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人であらずんば人形である

「…………え、そうなんです、か?」

「まず間違いなく。本来言うつもりはなかったけど、こんな状況だし教えてあげる。

私は人間が怖い。一分一秒も関わりたいと思えないくらいね。録音でアイツが言ってた通り、近寄り難かったと思う。だって誰とも関わりたくない、私はね、他人が一定距離にいるだけで体の震えが止まらないの」

 そこまで言われて気づく。腕を組んだ三姫先輩の身体が震えている事に。腕を組むのは警戒心の表れなんて話を何処かで見た事もあるけど、まさか自分を落ち着かせる為だったとは。あれはつまるところ、自分を抱きしめているのだ。

「まともな会話は出来るけど、人とは関わりたくない。一般的な対人恐怖症ではないけどね、とにかく体が拒絶するの。反対にそれ以外の何かと相対する時は心が凪いでしまう。だからそうとしか考えられない」

「いや、いやいや。流石に強姦ってのは突飛…………」

 脳裏に過ったのは、浴室を満たしていたあの臭い。彼女には勿論まだ伝えていないが、もし岩戸先輩が好きな人の死体に興奮するような変態だとしたら筋は通ってしまう。

「何か思い当たる節があるみたいね? 私もこんな事言いたくない。こんなだけど、私なりに信用した一人。誰とも関わりたくない私が、関わる事を許容した一人がアイツ。そいつに裏切られるどころか強姦されたんだとしたら症状も一気に進むわね」

「お、おい‼ 待てって。そんな……そんな訳ないだろ! 何かの間違いだってきっと! お、俺はそんな事しない! ましてお前にそんな真似したら嫌われるって分かってるんだ!」

「私の死体。制服を脱いでないのに浴室に居る。つまり連れ込まれたか脱ぐかどうかの前に襲われたか。手首についた指の形に近い圧迫痕。あれが指ならサイズは丁度アンタの指。まあ正気だったら無意識にでも手加減するだろうし衝動が抑えきれない状態だったのかもしんないけど、殺される寸前になっても症状が進まなかった私がこれで死んだなら、やっぱりアンタが悪い」

「待て待て。待て待て待て待て待て! そんなわけない……俺がそんな事する筈がない…………き、きっと何かの間違いだって。これが終わったらオーケー貰えるかもしれないのに全部不意にするなんて事をやるなんておかしいだろ!」

「うっさい、黙れド変態。アンタを信じた私が馬鹿だったよ…………信じなきゃよかった。そしたらまだ、生きてたかもしれないのに」

 落胆と失望の色が強く混じった声音に岩戸先輩は怯んでいた。身に覚えのない、というか未来にする行動が信じられない様子でずっと自問自答を繰り返すようになってきた。だがまだ話は通じるし―――引っかかる事もあった。

「本当に、絶対、何があっても怪異が原因って事はないんですね?」

「断言する。目の前で誰がどんな惨殺をされようと、私自身が襲われようと症状は進まなかった。人が関わらなきゃあり得ないし、人と極力関わらないように遠ざけてきたつもりだから」

「でも俺とのハグは、特に震えてなかったですよね」

「一年。勘違いしないように。君の身体は殆ど人形じゃない。勿論人間として接してるつもりだけど、身体は無機物を触ってると思ってるみたい。震えないのはそのせいだから」

 四肢を喪う事で起きるメリットは、いつも想定外だ。俺だって望んで失った物じゃない。生来のパーツがついているならその方がいいけど……もしも、有り得ない仮定だけど。そのままだったら実は彼女の協力を受けられないなんて事もあったかもしれない。好意的なのは人間じゃないからで―――人間だったら。



「ああああああ分かった! ひょっとするとアイツのせいだ!」



 にわかに岩戸先輩が大声を上げて、三姫先輩に向かって指を向けた。

「あの夜に徘徊してるぬいぐるみ持った女の子みたいな奴! アイツがきっと俺を操ったんだ! おい後輩、お前言っただろ。三姫が影響を受けてるなら俺も影響を受けてるって話!」

 チェックポイントは問題なく機能しているようだ。これがあるとないとで話の円滑さは随分変わる。提唱者さんに感謝するしかない。

「アンタの何処にどんな影響があんの」

「いや、あると思いますよ。なかったらあの時の説明を受けても薬を使えってなったでしょうし」

「ああそうだよ! くそ、隠しときたかったけどな……お、俺が望んでそんな馬鹿をやったんじゃないって証明する為なら教えてやる! 脳みそ、俺の脳みそに何かが詰まってる」

「アンタの脳みそは下半身についてる。ダウト」

「話を聞いてくれよ! お前が妊娠してたのを隠してるみたいに、俺も黙ってたんだ。三姫は優しいから……俺を遠ざけるんじゃないかって思って。男として、無理してでもお前を守りたいと思ってた。だから……なんか、頭ん中にふわふわした物が入ってる感覚について言わなかったんだ。俺は……三姫と違って普通だ。死ぬほど怖えと思ってる。だから、それで……馬鹿になっちまったのかもしんねえ」

 浸渉症状は個人と怪異自体によって性質が変わってくる。無機物に襲われるようになったり、体中に顔が浮かんできたり。真紀さんとの外出で遭遇したあの犠牲者の事を考慮すると、ぬいぐるみに関連する浸渉なら岩戸先輩の発言は信憑性が高い。

 だがそんな弁明とは無関係に、三姫先輩はさっと距離を取ってクッションを体の前に抱えた。

「…………これで到底許す気にはならないけど、一年。概ね死因を解き明かしてくれた君には協力したい。アンタも私に謝るより前に協力しなさい。最終的に生き返ったところで許すつもりはあんまりないけど、それが誠意なんじゃないの?」

「当たり前だ! 未来の俺、バカなんじゃねえのかほんと…………後輩。全力で協力する! いや、させてくれ! 事情はどうあれそっちの俺はとんだくっそ大馬鹿アホマヌケ野郎だ! 何をする? 何を手伝う! 現実の俺を何とかしたいってんなら何でもするぞ! どうする!」

「―――未来の自分の行動を、シミュレートって出来ますか? 俺ならこうする、みたいな」

「んなもん出来ねえけど頑張るさ! ……認めたくねえけど、俺なんだろ。なら、出来る筈だろうが」





















 二人きりの空間。

 俺に対して震えが出ないのは如何なる状況においても変わらないらしい。三姫先輩は俺の隣に座ると、クッションを机に置いて両手を膝の上に置いた。恐怖が絡まなければ、立ち振る舞いのなんと優雅な事だろう。なんて見惚れているようで視線の中心は胸にいっている気がしたので、慌てて視線を斜めに逸らした。

 分かり切っていた事だが、俺はちょっと体が正直すぎる。

「あんなお願いしてくれちゃって。私の死体なんて見つけても生き返る訳じゃないでしょ」

「でも辱められた死体は何処かに隠してあると思うんです。三姫先輩と協力するなら、生き返るまではせめて俺がきちんと葬るべきじゃないですか」

 過去の岩戸先輩がここまで協力的になってくれたのは何の嫌味だろう。現在の取り付く島もない様子とはあまりにかけ離れている。彼には『もし三姫先輩の死体を隠すとするならどこに隠すか』を問うて場所を探しに行ってもらった。真紀さんが相手取る怪異は俺達が砂浜でバーベキューをしていた時から既に存在していたらしいから被害に遭う可能性もなくはないが、ここを出る前にチェックポイントに触れてくれた。死んでもまた次回以降は円滑に話が進む。

 まさか一切の影響を現実に与えない薬の使い方がこんな形で役立つとは思いもしなかった。提唱者さんが用意してくれたオプションありきだから、流石は新世界構想の提唱者というかなんというか……その構想自体は、知らないけど。

「君は…………真面目だね。幾ら記憶を引き継いでも私達はこの夜から逃げられないし、もっと雑に扱ってもいいだろうに」

「先輩達みたいにならないようにしたいんです。俺も俺の仲間も死にたくないから必死に戦ってる。特に俺の四肢なんて、仲間の一人が死にたくないあまりバラバラにしたからこうなったんですよ。それも今は全然怒る気にもならない。やっぱり…………好きだから、なんですかね」

「……ふっ。こんな状況でよくもそんな事が言えるものね。妙な薬なんて使ってるからかえって肝が据わったのかしら。アイツも、アンタみたいな逞しさがあったら私だってまだ生きてたかもしれない……無いものねだりは良くないけど、私はもう死んでるんだから少しくらい許しなさい」

「まあ、それは……」

「ごめんね。一年だからってつまらない愚痴聞かせちゃって。でもなんとなく分かった事もある。この島の外からくる人間は何かしらやらかすみたい」

「―――はい?」

 先輩は席を立って引き出しの最上段から学生証のような物を持ってくる。机の上に広げておくと、それは本島に存在する中学校の学生証だ。だが決して彼女の物ではない。少し顔は似ているが……



















「私の両親は島の外から来た人間なの。当時は珍しがられたって話も聞いた。うろ覚えになるけど―――当時までは外から来た人間ってのは一人も居なかったみたい。現在まで含めれば君で二人目だけど、二人しか居ないって見方も出来る。あんな大量に引っ越しさせるのに外から受け入れる人間が全然居ないなんて……気になるでしょ」

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