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紛れるマガイモノ

「人形ってそんなやばいの? 芽々子ちゃんの反応がなんか、普通じゃないんだけど」

「人形とは人の形と書いて人形よ。あそこの荷物が全部人体だった場合、どれだけの人に成り代われるか。私達じゃ手がつけられなくなる。早い所見つけないといけない」

「…………おい。なあ待てよ。って事は今、街中に二体の怪異が居るんじゃないか。先輩を腑抜けにした、ていうか真紀さんが殺して回ってる怪異の本体と……港から脱走した奴。俺達は芽々子を介して聞いたから相互認識したって扱いかもしれないけど……こ、これでも街中には影響がないのか?」

「相互認識なんて平等なようで不平等よ。『潜失』なんて殆ど存在を知らないままこっちを殺しに来たのに。やり方なんて幾らでもあるわ。幾らこの島の人口が少なくて皆知り合いと言っても、人間の記憶は当てにならない。向こうがこちらを知っているような素振りで話しかけてきたら……二人はどんな反応をする?」

「ええ………私、いい感じに話を合わせるけど。別に知り合いだからって名前まで正確に覚えてる訳ないし」

「俺も多分それっぽい反応をするな。特に老人会に居る人の顔なんか、正直どれも同じに見えるし……え、まさかそれで相互認識完了?」

 芽々子は地下の拠点に戻ると早速薬を準備して流れるように俺を台座の上に固定する。最早抵抗しなくなった自分もどうかしているとは思いつつ、薬を打てるのが俺しかいない以上はしょうがない。

「………………………」

 芽々子の動きが止まった。

 伏し目のまま、関節を曲げたまま、呼吸がなければそれこそ人形のように。或いは動画を静止させたように。体を固定されたままだと、ちょっと恐ろしくなる。俺は一生このままなんじゃないかと。視界の端から響希が現れてその不安は薄れてきた。

「芽々子ちゃん? どうしたの?」

「……………………………何でも、ない。薬を打つわね。本当にごめんなさい。貴方の弱味に付け込んで無理ばかりさせて。償う方法があるならあらゆる方法で償うから、今だけは……ごめんなさい。本当にごめんなさい。私は…………最初から勝ち目のない戦いに……」

「…………」

「何でもない。今度の使い方は危険がないようにするから大丈夫。さあ、死んでしまった彼女をイメージして。死体のイメージでも大丈夫、私が調節するから。岩戸丹葉先輩についても同じ。彼が居れば仮想人物を構築しやすいと思う」

「分かった」

「…………うん。頑張ってね」




















 天宮泰斗が眠りにつくのを確認すると、国津守芽々子はその場に崩れ落ちるように倒れた。

「ちょ、え!?」

 戸惑う響希が駆け寄ろうとした時には立ち上がっていたが、それはうっかり床のコードに足を引っかけたような偶然ではない事は明らかで、台座からモニター前の椅子に移動するまでに三回も同じように倒れていた。

「芽々子ちゃん、どうしたの? 体調が悪い……とか? 人形に体調なんてないわよねでも」

「…………体調が悪いなんて、確かにない。そうね、巻き込んでしまったし、貴方には話しておくべきかもね。同じクラスメイトのよしみ……殺され仲間として」

「私的には殺された実感ないけどね。アイツが救ってくれるお陰で」

 モニターには自分達が映りこんでいる。映っている部屋は雪乃響希の私室であり、机にノートが広げられている所から彼が移動した時間軸は『潜失』の存在が判明したかどうかの頃合いだ。

「……彼には少し話したのだけど、私の存在は厳密には人間よりも怪異に近くてね。体を少しでも無機物に置き換えないと貴方と同じように浸渉が進んでいってしまう。その効果について私は意図的に隠してきた」

「まあ、そういう事もあるんじゃない? 隠し事は良くないけど、隠さないといけない事情があるのはこれに限らず芽々子ちゃんの身体の事もそうじゃない。私だって肩のこれは隠しておきたいし」

「そうね、隠しておきたい事情の一つよ。でも近い内に気づいて、抗う為に私から距離を置こうとする筈。響希さん、貴方にだけは話しておくから、どうかそうなってしまったら彼をお願い」

 モニターの中は既に暗く、視点の持ち主は外に出た。何処へ向かうのかは指定出来ない。泣いても笑っても現実からの声は届かないようになっている。

「私は別にいいんだけど…………芽々子ちゃんはその後、どうするつもり?」

「…………どうもしない。私にはどうする事も出来ない。どんどん想定から離れていく。私の知らない事ばかり起きる。予想もしない事が最悪の結果ばかり生みそうになる。いつ彼に話すかは貴方に任せる。私の話した真実を受け入れられる状況があったら、その時お願い」

 芽々子は諦観に満ちた、孤独な懺悔を呟いた。






「未来から逃げてきたの、私――――――」





















 二人にはここが仮想世界である事を納得してもらい、俺は当てもなく夜の町を彷徨う事になった。時間帯としてはクラスメイトが襲われるのを認識するようになった頃で、突然「それはもう終わった」と言われたら困惑されるのも無理からぬ事。納得してくれたのは芽々子がフォローしてくれたお陰である。


 ―――。


 芽々子は仮想性侵入藥を使った事がある。

 それは間違いない。薬を服用した後の挙動についてやたら詳しいし、淀みない。フォローなんて薬の成分や効能を読んでいるだけでは出来ないだろう。だって仮想世界の芽々子にとって、その仮想こそが現実なのだから。

 俺が現実に帰還する度に見える『もう一人の芽々子』。体は人形ではなく、活発な少女で……優しい顔をしていた。あれは。あれが本来の彼女なのではないだろうか。関係性が気まずくなりそうで聞き出せないけど、その疑いは日に日に強くなっている。

「…………さて、二人が何処に居るかはさっぱりなんだよな。というかもう死んでるんじゃないか? テストまでに協力を求めるべきだったって言ってるし、今はテスト期間だ。勿論この時間帯を指定した俺が悪いんだけど、死んでたら……やり直しだよな」

 テストまでに、という言葉の解釈について会話から一々探らなかったのが痛い。それはテスト期間に入るまでにという意味だったのか、当日を迎えるまでにだったのか。

「ていうか何処を拠点にしてるかも聞いてなかったな。どうしよう」

 死体の状況を思い出す。あの女性はぬいぐるみを出産して死亡していた。縫い包みと言えば真紀さんが夜な夜な処分して回ってる怪異だ。確か、どうにかして外に出させようとして来るから扉を開けるなと言っていたっけ。俺が出会ったのはバベっていた……『三つ顔の濡れ男』との対決前後くらいだと言っていたから、響希や芽々子も相互認識は終えていると考えた方が良い。

 すると産褥死をした先輩も夜な夜な出歩いているのではないだろうか。テスト当日に出会って、それで死んだとか。

「…………すみませーん。岩戸丹葉先輩はいらっしゃいますかー。すみませーん」

 仮想世界なので、どんな不審行動を取ってもいいという空気。大声を上げて周辺を走り回る事五分。何処からともなく手が伸びて俺の身柄は取り押さえられた。

「むぐっ!」

「馬鹿お前……何で俺の名前を知ってやがる! 呼ぶな、バレるだろうが!」

「アナタ、外から来たって一年生ね。岩戸、後輩と仲良くしてる時間なんかあったんだ。へー」

「や、違うんですけどお!? 三姫ちゃん、俺はこんな奴知らない。ほんと、ホントにホントに知らないんだよね~?」

 写真で見たままの顔―――とは少し言い難いか。死体はいつも変わり果てた姿で俺達生者を出迎えてくれる。何処かで見たような見てないようなそんな曖昧な記憶で構成された三年女子は産褥死の過程で開けた衣服に違わず、クラスの誰よりも―――百歌よりも二回り以上豊満な胸を、同じくらい細い腰回りで持っていた。釘付けになるな、という方が難しい。組んだ腕の上に乗る双丘はそれくらい主張が強かったから。

 夜という天気で見えにくいが、ヘアピンを複数使って前髪を整えている。これも死体写真にはなかったので、やはり記憶の何処かで見たっぽい……?

「……イマイチ信用出来ない。一年、名前は? 私は六無三姫ろくぶみつき。そっちの丹葉とはクラスメイトで……まあ一番動かしやすいから協力してるだけ」

「おおい。俺は彼氏じゃないのかよっ」

「こんな一秒先にも死にそうな状況で交際関係気にするとかどうよ、人として。種の保存本能みたいな? 返事は保留って言ったでしょ。それで一年、アンタは何? 丹葉の弟分?」

「俺は、はい。こっちに来た一年の天宮泰斗って言います。信じてもらえないと思いますけど…………」







「未来からやってきました。俺は」

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