、マジであっちに寝返ってんのか。はー……そりゃよ、三姫が死んだらやる気はなくなるかもしれねえがこんな背くような真似するかね。終わってんな俺」

 日に日に自分の事が嫌いになるというのは、一体どういう感情だろうか。自分の事は殴れないし、自分の事は怒れないし、彼にとっては未来の事だ。未来の自分なんてのは同じ顔をした他人でしかなく、そいつをどうにかしようと思っても過去と未来は言葉以上に隔絶している。選択肢一つだけでも繋がりが失われるような不安定な道筋に、一体どうやって拳を振るえというのか。

「元からアンタは終わってるから」

 三姫先輩は霖さんを見遣り、促すように顎を振る。

「で、私達は何をすればいい? 可愛い後輩を助けてあげたいんだけど」

「はい、彼が瀕死に陥っているのはずばり、本来居るべき現実と選ばれなかった現実との差異に苦しめられているからです。二つの人生を一個の脳みそが処理出来ないと言えば分かりやすいでしょうか。彼を救うには二つの現実の差異をなくしていく事が大切です。よってまずは現在この時間帯で猛威を振るっている怪異を討伐しに行きましょう」

「怪異って…………『くらがりさん』ですか?」

「何それ」

「二年生の別荘に居るっぽい怪異です。一年生が勉強会の名目で使ってて―――本来は参加しなかった俺達が外側から干渉してクラスメイトを助けようとしてました」

「既に一度対決済みですから対処も簡単でしょう。私は手を貸せませんが、先輩二人は仮想世界の関係で不死身です。それで如何様にも対処してください」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           

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不死身なのがそんなに良さそうに見えない。不思議。
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