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出産現場捜査官

 まだ途中だったのに! 

 答えを言ってくれるその直前、芽々子の介入が間に合ってしまったようだ。まあでも、後で聞けば済む話だ。それに……あそこまで言ってくれたなら、もう答えなんて言ってもらわなくても見当がつく。

 目が覚めると、眠っていた脳みその理解が追い付かない内に芽々子に抱き着かれた。

「大丈夫っ?」

「…………え、へ、あ?」

「急にモニターが暗転して貴方の様子が見えなくなったの。起こそうとしても起こせないし、本当にもうどうしたらいいかって……使い方的に危険はなかったと思うけど、一応ね。その様子なら大丈夫そうで安心」

 そういえば、そうだ。何を忘れている。いや、忘れているというより記憶の整理が上手く行かなかっただけだ。霖さんのガワを借りた提唱者が介入している間の映像は現実には届いていない。それをどうにか突破したから俺は目が覚めたのだろう。

 たとえ無表情でも分かりやすいというか、芽々子はついさっきまで狼狽していた。俺には分かる、一々動作がそそっかしく、足元が疎かで何度も転びそうになるくらいだ。

「心配……してくれてたのか?」

「まさか。私は人形よ。感情なんてないんだからいつも通り。響希さんは……それどころじゃないし」

「へ?」

 周囲に件の彼女は居ない。休憩室に移動したのか。

「何があった?」

「当たり前だけど、私が拠点とするこの場所は誰にもバレていない前提で使用しているわ。そうじゃなきゃ使えない。響希さんは当然この事を承知で―――家族にも教えていない」

「俺も雀子には教えてないし……てまあ、アイツはそもそも外に出たくないんだけど」


 ドン ドン 。


 入り口の方から、叩くような音がする。パイプ梯子を上ったすぐ先には扉があって、そこにはかつてただ一人として訪問者が居た試しはない。事情を知っていそうな真紀さんとて例外ではないから、ここを訪ねてくる人なんているはずはないのだ。

「声をかけてみて」

「……いいのか?」

「普段は重力で閉じてるのみだけど、今は私が電子ロックをかけてる。大丈夫よ。全員がここに事実上監禁状態な事を除けばね」

 台の上の拘束を解いてもらうと、梯子の真下まで近づいて、手筒を作って声を出してみる。

「だ、誰だー?」


「あーせんぱーい! 僕だよ僕! あんまり遅いから迎えに来たんだー! ここを開けてよー!」


 雀子、ではない。

 彼女は浸渉の影響か言葉を伸ばすときに壊滅的な伸ばし方になる。声音が乱高下するというか、とにかく喋り方が普通じゃない。この声は俺をせんぱいと呼ぶが、特徴と言って差し支えないそんな声音が全くない。

 振り返って、芽々子を見遣る。

「しーしー……これ以上やったらおちょくってると思われるわ。響希さんの時は彼女の父親が訪ねてきたの。声はそっくりだからつい開けそうになったのを私が無理やり止めた。そしたら外に居る何かは怒鳴り始めてね。父親の声に怒鳴られてショックを受けたから休んでるわ」

「…………これは、どっちだ?」

 外から運び込まれた怪異なのか、それとも真紀さんが夜な夜な殺し回っている怪異の子供なのか。俺達にはちっとも判断がつかない。現実世界において頼れるのは芽々子だけだが、彼女も要領を得ない頷きを見せるばかり。

「どちらにしてもあれは二時間以上ずっとそこに張り付いていていて私達は出られない。手だてを考えないと。追い出すか、もしくはここで対決するか」

 対決はない。俺達のやり方としては噂がないのでまずは無策のまま事の成り行きを見て、それから必要に応じて仮想性侵入藥で修正を加えるのが定石だ。ここは俺達にとって本拠地とも呼べる場所。対決したが最期、薬を使う瞬間が訪れるとは思えない。

 

 ―――口先だけで怪異が引いてくれるのかよ。


「ここは携帯……繋がらないよな」

「そこを開けたら繋がるけど」

「…………」

 仮に繋がっても雀子は携帯を持っていないし真紀さんの電話番号も知らない。三姫先輩が居てくれたら助けてくれたのかもしれないが、現実に居るのは彼女が死んで腐り果てた岩戸先輩だけだ。

「ちょっと、ちょっと策を考えようか。芽々子も休憩室に来てくれ。三人で話し合おう」

「一応言っておくけど、食料なんて一日分しかないわ。私には不要だから貴方達の取り分だけど……根競べはお勧めしない」

 

 休憩室のソファには響希が寝転んでいた。くつろいでいるようにも見えるが、耳を塞いで蹲っている辺りがとてもそんな風に見えない。目の前に置いてあるナイフは自傷の為だろうか。

 別人格に匿ってもらうか検討する程!?

「響希。お前そんな……怒られた事ないのか?」

「あのねえ! 私だって怒られるくらいあったけど、あったけどあんな風に怒鳴られた事はないの! 別人だって分かってるけど、お父さんの声があんなドス効いたら怖いじゃないの……」

 間髪入れずに彼女は歯をぎっと食いしばって俺に噛みついてきた。

「何!? 私の事を嗤う!? 嗤えば!? だって怖かったんだもん!」

「いや、何も言ってないって……まず前提を確認したいんだけど、駆け引きって怪異に通じるのか?」

「それは……種類にもよると思う。有名どころで言えば口裂け女なんて、一応駆け引き自体は存在する。『三つ顔の濡れ男』みたいに問答無用で殺しにかかるようなのは稀ね」

 ポケットをまさぐると、『くらがりさん』から貰った熊みたいな犬のぬいぐるみがあった。問答無用……そういう意味では穏当な怪異だった。遊びに付き合う形でルールを果たせば、きちんと帰ってくれた訳だし。

 芽々子が響希の頭をヨシヨシと撫でる。わんわん泣き出す程ではないが、それで気が紛れたのか―――それでも不服そうに口を尖らせて起き上がった。

「口喧嘩って逆効果? なんかムカついてきたから、私やるよ」

「おい情緒どうなってんだよこいつ。でもそれで逃げてくような奴ならここまで詰めてこないよな…………」

 考えようとすると、いつも違和感がある。それは決まって同じような違和感ではなく、一々別の場所に引っかかるような不愉快でしかないが。相手が良く分からない存在とあっては重要なきっかけになる。自分で何がおかしいと思ったか洗い出すと、芽々子に向かって疑問を投げかけてみる。

「相手が誰かは知らないが、どうやって俺と響希で声を使い分けたんだ? 声を聴いてから判断したって事でいいのかな」

「そういう事になるわね。雀千さんの存在も把握しているというのが気がかりだけど……まあ、貴方の方に問題は起きていないようだし、今は放置で」

「何? 何を狙ってんの?」

「大した事じゃない。閉じ込められてるけど、裏を返せば安全地帯に居るんだ。試す価値はあるだろ。耳を貸してくれ」

 二人に作戦を話してみる。駄目で元々、別に失敗したって状況は変わらない。電子ロックを解除しなければここは安全地帯で、どうやっても殺される事はないのだから。

「…………私の負担が重いみたいだけど」

「人形だったら出来るだろ? 自分の首にカメラ仕込んでるくらいだしさ。それともサンプルが必要か? それなら今ここで出すけど」

「いえ、もう十分二人とは話したから私の中で勝手に抽出するわ。ちょっと……待ってね」

 芽々子がまた作業室の方へ戻り、台座の上に自身の首を置くと何やら沢山のコードを断面から繋いでパソコンで数値を打ち込んでいる。パソコンには昔からさっぱりで、何が何やら分からない。響希と二人、仲良く顔だけ出して様子を見ていると作業が終わってしまった。改めて首を付け直し、梯子の下へ。


「『【お前ハだレだ?】』」


 芽々子が発したのは、俺達を含めた三人分の声の合成。声で聴き分けて関連人物を演じるならこの場合はどうなる。三人の人物をそれぞれ出す? それとも存在しない関連人物が出てくる?

「『【な乗らなイなラ何処かへ行ケ。知リ合いしカ俺ハ通サない】』」



「失礼しました。人違いをしてしまったようです」



 それっきり言葉が止んだ。足音は聞こえないので外に続く監視カメラでもあれば良かったが、ないので念の為に十五分ほど待ってから声を上げる。

「どちら様ですか?」

 反応は、ない。

 電子ロックを解除してもらい、入り口を少し開けて四方を確認するもやっぱり誰も居ない。どうやらこの選択は正解だったらしい。

「どう?」

「…………行ったみたいだ」

「ナイス! やるじゃん!」

「本当に通じるなんて」

「確信があった訳じゃないけど、失敗したっていいからな。単純にどういう挙動をするのか気になっただけだし、こういう事なら芽々子が居れば粘着は避けられると分かったのは収穫だな。でもそんな事より外に用事があったんだ。こんな所でもたもたしてられない。二人共一緒に来てくれ」





















 仮想世界で教えられた通り、三姫先輩の家の鍵は空の犬小屋の中に投げ込まれていた。防犯意識の低さに愕然とするが、空き家なんて誰も気に留めない。現に鍵はまだここに残っている。また、鍵が無造作に放り投げられていると言ってもすのこが上に被さっているのであると最初から確信していなかったら探す前に諦めているだろう。

「空き家なんて探す意味あるの? 協力条件が死因を探る事なら、あの先輩に聞けばいいのに」

「でも家を漁れって言われたんだよ。とりあえず本人の意向は尊重しないと」

 ある程度この島の事情について詳しい人間が的外れな事を言う筈がない。空き家―――引っ越したとされる人間は悉く消え去る。柳木とその家族もそう。だが家は残る。後々誰か来た時にでも貸し出すつもりではないだろうか。真紀さんも俺がこの島に来た時、「一軒家はもう空いてないんだよね~」と零していた。

 鍵を回してノブを引くと、伽藍洞の暗闇が俺達を迎え入れてくれる。電気の位置も変わらない。当然、仮想世界で彼女が座っていた椅子の位置も。全てが一致しているから、特に驚いたりはしない。

「電気がまだ通ってるのはなんでだ?」

「最近死んだからでしょ。柳木の家だって最近までは点いてたし」

「そんなモンか。しかし俺が向こうで見た通りの空っぽだな。何処探せば死因なんか分かるんだ?」

「確か……うう、思い出すだけでも嫌な気分だけど、あの写真って水場っぽいわよね。お風呂場でも行ってみない?」

「じゃあ俺が行くか。手分けして探そう。繋がりそうな何かを見つけたらここの机に持ってこようじゃないか」

 さっきの怪異の事もあるので(俺は真紀さんが言っていた怪異の方だと思うが)、鍵はきちんと閉めておく。部屋の造りは知らなくてもお風呂場くらいそれとなく全体を見回せば把握出来る。




 脱衣所の扉を開けた瞬間、俺は率先して名乗りを上げたのが自分である事をとても誇りに思った。



 「くっさ…………!」

 三つ顔の濡れ男、くらがりさん。対峙した俺だから分かる。血の臭いもするが、そうじゃない。血の臭いだけならこんな反応にはならない。もっと体は、恐怖に満ちていた。

 こんな、痺れるようなイカ臭さは生まれて初めてだ。

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