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私の知らない選択

「……………………」

「正解、か?」

「………………仮想性侵入藥が作る観測者はたった一名。服用した人間が複数いれば、後から使用した側が新たに観測者となるわ。貴方、誰かに入れ知恵されたのね。薬の仕様も分からないのにそんな発想が出る訳ない」

「い、意外と素直に認めるんだな」

「天宮君は自分がどんなに愚かな事をしたのか全く分かってない。それを教える為なら認めるわ。女の子の頼みだからってすぐ聞いて、それが軽率だって知らないで、貴方は本当に本当に馬鹿。どうしてそんな、自分を大事に出来ないの?」

「両親が死ぬのは……駄目だろ! 俺は干渉が嫌でここに一人でやってきたけど、死んでほしいなんて思わないし、いなくなったら悲しいよ。それをアイツに味わわせたくないだけだ」

「両親……ね。そんな都合の良い属性があるからそれっぽく取り繕える。貴方は優しいから、きっと見ず知らずの他人―――とりあえずこの島に住んでるだけの人でも、響希さんが頼んだら助けるでしょうに」

「う」

 そういう言い方はずるいと思う。誰かを助けたいと思うのは人として自然の道理であり、確かに彼女の両親であってもなくても俺は助けただろう。絶対にあり得ないとはとても思えない。薬を使うまでもなく分かる。

「私は…………貴方に死んでほしくないの。私みたいに失敗してほしくないのに、貴方はどうしても無理をしたがる。大丈夫って言っちゃうから私も頼ってしまう。本当に……全員、最悪」

「何で俺ばっかり贔屓するんだよ。今、俺の身体どうなってるんだ?」

 浴室は現在暗室であり、殆ど身動きも取れないこの状況ではそこらの鏡を見る事も満足に出来ない。芽々子はその不自然な沈黙からかなり渋っている様子だったが、諦めたように浴室の電気を点け、手鏡を俺に向けてくる。


 その体は、崩れていた。

 

 無機物に置き換えられていない部位からは血が噴き出し、それを吸って花が咲いている。驚いて体を動かそうとしても、ぐずぐずになった肩がずるりと溶けて腕が外れてしまった。断面からは血を吸った蔓が垂れ、湯船の底に触れている。

 最大の疑問は、ここまでボロボロになっておきながら俺は痛み一つ感じていないという事だ。今から痛がろうと思っても、やっぱり痛くはない。

「な、なんだこれ! 俺、俺の身体が…………!!」

「…………可能性の波として移動する事にどんなリスクが伴うか、私も昔は分かっていなかった。浸渉症状の深化もそうだけど、その薬は服用しすぎると魂の一部分が全く別の選択肢に飛んでしまう。貴方のその酷い身体は、いつかの時間、いつかの瞬間、選択を間違えてそのような目に遭ってしまった貴方自身の影響。私が薬を何度も服用させないのはその影響を抑える為。せめて日を改めてくれたら……」

「痛くない! 痛くないけど体が動かないぞ! ど、どうしよう。どうする! 俺はどうなるんだ!?」

「…………今すぐ帰れば、まだ大丈夫。現実が貴方を守ってくれる。だけどここに長居して何かしようってつもりなら、手の施しようがない。そうね、一回だけなら私が何とかしてあげられる。だけどそれは今の貴方の状態を何とかするだけであって根本的な問題には何の干渉もしてない。次に薬を服用する時は……最低でも一週間空けて。何があっても服用しないで。約束出来る?」

「………………分かった。分かったけど、ごめん。俺とお前の縁はあれが初めてだった筈だ。何でそこまで贔屓されるのかさっぱり分からない。嬉しくないって言ったら噓になるけど、説明してくれよ」

「別に、大した理由じゃないわ」

 芽々子は湯船の中に手を入れると、ぐずぐずに崩れた俺の身体を何とか持ち上げて、作業台の方まで運んでいく。



「私が受けるべき苦しみを貴方が変わりに受けている。現実の私には悪いけど、いいわ。全部話してあげる。話した事で向こうの私にどんな影響が及ぶか見当もつかないけど、もう疲れちゃった」



















 手術に麻酔は使われない。なぜか痛みを感じないお陰でその必要がなかったのだ。体から丁寧に植物が引き抜かれていく様子を見るのはとても気分が悪い。何よりそれをされて全く何も反応出来ない自分の身体が、怖い。異物を除去したら、次はボロボロに崩れた生身の修復を行う時間。芽々子には針で縫う事しか出来ないらしい。

「港で私が見た人形怪異、あれが私の知る最後の未来」

「え?」

「私はあれを倒そうとして負けた。負けて捕まって、逃げてきた。みんなが私を助ける為に犠牲になって、私は一人ぼっちになった。当時は『黒夢』なんて持ってなくて、あったのは幾つかの薬だけ。無茶をしたツケが回ってきたの。体が徐々に固まってきて、人間らしくなくなって。捕まったら後押しするように残りの体を全部切り離された。世介中道会なんて名前は知らなかったけど、お陰で私はこんな身体になっちゃって…………」

 傷の縫合が済んだら、次は四肢の取り換えだ。幸いこちらはスペアパーツが幾らでもある。本来は芽々子が自分で自分の為に用意した物だろうから少し小さくなるけど、それはご愛嬌。我儘を言っている場合じゃない。

「…………こんな早くは遭遇しなかったけどね。私の時は状況がかなり違ってて……何とか知ってる状況に戻せたらサポート出来ると思って隠してたの。現実の私の方針はこれからも変わらないでしょう。私がここで自棄になったところで与えられる影響は精々不安くらい。でも私には感情がないから」

「……芽々子」

「感情がないの。私には、感情がない。それでいいじゃない。それでも構わない。だって私は 人形 なんだから」

 ジョークのように、或いは思い込むように繰り返したその一節にどれほどの意味が込められているのか、俺はようやくその痛ましさの一端を知り、なお察する事が憚られた。

 大前提として、芽々子にはきちんと感情がある。だが、無いという事にしないといけない。薬で垣間見た俺なら分かる。どれほど泣き、どれほど苦しみ、どれほど足搔いたか、その結果がどうなってしまったのか。全てをひっくるめて芽々子は構わないと言った。


 だって私は 人形 なんだから。


「…………そろそろ体の修復が終わるわ。これからどうするつもり? イベントで分けるなら、無視出来ないイベントがあまりに多いわ。私が介入したらそれこそ余計な変化が生じるから間接的にしか助けられない」

「響希の事が向こうにバレなきゃいいんだからもっと大胆に変えた方が……」

「ねえ話聞いてた? 変えられるのは貴方だけど、貴方が変えた選択に対して誰かが起こす行動は制御出来ないの。薬を打つなって言ってんの。やってみたらいいじゃんじゃなくて、やるなって言ってんの」

「す、すみません……」

 だけど本来の行動から大きく逸れずに響希へ干渉する事なんて可能なのだろうか。自分の行動を振り返ってみると、無理なく何か出来そうな場所は絞られてくる。

「……清二達と饅頭貰いに行った時、結局何処で涼むかみたいな話の流れになったんだよな。そこで響希の店を案に出したら、行けそうかな」

「―――それが一番まともそうな介入ね。前後の出来事を思うと一番介入して問題ない人物は一刀斎真紀…………。少し心配だけど、私から頼んでみるね」

「あれ、呼び捨てだっけか。呼び方」

「ここまで話したなら、一々取り繕う必要もないかと思ってね。彼女は私が薬を使っている間も特に何かしてきた訳じゃないけど、変だったから覚えてる」

「変って……確かにいつも酔っ払ってそうな空気はしてるけど」





「そうじゃない。一刀斎真紀は…………少なくとも私の戦いでは何の介入も関与もなかった。だけど一回…………改変前の出来事を知っているような素振りを見せたの。何でかは、さっぱりだけど」

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