俺の愛する君の姿
「お、何で電気が点いてんだと思ったらお前達か」
「…………岩戸先輩」
「何でここに居るんですか?」
「おいおい、そりゃよ、こっちのセリフだぜ後輩諸君。ここは誰の家でもない筈だ、いや、まあ俺の家ではあるな? どうやってここに入ったよ。ピッキングなんか出来るのか?」
「え、岩戸先輩の家だったんですか? すみません。扉が開いていたのでなんか、気になって」
「へ?」
表情を上手く作れているかどうかは不明だが、この暗さが誤魔化せていると信じるしかない。咄嗟に嘘を吐いたから響希でさえ困惑しているが、自業自得というか、彼が死体を隠したかもなんて言われたらちょっと警戒せざるを得ない。
だって、死体を隠す理由はない筈だ。
死体は証拠になる。この島から脈絡もなく引っ越した人間の真実を明らかにするチャンスだ。死体を引っ張ってきたら何かしら犯罪の嫌疑がかかるだろうが、それでもみんなの目を覚ますチャンスには違いない。特に、引っ越した扱いを受けた直後に出せれば効果的だろう。排除対象にはなるかもしれないが、全員の目が覚めれば水面下での排除よりもやるべき事が生まれて助かる可能性もある。
「誰が扉を開けたんだろうな……ここは俺の家だから、俺以外に入る奴は……お前達が居るな! じゃあ侵入者はお前達か!」
「ええ! 何でそうなるのよ。私達は違うってば」
「んん? じゃあよ、じゃあじゃあ、 誰が入ったんだ? ん? ここは俺の家だから、お前達しかいないだろ!」
嘘を見破っているようにも見えないから、単に話が通じていないだけか。会話が噛み合っていないだけならここまで警戒する事もないのだが、背筋がピリリと痺れているのは一体どっちのせいなのか。何としても侵入者という事にしたいようだが―――まあ、本当はそれが正しいけど。
「実はこの家に入っていく人が見えて追ってきたんです。そいつはどういう訳か……岩戸先輩。貴方だったんですよ。俺達が入ってきたのは他でもない、聞きたい事があったからです」
「アンタ、何を……」
「なんだと?」
壁のボタンを押して、電気が点灯する。周囲を見回してみても、俺達二人と今入ってきた先輩以外の姿はない。
「何処にもう一人の俺が居る!」
「そう! そうなんですよ! 俺達はこの家に入っていった貴方を見たから追ってきたんです。そしたら誰も居なくて、後から貴方が入ってきた。岩戸先輩、貴方は偽物じゃないんですか?」
「なんだと! 俺は偽物じゃないな! もし偽物が居るんだとしたら、入ってきたそいつに違いない! 成程な、後輩諸君、お前達は幸運だ。流石ここまで生き残っただけはある。きっとお前らは死ぬ所だった。誘われたんだよこの部屋に! 更々協力するつもりなんてなかったが、ここは俺の家だし、そこにいるならどうにかしないとな」
岩戸先輩は改めて鍵を閉めると、俺達の目の前に股を開きながら座った。
「で、俺に聞きたい事ってなんだ?」
「写真を見せてくれましたよね。名前は……分かりませんけど」
現実と仮想を行き来していると忘れがちだが、俺が名前を知っているのは仮想世界で本人から名前を聞いたからだ。そこを弁えずにただ情報を話してしまうと、何故その事を知っているのか、という説明をしないといけない。単純に回りくどいし―――今はそれ以上に、危険だ。
言霊ではないが、発言は慎重に。口は災いの元だ。
「ああ、彼女な! もう死んで会う事もないからお前達に名前を教える意味はないだろ。まさか死体を見たいとでも言うのか?」
「そんな悪趣味な事しません。あの人が死んだ時って、やっぱり引っ越した扱いになったんですか? 他の皆みたいに」
「ああ! でもよく考えたらそんな訳ないって分かるよな。俺を置いて引っ越すなんてあり得ない……親しい間柄ならせめて相談ぐらいするって、別に特別な事じゃない。お前達だって親友が引っ越したって言われたらあり得ないって思うだろ。似たようなものさ!」
「…………?」
口を挟みたそうな響希の背中を引っ張って静止する。言いたい事は分かるが、ここはどうか俺に任せてほしい。リスクを背負うのは俺一人だけでいい筈だ。
「岩戸先輩はそれに対して反抗しなかったんですか? 違う、実は死んだんだって。死体の写真を見せればいい」
「写真なんて見せてどうなる? 俺がただ危険に晒されるだけだ! アイツはそんなの絶対望まないし、何より写真なんて合成って言いきられたらそれまでだろ。それとも後輩よ、君は直接死体を引きずってみんなに見せれば良かったって」
「その人が死ぬまで先輩達と俺達は同じ目的で動いていた筈ですよね。俺なら……多分やります。相手の勢力もハッキリしてないけど、少なくとも自分のクラスには知らしめたい。引っ越しなんて嘘だ。みんな殺されてるんだって」
「おいおい。俺はお前じゃないしお前も俺じゃない。俺にはそんな真似出来ねえよ。頼れる先輩だなんて思うな…………」
先輩はあちこちに視線を散らしてから、溜息を吐いて俯いた。
「もう本人が居ないから言うけどな。お近づきのチャンスだと思ったんだよ。最初は。近寄りがたいっていうか、中々心を許してくれなくてさ。下心っつーのかな。まさかこんな事になるとも思ってなかったけど……アイツが死んだなら、俺に大層な行動を期待しないでくれ。彼女の死体を引きずって見せつけるなんて、一体どんな高尚な信念があれば出来るんだ?」
「…………その人は、引っ越したんじゃ?」
「引っ越したってのがどういう意味か分かんない訳じゃないだろ。もし分からないんだったら話を聞きに来ないもんな」
「…………そうですか。ありがとうございます。それが聞けて良かったです。響希、行くぞ」
「え、あ、うん。ねえアンタさ―――」
「これ以上先輩の傷を開くなよ。デリケートな質問してるって分かるだろ」
手を引いて、足早に家を去っていく。呼び止められる事はなく、俺達は無事に脱出する事が出来た。間もなく背中の方から鍵のかかる音がして―――それから随分歩いて、自宅の駐輪場まで来て膝から崩れ落ちた。
「ちょ、大丈夫!?」
「はぁ、はぁ、はぁ…………こ、怖かったあああああ……!」
「ねえ、何が何だかさっぱりなんだけど。一から説明してよ、緊張感はそりゃあったかもだけど、もっと踏み込んだ事聞けばいいじゃない」
「あの人は……精神状態がまともじゃない。壊れてる」
「そりゃ……彼女さんが死んだなら無理もないと思うけど?」
「何処から話したらいいかな。まず当たり前だけどあそこはあの人の家じゃなくて、六無三姫先輩……産褥死してたあの人の家だ。仮想世界では生きてるんだから嘘を吐かれる謂れもない。なのに俺達が本来は名前すら知らないのを良い事に自分の家と言い張ってる」
「……そうね」
「扉が開いていたから勝手に入ったって事にしたら、ここは自分の家だから侵入者はお前達だなんてズレた事を言い出した。俺はその後すぐに実は岩戸先輩が入っていったから後を追ったって言っただろ。響希お前さ、嘘を見破ったんだとしたらその後すぐに違う事言われたら……宿題はやってきたけど忘れたって先生に言ったら取りに行けって言われて、そしたら宿題をやるなと親に言われたので実はやってない……こんな弁明する奴居たらどう思う?」
「絶対ただやってないのを理由つけて正当化してるように見えるわね」
「ところがそういう追及はしなかった。俺が逆に先輩こそ偽物なんじゃないかって言ったら、自分は偽物じゃないからっていう理由から言い分を信じてくれたけど……多分あれを言わなかったらその偽物なんて見当たらないから侵入者はやっぱりお前達って堂々巡りになってたと思う。 分かるよな、話が微妙に噛み合ってないんだ。あんな状態の人に踏み込んだ事なんて聞けないよ。何するか分かったもんじゃない」
「即興にしては連係が上手く行ったようね」
裏のブロック塀から芽々子が飛び降りてやってくる。あっと響希が声を上げて、彼女を指さした。
「そういえば芽々子ちゃん居なかった!」
「隠れたんだよな。何処に隠れたかは知らないけど」
「トイレに隠れたわ。窓は小さかったけど、私なら分解したパーツを髪の毛で繋げて工夫すれば外に出られる。私の立ち位置は玄関からの視界に収まらない位置だったから、誰も何も言わなかったら気づかれないでしょうね。小窓は開いてるけど、そこから人が入れるとは考えないでしょうし」
「何で隠れたの?」
「響希さんの発言を聞いたなら警戒するわ。元々何があってもいいように逃走経路は作るし。彼女の残した録音と私の携帯の録音は手元にある。雀千さんが心配かもしれないけど、もう一度仮想世界に行って。持ち物にこの二つを強く意識してね。これだけ証拠があれば―――多分、納得してくれるんじゃないかしら」
彼女ではないのに彼女扱いをし。
自分の家ではないのに自分の家と言い。
引っ越したと言われたらしいのに、死体を見せつける事は出来ないと言った。
「これは、変ですよね」
引っ越したとは隠語であり、死体の処理は終わったという意味に相違ない。そう言われたからには向こうが死体を認識し,死亡を認め、後始末に取り掛かったという事だ。だが彼は、死体を見せつけるなんて事は、下心で協力してただけだから出来ないと言った。
芽々子の携帯の録音を二人に聞かせると、三姫先輩はキッと彼の方を見て、蹴りを入れた。
「アンタさ、これどういう事?」
「ど、どうって言われてもな! これは俺だけど俺じゃない! ここが仮想世界ってのは聞いたけど、まだここじゃお前は死んでないからな。だから、分かんねえよ」
「私の死体を隠したの? 何故? どうして? 言いなさい」
「いやあ、俺がそんな事する訳…………ないと思うんだけどなあ」
「一年の話を聞いてるとアンタの様子は何から何までおかしいみたい。ここは私の家だし、私はアンタの彼女じゃないし。いつ告白をオーケーしたの? 仮想世界? アンタも薬やってんだ?」
「やってねえ! 俺が……こんなの俺じゃねえよ! こんな、幾ら三姫が死んだからってこれはないよ! ほんとほんと、マジで、マジで、マジだから!」
調べた結果とはいえ、身に覚えのない事を詰められる過去の岩戸先輩を可哀想だとも思う。逆の立場なら素直に認めた? いいや、事態が事態だ。認める訳にはいかない。未来の事だから身に覚えがないのは当たり前だし、その一点張りでどうにか頑張ろうとすると思う。所詮は俺も一般人だ。上手い返しなんて思いつかない。
三姫先輩は胸の下で腕を組むと、眉を顰めてぷいっとそっぽを向いた。
「…………一年。私もさ、一応同級生にこんな事言いたくないから確認。君が嘘を吐いてるって事はない?」
「その意味がないですよね。俺と先輩は元々面識ないし、岩戸先輩が快く協力してくれるならここに来る事もなかったんですから」
「そっか。ああ、そうなの…………………………………アンタが私に下心で近づいてきたのは知ってるけどさ、目的はどうあれちゃんとしてくれるから何も言わなかったのに」
「……三姫先輩?」
「私はお化けを怖がらない。怖がれない。理由は良く分からないけど怖がるどころか心が落ち着いてしまうの。そんな私がどうしてあんな事になったのかようやく分かった。ごめんなさい岩戸丹葉君。保留してた返事だけど断らせて。アンタみたいなのが彼氏になったらと思うとよっぽど怖気がはしって仕方ないから」
「お、おい!? それとこれとは関係ないだろ!? 未来の俺が何をしても、ここは過去だ。俺はおかしくなってないし、お前もまだ生きてる! 何でそんな酷い事言うんだ!」
「私の死体の写真を見た時に勃起してた奴が何言ってんの? 大体想像がついた。私は、アンタに強姦されて死んだ訳だ」