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青春バイト片道切符は死出の旅

 テストが終わればまたいつもの生活が戻ってくる? 果たしてそれは不可能だ。あまりに人が居なくなりすぎた。これから繰り返す度に人は減っていく。最終的には誰も居なくなるかもしれないが、それでも戦い続けるしかない。

 日常はその中のワンシーンに過ぎず、心を休める一時でしかなかった。

「……響希。幾ら二人でご飯食べるのが誤解を生むからって化学室で食べる必要はないんじゃないか?」

「私だってこんな薬品臭い場所で食べたくないわよ。だけど待ち合わせ場所にここを指定してきたんだから仕方ないじゃない」

 化学室と言うと中学校では先生が持ち出した薬品以外は絶対に触ってはいけないとも言われるくらい徹底的に管理されていたが、ここは何故か薬品棚が開きっぱなしで何かも分からない刺激臭が漂っている。部活は確かにあるが、化学部はない。あるのは陸上部とバスケ部と水泳部とサッカー部と吹奏楽部。まあ部活動と言っても殆ど体育の授業の延長線に近いというか、大会の為に島から出るみたいな事はない。

 中学校との比較にはなるが、バスケ部は屋外でしか出来ないので雨天はやらないし、水泳部はスク水でもビキニでもどちらでも可能、吹奏楽は楽器の数が決まっているので部員が増やせないなど、本島に比べたら少し自由すぎる。

 化学部もあったらこの臭いも実験の結果か何かだろうと想像はつくが、ないものはない。

 響希がから揚げをくれるそうなので、喜んでいただいた(家に食材がなくなってきたので今日は芽々子から弁当を貰っているが)。これの味付けが変わっている訳ではないが、臭いが狂っていると感じる味にも違いが出る。もしかして俺に渡したのは美味しくなかったからか……?

「まあ放課後じゃないだけマシか」

「今日のバイトは港の倉庫整理じゃなかったの? 家出てすぐじゃないんだから余裕あるじゃないの」

「そうだけど、今日は総合ストアに買い物行こうと思うんだ。芽々子に付き合ってほしいと言われてな。アイツには普段から世話になってるからこういう時に不義理を働くような真似は避けたい」

「へえ? 同性の私じゃなくてアンタに頼むなんてまた妙な用事がありそう……ま、私は家の仕事があるからどの道行けないけどね」

 芽々子は目立つ事を嫌う。男子が女子を、女子が男子を遊びに誘う事がそこまで禁忌とは思わないが、多少冷やかされる程度には目立ってしまう。これが複数人混合だとそんな事はないのに、二人きりだと外野が色めきだってしまうのが学校生活の奇妙な所だ。

 忘れがちだが俺も四肢が人形である。夏なのに制服の袖を半袖に出来なかったり水泳の授業は工夫するか休むかの二択を迫られたりと多少の不便を背負っている。芽々子が目立てば当然俺も目立つし、無用なリスクは本来避けるべきだ。それでもやらないといけない事がある。



「よっ。俺をお探しかい、可愛い後輩諸君!」



 化学室の扉を勢いよく開け、肩で風切るような偉そうな素振りで現れた男子は、屈強と呼ぶにふさわしい長身と体躯を備えていた。左手首に竜血樹の数珠をつけ、首に太い切り傷の入ったその姿は正直印象深く、顔よりまず首か腕を見てしまうだろう。数珠自体はそう珍しい物ではないが腕に何かつける事自体学校では珍しいのだ。

「……誰ですか?」

「三年生の岩戸丹葉いわどたんば先輩よ……岩戸先輩、ちょっと失礼しますね」

 響希は俺の顔を手招きすると、手で筒をつくってひそひそと目的を伝えてくれた。

「芽々子ちゃんが言ってたでしょ、二年生がああなったら三年生もそうなる可能性が高いって。そうやって疑念ばかり深まってたら動けなくなるでしょ。だからこの人に来てもらったのよ」

「この人はお前の何なんだ?」

「アンタ接客した事ないんだっけ? いつも一人でうちのお店利用してくれるのよ。しかも食べ終わったらすぐにいなくなるからお客さんとしては満点。割引券あげるって言ったら応じてくれたっ」

 そういう事情か。響希のやりたい事は一理あり、リスクがあるからとずっと避け続けるならその内何も信じられなくなる。なら判断基準が謎でも信じられる三年生を一人呼んできて話を聞くのが賢明だ。

「おいおい、会話は聞こえないが目の前でこそこそ内緒話される事くらいは分かるぞ。この両目は視力二.〇の超視力だからな。あまりいい気分じゃないのは確かだ」

「岩戸先輩、ごめんなさい。もう終わりました。私のお願いを聞いてくれてありがとうございます。でも何でこんな場所に?」

「おう……まあまあ。まあまあまあ。まあ待て、待てと。話は慎重に行うべきだ。迂闊に口を開くべきじゃない」

 岩戸先輩は白昼夢のような頼りない足取りでふらふらと化学室の窓によっていき手当たり次第に閉めていく準備室の扉を閉めてついでに廊下に続く入り口を閉めると、彼はニヤリと笑って首をゴキゴキと鳴らした。

「口は禍の元。何処で誰に聞かれてるか分かんないしな。今日ここに呼び出したのは、ここが一番安全だからだ。少なくとも俺の知る限りはな。さあさあ張った張った! 質問は鮮度が大事だ、何でも聞いてくれ! 手遅れになった時にあれ聞けば良かったこれ聞けば良かった。嫌だろ!」

「…………ごめん。泰斗。食べてる時は静かだから勘違いしてた。このノリなんか暑苦しいからアンタに任せるね」

「俺か……でも何を質問すればいいんだろ。ああ、岩戸先輩、三年生は進路相談の為に色々すると思うんですけど……その。たまな全校集会を例に出すのはあれですけど、三年生って全員揃う事ってないですよね。何でですか?」

「進路相談? いやいや、進路たって本島に夢を見なきゃこの島で一生暮らすんだぜ。相談もクソもねえだろ。それに引っ越すのにも沢山金がかかる。安定を取るならやっぱりこの島で一生を暮らすべきだ」

「………………岩戸先輩。その理屈だったら、この島には働き手が溢れてないとおかしくないですか?」

「お?」

「俺は何処のバイトも落ちた事がない。とにかく人手が居てくれて助かるみたいな反応をされます。響希のお店も人手が余り過ぎてるならそもそも採用しないだろうに、そんな事はない。実家がお店の人はいいかもしれないけど、そうじゃない人は? 安定を取るならって言いますけど、それってみんな引っ越してるって事じゃ?」

「お?」

 そして引っ越しているという言葉は、この島において殆どの場合死を意味している。仮に死んでいても意味が通るのが恐ろしい所だ。本来溢れるべきだが、純粋に死んで数が減っているのでそうはなっていないという事。

「お? お? お? お? お? お? お?」

「それで煙に巻くのは無理だと思いますけど」

「はっはっは! いや驚いた! まさか俺以外にそこに気づいてる奴がいるなんてな!」

 テンションの奇妙さに響希はちょっと引いている。根明が苦手とかではない。ただなんか……掴みどころがない。岩戸先輩は落ち着きなく窓の外を見てはきょろきょろと何かを探すように動き回っている。化学室の外側をぐるぐると、こっちの受ける印象など気にしていないように。

「そうだ、そうなんだよ後輩諸君。外に出稼ぎに行くでもなく、ここで一生を選ぶでもなく、何故か人が少ない。何でだろうな。何でだと思う? 俺に言わせれば答えはとても単純で残酷なものだ。多分な。お前達は俺を頼って正解だった。単刀直入に言おうか、三年生が全員揃わない理由は分からない。引っ越したなんて言わないぞ、こっちは進路を決めた奴が居なくなるのさ。よく覚えてる。先生に呼ばれた奴は暫く進路相談室に通う事になるんだが、そいつが決まって消える。進路が決まったから学校に来なくてもよくなったとは言われるが、何処探してもいねえよそんな奴」

「…………それはつまり」

「死んだって事?」

「まあ、死んだんじゃねえの。俺も直に番が回ってくる。時間は無限じゃないからな。だがこんな正直に話してくれる三年生は俺だけだ。聞けて良かったじゃねえか後輩諸君。だが他人事じゃあねえぞ。来年、お前らは三年生だからな?」

「へ? 私達はまだ一年生ですけど……?」












「あいつ等は随分前に全員くたばったからな。なんだかんだと理由をつけて三年生になるぜ。本島からこっちに引っ越してきたんだったなあ、君は。三年でも割と有名だ。なら余計に分かるだろ。それはあり得ないって。言っとくが飛び級制度なんか採用してねえからな?」











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