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形代の君と開かずの恋に堕つ  作者: 氷雨 ユータ
Parts3 無愛

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ほんの些細なお返し

 下着については芽々子に一任するとして、せっかく総合ストアにやってきたのだから普段買わないような物も買ってみたい。丁度彼女から貰った大量のお金があるし、日頃の感謝としてプレゼントをしたい気持ちは常々あったのだ。

「…………」

 思えば彼女の事を何も知らない。知る機会がなかった。自分の事を話そうともしないから、何が好きで、何が嫌いで、何を贈ったら喜んでくれるか分からない。どうしよう。人が生物である以上は無難であるとされる食べ物も、人形には嫌味か当てつけかいずれにせよ逆効果だ。洋服も、俺のセンスで贈るとかなり怪しい。自分がファッションリーダーを気取れる程のセンスはないという確信がある。

 となると、取れる選択肢はどうしても限られてくる。アクセサリーだ。高級品を贈るのは何だか金がかかっていればそれでいいと思っているようで自分が嫌になるが、そもお金とは信用通貨であり、それはどんな人にも伝わる誠意だという気もしている。

「いらっしゃいませー」

 金ならあるが、この手の嗜好品はやたらめったら値段が高い。孤島のお値段とか以前の問題だ。何百万程度で買える物はたかが知れている。それでもこのお金を使えば何も買えないなんて事もない。

 アクセサリーという事で無難なのはイヤリングとかになるか。人形の身体でも問題なくつけられるし、学校でも特別禁止されてはいない。色々ある。ハートとか砂時計とか三角形とか、単純に宝石がついているとか。

 攻めるならネックレスという手もある。首につけるのでイヤリングと比べると非常に目立つが、個人的にはデザイン性が強いのでオシャレな物を選ぼうと思えば選べる……気がする。目立つとは、逆に言えばそれだけ華美な物が多いという事だ。単純に大きさの問題もある。

「…………」

 こういう時に頼れるのは携帯だ。石言葉を調べたい。宝石には意味があるらしいが、とりあえず意味を調べるだけ調べて、ぴったり合いそうなものを……


 ―――いやあ。


 永久不変は違う。当てつけだ。芽々子は人形状態の自分に対して諦めているだけでその状態を誇りに思っている訳ではない。こんな物贈ったら喜ばれるどころか嫌われてしまう。

 永遠の若さも違う。人形だから年を取らないのが羨ましい? これも当てつけだ。響希に贈ったらもしかしたら喜ばれるかもしれないが、話の筋が変わっているのでなし。

 

 芽々子といえば 検索


 答えなど出る筈もなく。

 俺はすっかり頭を抱える事になってしまった。こんな筈じゃなかったのに。どうしてこんな事になってしまったのか。偏に知ろうとしなかったから? 知る機会がなかったから? いや、機会なら作れた。二人きりの時間なんてその気になれば捻出出来ただろう。

「黒夢…………教えてくれえ~」

 頼れる鞄はここにはない。彼なら普段から芽々子と一緒に居るから好みを知っていたかもしれないのに、クソ、肝心な時に役に立たない奴はこれだから困るんだ。

対怪異のアイテムなら芽々子の事も存分に教えてほしい。プレゼントとは無関係に……もっと知りたいとは思っているのだ。



「どうかしましたか」



「え、あ。すみません……?」

 あまりにも挙動不審になりつつある俺を見かねて店員が声を掛けてきたかと思ったが実際にそれをしてきたのは白いワンピース姿に大きな麦わら帽を目深にかぶった髪の短い女性だった。顔を覗き込もうとすると帽子を更に被るので明確に顏を見られたくはないようだ。

「実は友達にプレゼントを贈ろうと思ってるんですけど……アクセサリーをね。ちょっと高くても買おうかなって。でもぴったりの石言葉がなくて」

「ぴったりとは」

「その子に合う言葉。イメージって言うのかな。仲良くはあると思うんですけど、その子の事をよく知らなくて。イメージの押し付けみたいなのは良くないかなあって」

「…………贈り物であるなら、相手の事は考えずに自分の気持ちで考えてみるのは如何でしょう」

 女性はムーンストーンのネックレスを指さすと、虚空でつまんでいるようにみせかける。

「一途だとか真実だとか恋の予感だとか。その人にとってではなくて、自分がどう思っているかが贈り物ではないでしょうか。いわば一種の愛情表現―――例えばその人がどんな罪を抱えていても愛していると思えるような人なら、こういう石がぴったりです。僕は貴方に一途だとか、恋をしているかもしれませんとか……意味を相手が知っている必要はないんです。調べた時にドキっとしてくれるならそれでもよくて……調べてくれなくても単に綺麗だなと思ってくれれば」 

 

 ―――俺の気持ち。


 俺が、芽々子に対して抱いている感情。でもそれは、何だか言語化しづらい。したら全部嘘になるような―――関係が壊れてしまうような。

「言葉にしなくては伝わりませんよ。大事な人に伝えたいと思った事は伝えないと。たとえ取り返しがついたとしてもそれまでは後悔する事になる。取り返しがつかなかったら永遠に後悔します。自分の気持ちを伝える事なんて、難しいようで簡単です。それとも貴方は、例えばその人の墓の前で今更のように全部ぶちまける方が好きですか?」

「そんな訳ないです! 出来れば……生きててほしいですけど……」

「心の中でだけ話せる人間が増えていく事は悲しいですよ。それは自分自身に対する慰めにもならない。贈り物をするような間柄なら行動して損をするような関係ではないでしょう。参考になったなら幸いです。どうやらここには私の求めるものはないので、失礼しますね」

 女性が軽やかな足取りで去っていく。




「あの、名前は!」



 言葉にしなくちゃ伝わらない。この人とは今日会ったばかりだけど、大切なことを教えてくれた人の事は忘れたくない。女性は足を止めると、振り返って口元が見えるくらいまで帽子のつばをあげた。

「…………りん

「……霖さん! ありがとうございましたっ」

「貴方の成功を祈っています。それでは」





















「何処へ行っていたの?」

 芽々子はとっくに下着の購入を済ませて俺を探し回っていたようだ。俺もあの後すぐに向かえば問い詰められる事はなかったと思うが、家に食材がなかった事を思い出して単純に買い出しに行っていた。ビニール袋を大量に持っているのもそのせいだ。雀子が外に出られないので仕方ない。

「ちょっと家の事情があってな。下着は……買えたか?」

「ええ、問題ないわ。彼女の体の事情を考慮しているとは言い難いけどそこは本人に努力してもらって。下着メーカーも尻尾が生えた人なんか想定してないんだから」

 

 ――――――。


 総合ストアを出て帰路につく。大量の袋を左手に集中させると、どう切り出して良いか分からなかったのでポケットから箱を取りだし、芽々子の前に出して見せた。

「これ、お前にプレゼントっ……」

「…………え」

 何を贈るか考えに考え続けて。その結果選んだのが指輪なんて馬鹿げているだろうか。だけど店員が良い事を教えてくれた。つける指によって意味が違うらしい。だから指輪=結婚とか恋愛にはならないらしい。

「ゆ、ユークリース? レース? そんな感じの石の……指輪。その…………いつも有難う。お前に助けられて…………お前と出会えてよかったと思ってるんだ」

「……………………ありがと。貴方の気持ちは伝わったわ」

 芽々子は指輪を摘まむように受け取ると、右手の人差し指に嵌めて夕焼けの空に翳した。

「よく私のサイズが分かったわね」

「お、俺につけた人形の腕とサイズ同じなんだろ。確か前……一々誰かに向けてカスタマイズしてないみたいな話をしてたと思うから……」

「成程ね…………正直に言って、凄く嬉しい。誰かにこんな贈り物をされたのは生まれて初めてだから」

「そ、そうか! 良かった! それなら良かったよ! はは、はははは!」

 笑った顔が見られないのが残念だ。無表情なのに凄く嬉しそうに見える。幻覚でもいい。芽々子が可愛いから。

「…………そうね。本当に、良い贈り物。私も、貴方となら『奇跡』を起こせるって信じているわ。島に来てくれたのが貴方で良かった……本当に、ありがとね」

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