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過ぎたるは未だ去らずに来る

 仮想性侵入藥を使った直後はいつも暗闇の中で目を覚ます。使用した場所が密室であり視界を制限する必要があるのでこれはいつもの事だった。様子が違ったのはそこから。

「………………ッ!」

 体が動かない。手足の自由が効かない。かといって痛みがある訳でもなく、まるで肩から先の感覚がなくなったようだ。動いていたとしても動いたという実感がない。視覚で判断も出来なければ触覚は不明。

 ただ頭は濡れているような気がする。それだけだ。

「なんだ……? 何が起きてる」

「推奨、動カナイ事。国津守様ガコチラヘ到着スルノヲ待チマショウ」

 クロメアの大きな赤い瞳が暗闇の中でぎょろッとこちらを見る。それ自体が淡く発光しているお陰でこんな状況でもよく見える。

「俺はどうなってる」

「オ答エスル事ハ出来マセン」

「何でだよ。じゃあ、時間は? 大体でいいよ」

「ソレハ薬ヲ使ッタ貴方様ガ一番良ク御存知ノ筈デス。今ハテスト返却当日ノ朝。国津守様ニ貴方ガ治療ヲ受ケテイタ時間帯デス」

 そういえば……話の流れを思い出した。雀子が下着を着けていない事に気づいてそれを指摘したら両腕を破壊された。そのままでは登校も出来ないので芽々子に泣きついてパーツを取り換えてもらったという流れだ。そこから後日下着を買いに行こうという話になって、真紀さんの話を聞いて、それから―――問題の時系列。

「ちょっと待て。じゃあ俺は二人居るのか?」

「厳密ニハ両手ヲ破壊サレタ時点カラ移動シテイルノデ、直ニワープシタ状態トナリマス。推測、大声ヲ出セバ国津守様も気ガ付クデショウ」

「…………芽々子! 体が動かせない! 助けてくれ!」

 程なく、脱衣所に音が近づいてきて扉が開けられる。背後の光から、それが芽々子だと辛うじて分かった。

「芽々子。すまん。扉を開けてないのにどうやって入ったかは聞かないでくれ。分かるだろ。いつもは普通に動けるんだけど、身体を動かせないんだ。手伝ってくれないか」

「………………………」

「芽々子。見えてないのか?」

「見えているけど………………………」

 そして、妙な沈黙が訪れる。気まずい空気になった事は多々あるが、こんな原因の掴めない沈黙は初めてだ。どうして彼女が黙っているのか見当もつかない。ここはテスト返却前の時間軸であり、特に口論をしていた記憶はおろか、その事実もない。

「悪いけど、貴方を動かしてあげる事は出来ない。出来ればそのまま向こうの現実に帰りなさい」

「え!? ま、待てよ芽々子! 理由を教えてくれないとそんな訳にはいかない! 響希の家族が危ないんだ!」

 浴室の扉が閉められる寸前、そこで動きが止まる。微かな光は正に命綱、良く分からないが、この様子だと一定時間同じ場所に閉じ込められていると強制送還されるのかもしれない。

「…………そうやって」

「そうやってみんな頼る。貴方しか薬を打てないからって私も彼女も頼ってしまう。そうやって、そうやって、そうやって。頼れる人が一人しか居ないから。頼れる人は頼ってもらうのが嬉しいから。なまじ変えられてしまうから。なまじ努力が必要だから。なまじ無理が出来るから。未来の私にどんな事が起きたかは知らないけど、理解出来ない。どうしてそんな事したのか。分かりたくない。私と喧嘩でもした?」

「いや、喧嘩したのは俺じゃなくてお前と響希の方だけど……じ、事情を説明するな。簡単に言うと前の電話で二年生が偽物だったら三年生もその可能性が高いって話をしてただろ。アイツがな、だからって避けるのは良くないと思ってお店に来てくれる三年を呼んだんだけど……そいつが向こうの味方だった可能性が浮上してきた。俺と響希は繋がりを割られた形になる」

「それで、薬を」

「最初はその先輩がやる気をなくした原因である死んだ相方に薬で遡る事で協力してもらう筈だったんだ。その流れで判明したから……その、あんまり二人が喧嘩してる様子を見たくなくて」

 

 ドン!


 浴室の壁を勢いよく叩く音。ここには二人しかおらず、誰がやったかはわざわざ考察する必要もない。

「…………どうやって回避するつもり?」

「俺は単純に行かなければいいし、後は響希のお店に入り浸ってアイツを止めればいいだけだ。お店で声をかけたからな。それなら大丈夫だろ」

「貴方が介入する事で変化する事を全く考慮していないみたい。仮想性侵入藥は主体的に変えられるけど、場の流れに抗うような強引な改変は予期せぬ改変を生んでしまうわよ」

「た、例えば?」

「仮想性侵入藥は貴方が過去起こした行動を跡形もなく消してしまう訳じゃない。その行動を取った現実はそのままに本来選択しなかった行動の結果も持ち込むのがこの薬よ。私にすれば未来の話、貴方が何をしたかは分からない。でもその結果はそのままお店に入り浸って、例えばもし貴方が居た事でその三年生が来なかったら?」

「……三年生が来ない事を観測して、それでいいんじゃないのか?」

「その後響希さんがどう行動するかまでは介入出来ないわよ。事情を説明したら納得はしてくれるかもしれないけど……とりあえず全部の行動を話して。本来した事全部」

 言われた通りに全てを話した。ただ、指輪をプレゼントした件は今回とは全く無関係なのでそこだけは隠した。突発的なプレゼントだったし、やっぱり驚いてほしい。

「……事情を教えた人間とは一緒になって過去を変えないと予期せぬ二次改変が生まれる。写真を見て、進路相談室から資料を手に入れて雀千さんの下着を買って、港で怪異を見かけて、薬を使って二人の先輩に会いに行く。貴方が取った行動は勿論変わらない。でも響希さんを説得した事で彼女は写真を見ない、進路相談室で資料を手に入れたりもしない、行動を潰された彼女をどう制御するの。まさか下着を買わずにずっと密着するつもり? 私が使用方法を限定しているのは、本来取った行動から遥かにかけ離れた行動をされると想定外の変化が生まれてしまうからよ。多少の振れ幅なんて誤差じゃない。貴方以外の全てが本来あるべき過去を忘れて未知の行動を取る。そのリスクをどうケアするつもり」

「そしたらまた薬を」






「いい加減にして!」






 地下室全体に、芽々子の怒号が響き渡る。大声を出すとパーツに都合が悪いのだろう、それ以降は音声にガチャガチャと物理的なノイズがはしるようになった。

「何でも簡単にリスクなく変えられたら苦労しないのよ。まさか貴方、シミュレーション方式で使わなかったら脳に負荷がかからないとでも思ってるの? その姿を見れば明らか、短時間で二回も服用して、理由がそれ? ふざけてるの?」

「――――――た、確かに薬の影響はあるよ。でも俺が頑張らないと」

「自分が死にに行ってる事を理解してない。そんな無茶苦茶な服用されたら緩和剤なんて無意味、無駄。響希さんも滅茶苦茶よ。勝手に行動しておいて尻拭いを任せるなんてどうかしてる。天宮君が死んでも涙は流さないんでしょうね。誰の記憶からもなくなるんだから。自分勝手な人」

「お、おい。世界を跨いでも喧嘩するのはやめてくれよ! 俺はそんな声聞きたくないんだって」

「私が言うリスクについて軽視した結果なら受け入れるべきよ。世介中道会の名前が知れて、その先輩と協力関係を結べたならリターンに見合ったリスクとも言える。それをなかった事にしてほしくて薬を使うなんて意味が分からない。使った事がない人間には分からないんでしょうね。便利な道具くらいにしか思わないんでしょうね!」

「……………………やっぱりお前、使った事あるんだな。仮想性侵入藥」

「………………それは」

「違うっていうなら教えてくれ」










「仮想性侵入藥を使用して移動した世界で、別の人物が仮想性侵入藥を打ったらどうなるんだ?」


















「………………………………」

「ずっと、考えれば考えるほど辻褄が合わなかった。最初に思ったのは人形である事を隠している点だ。幾らお前が努力してるって言っても、外から来た俺と違って何十年って付き合いがあるのに一回も誰にも気づかれないのは変だった。まあ俺も隠せてるから意外とそんなもんかとも思ったけど、薬の副作用で人形じゃなかった頃のお前を見てからやっぱりおかしいと思ったんだ。じゃあいつ人形になったのか。ずっと前からじゃないならクラスメイトが突然人形になった事に気づかないのは変だ。トイレ行ってたのがある日全く行かなくなるんだろ? お前さ、三つ顔の濡れ男の時に言ったよな。未来で全滅を観測したからその時刻まで死ぬ事はないって。違う未来における観測が現実に影響を与えるなら、未来の場合、ある種セーフティのような使い方が出来るなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「未来で人形になったから、その未来までは自分からバラさない限りバレる事がない。たとえ多少不自然だとしても。そう考えたら辻褄が合うし―――お前が俺より前に薬を使ったとしても違和感はない」









「俺とお前が出会ったあの日、あの瞬間。俺は現実だと思ってたけど、お前にとっては薬を使って侵入してきた世界だったんじゃないか?」




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