大体堕胎怠惰抱いた只人
「倉庫整理って聞いたからどんな力仕事かと思ったけど、意外に簡単ね」
「中身は絶対開けるなよ。段ボールに入ってる奴は特に、開けると痕跡が残るからな。それで俺がクビになったらいよいよ芽々子に寄生しないといけない」
「無理を言って協力してもらっているんだから、それくらいは受け入れるわ」
「私は寄生対象にならない訳?」
「バイトしてるからって寄宿するのはちょっとな……」
「―――そういえば芽々子ちゃんってどこから現金を用意してるの? 別に働いてないでしょ」
「およそまともな方法ではない、とだけ。ただお金が湧いて出る泉なんてのはないから有限だし、もう補充は効かないわ。それよりもこの荷物、殆ど軽いじゃない。力仕事を想定していたのに」
「や、俺もそう思った。本当はもっと重いんだけどな……?」
勿論軽い物もあったが、それ以上にやっぱり色々重たかった。段ボールだけじゃない。発泡スチロールの大箱や本来複数人で運ぶような木箱まで様々だ。袋が被さっただけの物もあれば、縄で縛られているだけで正体を隠す気がない荷物。
今回はそれがない。殆ど段ボールで、しかも重さを感じた物が現状全くのゼロだ。段ボール自体の重さは勿論あるが、それは果たして荷物と呼べるだろうか。普段あまりしないものの、軽く揺らしてみると何の音もしない。
「…………?」
何の重さも感じず、中の物体も分からないなんてそんな事が……いや、例えば箱一杯に中身が詰まっていたら揺らしても音がしないのは分かる。だがそれだと今度は重さを感じない理由について説明がつかない。綿が一杯に詰まっていたりしたら同じように感じるのだろうか。
「天宮君、バイトを受けた時に変化はなかった? これはちょっと普通じゃない業務に思う」
「そう言われてもな……別に普通だったと思う。同じ人からバイトを受けたし、仕事内容に変化があったとも言われてない。うん、特に変化はない筈だ」
「……船の方に行ってみるわ。二人はそのまま作業しておいて」
芽々子が倉庫を去っていく。響希と二人顔を見合わせると、彼女はにわかに妙な事を言い始めた。
「これだけ沢山物があったら、子供の頃ならかくれんぼに最適よね」
「へ?」
「ほら、狭い所はバレにくいみたいな先入観ってなかった? 空箱がこんなに多いんだったら、私が子供の時なら何個か町に隠して隠れ場所にする気がしてね。アンタは本島育ちだからそういう発想は出なかった?」
「あー……まあ、道端に段ボールが意味もなく落ちてるのは色々と怪しいからな。でも隠れるで言うならあれだ。芽々子が見たっていう人影がこの中に隠れてるかもな」
「流石にそれはないでしょ。あんまり荷物が軽いから最初から置かれてた荷物と比べてたのよ。外から運び出したのと違ってちゃんと中身が入ってそうな物ばかりだったし、それなら隠れられる隙間もない筈。まあ確かめる価値はあるかもだけどね」
ガララっ。
「二人共、来て」
有無を言わさぬ勢いに呑み込まれ、話の脈絡も問わず停泊した船まで連れていかれた。甲板にはまだ大量の荷物があるものの、彼女がライトで照らした場所はそこじゃない。操縦室と甲板を繋ぐ通路の部分。
人間の、腕。
「えっ…………」
「当然だけど、球体関節なんかじゃないわよ。これは正真正銘人間の手ね。それで―――」
芽々子が操縦室まで俺達を連れて行くと、そこに転がっていた開きっぱなしの段ボールにライトを当てる。中身は空っぽで、だが底の方に黒く固まった血痕が残っていた。
段ボールを閉じこむと、それを片手に再度甲板へ。まだ運び込んでいない荷物と合わせて、俺達にそれぞれ渡してくる。
全く同じ重量だ。
「……多分どっちも同じ、よね?」
「これが杞憂で済めばいいけど、何かとんでもない物がこの島にやってきたような気がするの。でも杞憂で済む可能性もある。だって他の荷物はちゃんと封がしてあるから」
「大量の死体が入れられてきたのは確かにやばいな。ここは証拠隠滅の最終処分場じゃないぞ」
「それだけで済むなら私達には関係のない話だからいいじゃない―――幸い、中を開けずに確認する方法はある。響希さん。お願いできるかしら」
「え? 私?」
「段ボールって、水が浸透してふやけるのよ」
「あー…………」
都合上、どうしても体を乗っ取られるせいかあまり気は進まないようだ。しかし開封せずに中身を確かめられる方法がこれだけなのも事実(後は仮想性侵入藥を使って開けた場合の世界を覗き見るか)。
「私、泰斗と遊びたかっただけなのに…………何でこうなるのよ」
「同意見。私も……何も考えず遊べたら、良かったなって」
血液に響希の人格が排出され、血液自体の性質を利用して中を見る。字面は物凄いがやっている事は地味だ。自分の血を段ボールに一滴でも垂らすだけ。それだけで中への侵入は終わる。
さしあたっては十個ほど。全ての検査が終わると雪乃に血を飲ませて響希に体を返してやる。開口一番、彼女は焦りを隠せぬ勢いで叫んだ。
「全部空!」
「……封をしてあるのにか?」
「でも空だったの! これってまずいんじゃない? 私でも分かるわ!」
分からない男子が約一名。
「…………ずっと想定外の事ばかり起きて、人形なのに頭痛がしてきたかも。私人形なのに。人形なのに」
「大事な事だからって三回も言わなくていいよ。どうやばいんだ? 死体が運ばれてきたとしたらやばいけど、殊更焦るような出来事じゃないと思うんだ」
「馬鹿っ。芽々子ちゃんが見た人影の正体がこれの可能性よ。つまりね、倉庫に隠れたというより倉庫から逃げ出したかもしれないって事!」
「銃の輸入は禁止だから銃のパーツ毎に輸入して現地で組み立てる……みたいな感覚の話よ。俊介の挙動やまるっとすり替わった二年生の放置、一年に向けた攻勢……………色々考えたけど、今回の荷物は怪異かもしれない」
「はあ!?」
信じられない、というより信じたくない。そんな素っ頓狂な叫び声が倉庫内に響き渡るも、誰かがそれに応えてくれたりはしない。
「あ、あ、有り得ない! 怪異なんて存在は、そんな簡単に移動できるものかよ!」
「でもこれまで戦ってきた怪異には噂がない。噂がないから対処法が伝わっていない。私達はその意味を深く考えてこなかったけど、外から運んできたと考えれば筋は通らない? 男性か女性かはハッキリしなかったって言ったけど、ごめんなさい。あれは正確じゃなかった。見間違えたと思ったの。男性のパーツと女性のパーツがごちゃごちゃしてたから」
「いや、そ、そんな次元の話か? 段ボール全部に人体のパーツが入ってたとしたら人間一人で済まなくないか? ごちゃごちゃしてたって、もしかして手足が必要以上にくっついてたとか」
「それなら怪物と表現するでしょうね。私が人形だから分かると思うけど、正体がバレないように私には幾つかの切替パーツがあるの。関節が露わになってないものとか、強度が高いもの、肌が綺麗に見えるもの。細かったり太かったり、大きかったり小さかったり。時に別人、時に同一人物として行動出来るように。例えば、私の胸が大きかったら誰もそれを私とは思わない筈」
「胸だけで人を判別するのは泰斗だけよ」
「え、そんな風に見てたのかお前」
「真紀さんにデレデレしてるアンタ見たら誰でもねー」
「人の形を保つ偽物―――そういう意味で、人形怪異が島に上陸してしまった可能性が高いわ。本当に遊んでいる場合じゃない、早急に手を打たないと手遅れになりそう。とりあえずは―――薬を使わなきゃ」
「何を焦ってるんだ? まあ今までもやばい奴ばっかりだったけどお前はもっと冷静だったじゃないか―――」
「貴方が死んだら終わりなのよ!」
今までにないくらい、声を荒げて。
歯噛みしていたせいか、芽々子の下顎に罅が入った。