二人/ぼっち
「じゃ、私は先に家に帰ってるから」
「おう。水着楽しみにしてる」
「……夜ね!」
もしかして機嫌を損ねてしまったか、じゃあどうすれば良かったのかなんて薬でやり直す必要はないが、気になった。響希の背中を見送ると、続々部活動の為に背中から人が溢れてくる。一足先に自転車で外に出て角に隠れるよう待っていると、示し合わせたように芽々子が現れて、足を止めた。
「それじゃあ、行きましょうか」
「微妙に驚かせたかった気持ちもあるけど無理か」
「私に感情はないから」
「…………の割には、俺の買い物に付き合ってくれる優しさはあるみたいだけど」
「クラスメイトが変態呼ばわりされないようにするのは当然でしょ。まして貴方は私の大切な協力者だし」
実を言えば、芽々子から買い物に付き合ってほしいと頼まれた話は嘘だ。実際の所は俺が芽々子に頼んで同行させた。こんな嘘をわざわざ響希にしたのは、事情が込み入っているからだ。雀子と面識がないのが何よりも大きい。
勿論行く場所は変わらないが、芽々子には雀子の下着を買ってほしいと頼んだ。
男の俺が選ぶなんてこの世で最も怪しい行為だし、そもそも選び方も分からない。だが上も下も一切着けてないなんて別方向に危険であり、下に関しては常に尻尾でスカートが捲れあがっているからせめてその辺りは対策するべきだと思った。間違っても俺が彼女を力で抑え込み強引にどうにかするような事はない(その前に尻尾で貫かれて死ぬのがオチだ)が、自分が常に悶々とするような環境を良しとする訳でもない。
そこで芽々子に頼んだところ、快く引き受けてくれた。総合ストアで同級生と鉢合わせるような事は時間帯的にも殆どないが、決してゼロではない。気を引き締めていこう。
「天宮君は女性の下着の事なんて何も分からないものね」
「まあ、な。だからって適当に買えたとして、買いたくないだろ。サイズが合わなかったらどうすんだって話でさ。服はブカブカでもいいかもしれないけどそうはいかないし」
「私に頼ったのは正解ね。所でお昼休みに何処かへ行っていたみたいだけど、何処へ行っていたのかしら。二人がこそこそしていたから気になって」
「あ、その話か」
「歩きながらしましょうか」
本当は後ろに芽々子をのせてパパっと目的地まで行くつもりだったが事情が変わった。総合ストアは島の中でも高い位置にあるから確かに疲労感で言えば歩いた方がマシか。
「芽々子の危機感をどうにかしたいと思ってさ、二人で三年生に思い切って話を聞いてみる事にしたんだ。響希のお店にいつもおひとり様で来てる人が居て、その人をな。そうしたら色々と分かった事がある」
・自分達と同じくらいかそれ以上に事情を知っている人間がいる
・心が折れていて協力は望めない
・この島の夜には危ない奴がうろついている
ついでに真紀さんの事も話しつつ、簡潔に情報を共有した。進路相談室で手に入れた唯一の証拠―――の写真も添えて。
「これは……」
「出鱈目に進学先や就職先が書かれてるけど、見覚えのある名前があるよな。多分、死んだ人間のリストだ。やっぱり学校の奴らは全員怪しい。先生とか、そんな悪い人に見えなかったけどな……」
「恭介君や栄子さんのお見舞いに度々向かうけど、二人に何かした様子は見られないわね。安全地帯とは勿論言えない、『潜失』に悪い例があるし。何故二人に手を出さないのかは…………ともかく、施設で働く人間は向こう側と見て間違いなさそう。一刀斎真紀については……貴方の判断に任せる」
「それって……?」
芽々子の言いたい事が分からない。あれだけ思惑や立場が分からない人間には警戒していたのに、真紀さんだけは俺に一任するなんて。表情も変わらないからそこから読み取る事も出来ないし。
「大人達はまるで前任のように振舞うけど、彼女は自分もある程度事情を知っているんだと貴方に開示した。私達の事情を知っていて向こうの勢力なら当然情報はある程度抜けていると考えるべきだけど、その割には貴方に監視がついている様子もない。だから判断は保留。少なくとも貴方に敵意はないみたいだし」
それよりも、と話を逸らすように芽々子は話題を切り替えた。
「その事情を知っている三年生……協力したいわね。死んでいる方は特に」
「え、そっちなのか? でもそっちはもう……産褥死してるけど」
「この島は住民の数が絶対的に少ないから、交流がなくても実は何処かで顔くらいは見ている、一言でも喋るのを聞いている……なんて事は結構あるわ。無意識下で、特に記憶してなくてもね。普段箱に入って使っているから忘れたかもしれないけど、もう一つの使い方があるでしょう?」
それは『仮想性侵入藥』の名の通り、俺の頭にシミュレーションを構築する使用方法。芽々子がモニターし、何の影響もない世界を俺が彷徨う。そこで起きる出来事や要素は彼女の方で自由に操作できる。最初に薬を打たれたときの使い方。
「…………そうか。岩戸先輩に薬を打って話してもらえばいいのか?」
「え? 薬は打てないわ。その女性の人が怪異に殺されたならその人も隠しているだけで浸渉を受けている可能性が高い。打つのは貴方よ」
「……俺、その人の声とか聞いた事ないんだけどな」
「それこそ記憶してたら恐ろしいわね。貴方は私と出会うまで働きづめだったから。でもいろんな場所で働いていたからこそ、猶更何処かで聞いているかもしれない」
「確かに……?」
話している内に、総合ストアに到着した。
島には殆ど車を保有している人間もその使い道もないから駐車場なんて物はない。あの広大な駐車場を持つショッピングモールを知っているとどうにも違和感を覚えてならないが、それも仕方のない事だ。ここと介世島は違う。自動ドアを抜けると、ショッピングモールを二回り以上も小さくしたような幾つものコーナーが俺達を出迎えた。取り扱う物が多ければそれだけ用事のある人間もいる。人混みも、島の中では圧倒的に密度が高い。
「下着売り場…………本当に行くのか……?」
少し歩けばコーナーが見えてくるが、女性ばかりが立っている。やはり芽々子を連れてきて正解だったと思う反面、別に同伴者としても怪しい気がしてきた。
「貴方が下着を買いたいというから」
「いや、同伴もちょっと……このピンクな雰囲気がなんか、あんまりよろしくないような。付き合ってる男女ならギリギリって感じだけど」
「じゃ、交際する?」
持っていた物を貸すみたいな軽い勢いで芽々子が首を傾げた。あんまり軽々しく口にするものだからそれと分からず、頷きそうになる。
「な、何言ってんだお前! それは…………目立つだろ!」
「表向きでいいじゃない。むしろ交際しておいた方が一緒に行動しやすいわ。貴方の言う感覚では交際していたら大丈夫なんでしょう? 本当に交際する訳じゃないなら問題ないわ」
「表向きが問題あるんだよっ。お、お前自分がどれだけクラスメイトから人気か分かってないのか? 男子も、お前と仲良くなれそうなポイントが少ないからぐいぐい来ないだけで、結構狙ってはいるんだからな?」
「…………面倒くさい。じゃあお店でも回ってれば? それまでに私が買っておくから」
「……ほ、本当に任せちゃうぞ。俺は、そう言う事いわれたら絶対に頼るからな。お前のその体と違って雀子は生きてるんだからな」
「私の…………ああ、作り物だから何でもいいだろうって事ね。間違ってないけど、身体が人形になる前に使っていた下着が使えないのは不便よ。貴方には色々と関係のない話だけど」