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三つ指契り、かどわかす

「変態」

「ち、違う! 俺は響希が気を遣わずに泳げるようにと……」


 一度帰宅してから日が暮れるより前に再度芽々子と集まって事情を説明した。俺や芽々子と違って響希は流れで巻き込まれたから息抜きも必要だの何だの、語彙の限りを尽くして説得した気がする。そんな事はどうでもよくて。自分でも覚えていないくらい些末な事で。


 露出を控えていたあの芽々子が水着を着ているという事に、意識が完璧に奪われていた。


「私の水着なんて必要ないでしょうに、どうしてそんな息が荒いの?」

「き、球体関節も気にせず泳げるなんていいだろ? でもビキニを着てくれるなんて思ってなかった。…………凄い、可愛い」

「……人形に発情しないでよ」

「してないって! 人形人形って言うけど俺にとってはクラスメイトだ! 可愛いって言って、何が悪いんだよ……」

 芽々子は白いフレアビキニを着用しており、人形らしく滑らかで控えめな膨らみを十分にボリュームアップさせている。だが人形だからと言ってパンツの大部分がレースになって透けているのは如何なものだろう。幾ら作り物の身体だからって警戒心という概念を何処かへ置き忘れたか。本人の性分に反して過激な水着に、俺は興奮を隠しきれない。

 

 ―――何でか分かんないけどな!


 本当に自分の意思とは無関係に、芽々子を見ると異常に精神が揺さぶられる。俺はそれを下心と解釈しているだけで、正体は違うのかも。食べ物の辛さは痛覚と同じ部分で感じている、みたいな。

「この体に合う水着がこれくらいしかなかったの。本来の身体から離れて久しいし。特に意味なんてない。天宮君の鼻の下を伸ばさせるような意図もない」

「そんな事してないんだってだから! あ、後は響希が来るのを待つだけだな」

「…………まあ、私も怪異の事なんて気にせず泳ぎたかった気持ちはゼロじゃないから。こういう機会もいいかもね。願わくばそういう状況がずっと続けば、こんな事にもならなかったのに」

「それは……ま、まあ」

 以前と違って用意出来たのはビーチボールくらいだ。二人で海に飛び込むと、本日の主役が来るまでの時間をバレーで潰す。

「それにしても、響希さんと遊んだらその流れでバイトに行こうとするなんてそっちの方が正気じゃないわね」

「仕事が終わってたら何でもいいんだよっ。俺は大丈夫だ。ついでに、お前も手伝ってくれたら嬉しいかも」

「…………それは、いいけど。別に。時間が開けば薬を打つ時間も生まれるし。雀千さんとはどう? 関係が拗れたりはしていない?」

「や、すっごい喜んでくれたよ!」

 わざわざ一度帰ったのは荷物を置く意味もあったが一番は雀子にプレゼントしたかったからだ。下着を見て、どうやって下着を選んだのかは疑問に思いつつも、最後には『せんぱいだーいすき!』と言ってくれた。


 女性にあからさまな好意をぶつけられる事に、そう悪い気はしない。


 あれをどうやって着用するかは分からないが、喜んでくれたので俺の仕事はここまでだ。まさか彼女の服を脱がせて下着を着ける訳にもいかないし、それで慌ててやってきた。

「それなら良かった。あんな身体だと幾ら使いこなしたとしても人間にとって普通の部位でない限り何処かで不便は生じるわ。早く、原因となる怪異を倒さないとね」

「それなんだけど、結局『ひそみしつ』とは無関係だったな。あの屋敷自体も関係なかったように思った。アイツは何処から逃げ出したんだろうな」

「…………さあ」



「私を待ってる間にぼっ立ちしろとは言わないけど、遊ばないでよ~!」



 防波堤の方から響希の声が聞こえてくる。その鮮烈に赤いビキニは夜が更けてきたとしても良く似合うというか。肩の痕跡の事など気にも留めず走ってくる彼女の行動程喜ばしいものはない…………ただその揺れを殊更強調するような谷間に目が行くのは許してほしい。どうせバレやしないとはいえ、バレないからこそ勝手に恥ずかしいというか。

「もう、私も何で家で着替えてきたんだろ。こっちで着替えれば良かった」

「や、やっぱり似合ってる……………ぞ」

「…………そ、そう。ありがとね。もう一回言ってくれて…………二人きりだとなんか恥ずかしいわね!」

「私は人形だから頭数には入らないって訳? 随分な扱われ方ね」

「芽々子ちゃんは気にしないじゃん! なんか、達観してるよね、ずっと落ち着いてるというか」

「…………」


 落ち着いている。


 本当に?


「え、何この雰囲気? まずい事言った?」

 特別張り詰めた空気でもないが、かといって何のリアクションも見られず響希は困惑していた。俺も反応する瞬間を見逃してどうにも沈黙を保つしかない。火との会話は順番と言うよりもタイミングだ。逃すと、おかしな所で話を続けるコミュニケーション能力に問題がある男になる。

「いや、何でもない。主役も来たんだし怪異なんて気にせず今日は遊ぼう!」

「ビーチバレーを三人でやるの? でも人数少ないし、どうせならもっと駆け引きあるゲームをやらない?」

 そう言って高々と掲げられたのは、恐らく物置にあった水鉄砲だ。容量はかなり多そうだが、一丁しかない。彼女は水が既に入っている事を揺らして伝えると、適当にかき集めた砂山の上に突き刺してまた戻ってきた。

「ビーチフラッグみたいな感じで三人で取りに行くの。取れた人は残った二人に撃ち放題。勿論捕まえて集中砲火するのもオーケー! 実は一度でいいからアンタとガチでやりたかったの。どうにか平和にアンタをイジメられないかなあって」

「な、なんだと……実は俺も、一度でいいから芽々子が違う表情をしてくれないかなって思ってたんだ」

「無茶苦茶言わないで。人形よ。でも…………楽しそうだし、乗ったわ。やるのは別に構わないけど、もう少しだけ待って頂戴。確かこの後に港の倉庫整理をするんだったわね。さっき人が入っていったわ。遊んでいる様子を見られるのはまずいから、確認させて」

「……人? それは変すぎるな。倉庫には俺以外来る予定なんてないぞ」

「……厄介事って次から次にやってくるのね。これ自体がもう怪異じゃないの? 私はただ二人と遊びたかっただけなんだけど……」

















 



 港の倉庫整理について特別変わった仕事内容はない。ただ既に倉庫に運び込まれた荷物や停泊中の船に置かれた荷物を種類別に分けるだけだ。それが何なのかは分からないし大小様々だが、破損さえしていなければ後は傍から見ても判別出来てたらオーケーと内容はかなり緩い。おまけに時間帯が主に深夜だからか給料の内容もかなり良くて、受けるとするならこの仕事は優先度が高い。勿論力仕事は体に堪えるが、学生の内なら無理が出来るというか、仕事を斡旋してくれるおじさんも『まだ若いから』と言ってくれるし、それだけで続けている。

「ねえ、本当にいたの? 港なんていつも濡れてるんだから、足跡とかつくと思わない?」

「確かに居た。それが男性か女性かは分からなかったけど。倉庫の中に隠れた可能性はない?」

「まあ確かに鍵はかかってないけど、隠れるったって行き止まりだぞ。電気点けたら一発で分かる……ただなあ、電気点けたら気まぐれに誰か仕事を見に来るかもしれないし。その時水着だったら流石に怒られるよなあ」

「じゃあ先に三人でアンタの仕事終わらせましょ。ついでに人も探して、余った時間は遊ぶの。これで良くない? せっかくこのキモい痕とかそっちの球体関節とか気にしないで遊べるのよっ。変な奴とばっか戦わされてこっちは疲れてんの! 駄目かな…………」

 駄目、ではない。ただ俺だけが働いていないのに他二人をタダ働きさせるみたいに見えるのはどうなのか、という道徳的な問題がある。だがお金が支払われるのは俺だけだ。倉庫整理だって元々一人でしか出来ないからこそ俺に斡旋されている背景がある。誰か加えた事が発覚したらそれこそクビだ。

 別に今となっては金銭的事情も解決しているしそれでもいいとは思うが、バイト漬けの高校生という立場を放棄すると後々面倒な事になるような。


 ――――――。


 深く考えないようにしよう。疲れる。

 仕事が後に控えていると憂鬱になるのも確かだし、早く終わるならそれに越した事はない。芽々子も曖昧に頷いてそれとなく流れは三人で仕事をする方向に傾いた。

「本来の想定とは違うけど元々それなりに仕事は手伝っていたし、まあいいわ。二人がいいならそれで」

「やった!」

「何だか普段と違って今日は判断が優しいな」






「…………怪異を相手にして息が詰まる、というのはいつまで経ってもそうだから」

 

 

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