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仮想を行きて常世還らん

 本当に秘密の頼み事らしく、なんとなく理由をつけてその日は家を追い出された。


『向こうも話し合いたい事があるでしょうし、今日はここらでもう帰れば? どうせ仮想世界なら私ら関係ないしさ』


 霖さんの一言がきっかけで協力関係に条件がついたものの、これを余計な一言とは思わない。どうせ何をやっても死ぬという状況から、良く分からないがワンチャンス蘇生が見込めるのだ。俺でも逆の立場ならやっぱり足元を見るような真似をするし、お化けが怖くない事と死ぬのが怖くない事は別にイコールじゃない。解決すればいいだけの話だ。

 三姫先輩がどうして死んだのか。それを現実で明らかにすればいい。

「霖さんは……あ、すみません。提唱者さんは何が目的でこんな事をしてるんですか?」

 適当な場所を歩きながら、話しかける。自分の知らない人間が知った人間の皮を被っているなんて奇妙だが、仮想世界なんてそんな物かもしれない。

「誰かを助けるのに理由は要りません。強いて理由を挙げるとするなら、わざわざ負けると分かっている戦いを静観するような悪趣味を持ち合わせていないからです」

「負けると……分かってる?」

「私は何処にも存在しない人間です。貴方とこうして会って話せるのも仮想性侵入藥という最先端技術ありきの出会いで現実の事など殆ど関知出来ません。ですが私の構想から発展した技術となれば話は別です。貴方達のように薬ありきで行動する人間の事なら手に取るように分かります」

 霖さんは帽子を被り直すと、響希の家の方を見て、溜息を吐いた。

「二人と何を話したかは共有すべきですが、私の事はくれぐれも内密に。国津守芽々子にとって私の存在はこの上なく邪魔ですから」

「邪魔って……敵じゃないですよね。敵で、しかもこんな事が出来るなら三姫先輩と俺を会わせたりしない」 

 なんなら強制シャットダウンでもかけて追い出す事とか、出来るのではないだろうか。仮想性侵入藥に対するハッキングが何処まで及ぶかなんて当然把握していない。俺達は雰囲気でこの薬を使っている。

「敵か味方かという話で行くなら、こういう仮定は如何でしょう。私が指を鳴らすと貴方がこれまでしてきた全てを無意味に出来るなら、何もしないと言われて信じられますか?」

「え…………っと?」

「怪異は全員復活し、クラスメイトは全滅、貴方自身は四肢を奪われ、当然補填もされない。そんな状況まで巻き戻されるとして―――でも私は指を慣らさないと言います。信じられますか?」

「…………さ、流石に難しいと思います。その、指を切断してほしいかも。それだったら、多分」

「そういう事ですよ。私は新世界構想の提唱者で、彼女よりも遥かに仮想性侵入藥については精通している。貴方にとって彼女の無二は良く分からない技術に対する専門性かもしれませんが、私はそれを簡単に殺せてしまう。そして、貴方も彼女もこの薬に依存しすぎている。薬がなければ何も出来ない程に。私が敵か味方かなんてどうでもいい。気まぐれ一つで台無しにされる可能性を持った存在は徹底排除して然るべきです」

 霖さんは石を手に取って近くの家の壁に傷をつけるように図を描き始めた。仮想世界だから問題にはならない……けど。まだそういう割り切りは俺には難しそうだ。

「選択されなかった世界も確かに存在しています。仮想性侵入藥はそれらを繋ぎ、影響を与え、新たな分岐を生み出してしまう科学技術です。これまで貴方達の行動を見てきましたが、未知の結果が予想される行動は決してとらない。あくまで想定の範囲内で現実を変えましたね」

「それは……芽々子がそう言ったから。俺だって納得した上で、ですよ。現実を変えられるのは飽くまで俺の行動のみだけど、俺の行動で変わった他人の選択や行動は操れないから。しっちゃかめっちゃかやると収拾がつかなくなるって。薬は俺が最初に使いすぎたから、貴重だし」

「想定出来る……それが罠なんですよ」

 図にはシンプルに宀の形でAとBが分けられている。Aに行くにはA´という条件を満たしていなければならず、BはAに行く条件を満たしていないと移動する、というような図だ。

「国津守芽々子は想定外を起こさないように仮想性侵入藥の使い方を飽くまでA´の取得という形でのみ運用しています。Bは敗北として、この使い方は正しいですか?」

「ただ、しい?」

「そうでしょうか。何度も何度も薬を打ってきたなら貴方なら分かっていると思いましたが。その薬の副作用は別の世界に意識が飛ばされてしまう事。そう、今この現実に作用している別世界が見えてしまう事です。彼女は精神汚染と誤魔化しましたが―――」





「…………芽々子は、過去に仮想性侵入藥を使って改変した事がある」




 

 この薬の事を誰よりも知る提唱者の手を借りて、今、仮説は確信へと変わった。芽々子は過去に使用経験があるから状況把握が素早く、また使っていた時期には一切人形化していない。浸渉症状の悪化を理由に薬が打てないなら、芽々子もまた悪化してしまった結果人形になったのではないだろうか。

 いや、気になる発言は時々あったのだ。もし薬が使えるなら俺になんて頼らず自分で使うなんてのは特に―――売り言葉に買い言葉だったという見方もあったけど、そもそも使った経験があるならより筋が通る。

「そう。そして改変した結果が今です。彼女は何でも知っているような素振りで、実際貴方達を導いています。だが彼女は失敗した。目的が何にせよ失敗した。だから貴方を頼っている。失敗した要因は? 薬を使えば好きに改変出来るのにどうして失敗したのでしょうか」

「それは影響を弁えずに自由にやったからじゃ……! あ、そうか、だから俺にそんな真似はするなって言ってるのか!」

「そんな大胆な事が出来る人がリスクを抑えるような選択を適時選択出来るとは思えませんね。逆です。彼女は自分の行動は些細な部分の掛け違いで失敗したと思い込んでいる。だから貴方に勝手な事をしてほしくないんです。薬を管理しているのもその一環ですね」

 話はまた図に戻るようだ。Aのルートから奥にずっと伸ばして、そこは行き止まりの記号を打たれた。横に伸ばされた線からはCのルートが続く。

「いっそ全部変えてしまった方が活路は開けるかもしれないのに、彼女は自分がやってきた事が台無しになるのを恐れてAのルート以外を選ぼうとしません。このルートに入ったが最期、そこでどんな枝分かれをしようが最終的には敗北するのに」

「そんなの、やってみなきゃ分からないでしょうが!」





「やってみて、失敗したら薬を使ってやり直して、それでも負けたのに?」





 人生は一度きりで、選択も取り返しがつかなくて。だから後悔のないように。どちらも地獄なら自分で選んだ地獄の方がマシという表現もあるだろう。選ぶことの大切さは至る所で教えられる。仮想性侵入藥はその一度きりを何度でも繰り返せる魔法みたいな技術だ。

 薬を濫用出来ないのは、俺が最初に使いすぎてしまったから。裏を返せば、それまでは薬を大量に準備していた。そして芽々子が過去に使った事があるなら、当然自分に使うというくらいだから何度でもやり直した筈で。

「国津守芽々子の想定内である限り、貴方達が勝つ事は絶対にない。私の存在を内密にしてくれたら私が導線を引きますから、適時想定外の事を行ってください」

「―――要は、どっちを信じるかみたいな話、ですよね。色々言いましたけど。じゃあ最後に教えてください。過去に芽々子は薬を使用した事がある。それは間違いないとして―――当時のアイツは人形じゃなかった。なんなら雀子にも尻尾がなかった。柳木も生きてたし知らない人も居た。あれを過去とするなら辻褄が合わないんです。だって柳木はずっと前から『三つ顔の濡れ男』を知ってたから助けようがないのに。どうやって?」

「それは……表現に問題がありますね。この薬を使用中に限っては時空は一つの集合体と捉えるべきです。()()()()()()()()()()()。自分で言ったではありませんか。仮想性侵入藥を使って現実を変える時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと。同じ事を繰り返すようですが、彼女は想定外を嫌います」

 霖さんの姿が不意に消える。






 同時に、俺の視界もブラックアウトした。










「何故彼女が薬を独占しているのか、それは誰―――」

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