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お姉さんのひ・み・つ

「置いてくぞーお前ら」

「自転車なんかいつ買ったんだ?」

「響希に貰ったんだよ。まあバイト入ってた恩恵かな」

「あーバイトな。お前バイト好きだなあ。テスト終わったしまたバイト地獄なんだろ? お前たまには休めよなあ! あまりにも哀れすぎてこの仁太様がバイトを変わってやってもいいかという気にもなってくるぞ」

「……それ単にバイトを掠め取っただけじゃないか? 実家暮らしのお前達とは違って俺は一人暮らしなんだ。家賃水道光熱費諸々舐めるな。追い出されたら俺は外で暮らさなきゃいけないんだぞ」

 比較的仲良しなクラスメイト達と馬鹿な話をしながらのんびり自転車を漕いで集会所に向かっている。芽々子からの報酬は適宜渡されており、現在は二百万程溜まっているが、雀子が家事を行ってくれているのでギブアンドテイクという事で殆ど全額彼女に渡している。信頼の証と思ってくれてもいい。

 彼女には、『もし黙ってここを出てくなら持って行ってもいい』とは言ってある。どのように脱出するかは分からないが、あれだけのお金があれば手段は幾つか工面出来るだろう。

 二年生が全員偽物だった事情を考慮しても、謎の勢力の存在は明らかだ。バイト漬けで有名な俺が事情もなくバイトを止めたら怪しまれても文句は言えない。また時期が来るまでバイトをしないと。

「集会所の修繕作業って意外と辛いんだよな。また壊れてたら募集来るんだろうか」

「単発バイトって奴だな。金はどうよ」

「単発だけあって高いけど、まあケースバイケースではある。今日は港の倉庫整理の仕事があるけど、もし被ったらあっち優先するかな」

 目に見えない信頼関係みたいな話だ。継続的な仕事に対して優先度を上げれば、大人達の好感度が上がってほんの少し得をする事がある。港なら例えば魚を買った時に割引してくれるとか、サービスで何か追加してくれるとか。消費という行為には金銭のやりとり以外にもコミュニケーションの要素が多分に含まれている。集会所の修繕は主にそこを利用する老人会からの依頼であり、仕事が終わってから後でチクチク言われる事もあるので乗り気になれない。

 集会所までやってくると普段は生活サイクルや仕事場所の関係で顔を見せないような大人も続々集まっている。何が起きているかは一目瞭然だ。集会所の前には机が出されており、この島で暮らす人々なら見覚えのある老人がちらほらと。机には白い饅頭が山のように積まれている。

「美味しいもんって、お饅頭か」

「今年はお饅頭なんだなー。あ、お前は知らねえか。これはなんか老人会のイベントで作った食べ物を島民に振舞おうってイベントな。去年はドロップ飴だった」

「俺、あれ好きだったからまた今年も欲しかったなー!」

 慣れた手つきで仁太と清二が取っていく。倣って俺も一つ取ると何処か落ち着いた場所で食べようという流れになった。


 ―――なんか、食べ辛いな。


 誰のせいという訳でもない。『くらがりさん』の一件で無機物が微妙に恐ろしくなっただけだ。もう解決自体はしたが、あれも飲み水を介して浸渉を一気に深化させるという恐ろしい手法を取っていた。この饅頭にも類似した介入があれば為す術なく俺は死ぬ事になる。

「お? これチョコ饅だな。いいじゃん、アイスじゃなくてこれで!」

「皮に包んでる割には全然温かくないと思ってたけど、チョコならその必要はないか」

 チョコは手作りの影響かやや過剰に詰まっているが、よく冷えている事には違いないので涼を取るには十分だ。昔は一般的な範囲に収まっていたが働きづめになってから無性に甘いモノが好きになってしまった。こんな妙な事に巻き込まれてなければみんなでレシピでも見ながらお菓子を作るのもありだと思っていたのに。

「何処で食べる? 川とは言ったけど、涼むだけなら別に砂浜に行ってもいいし」

「んー潮風はなあ。あ、そうだ。電波塔とかどうよ!」


「え?」

 

 俺の部屋にテレビがないだけで、多くの家にはテレビがある。だから電波塔が近くにあってもそこまで不思議な話ではない。確かにここは孤島だけど、それでも電波くらいは受信出来る筈だ。

 塔というだけあって他の建造物よりも大きく作られているが、存在感はない。誰も電波塔の事なんて一々気にしないからだ。生活の中の一部というか、フォルムに面白みがある訳でも観光資源でもないなら気にする理由がないと言った方が正しい。

 それにそもそも入れない。

「入れないだろ」

「や、それが施設の中は無理だけど外側は行けんだよな。どうだ、高い所なら流石に涼しいと思わねえか?」

「俺はパス。曇りならいいけど今日は晴れだし。つーか夏って雨降るんじゃねえの? 何で晴れが続くんだ? ここ砂漠か?」

 海に囲まれた砂漠なんて意味が分からないが気持ちは分かる。本日は天気晴朗なれど風吹かず。高い所は純粋に楽しそうだけど、涼める気はしない。あーだこーだと話している内にやっぱり当初の森を流れる川まで辿り着いてしまった。

「あーやっぱ足湯だよなー」

「湯?」

「細かい事は気にすんなよ。さっさと食おうぜ」

 三人で何も考えないで配られていた饅頭を食べる。実態よりも随分、安心している自分が居た。別にこれは怪異とは無関係だ。テスト終わり、バイトも一時休止中。その隙間に俺が望んでいた学生としての青春があっただけの話。どうでもいい事で騒げて、下らない経験を共有出来て、明日明後日になればすぐ忘れて。何十年か経ったある日、突然思い出したりする。こういう暮らしがしたくて一人暮らしを望んだ。

「……なあ泰斗ぉー。お前は引っ越さないよな」

 不意に、仁太が俺の肩を掴んだ。

「藪から棒にどうした。みんなの引っ越しが納得行ってないか?」

「別にこの島にゃ何もねえのは事実だし、なんか目的があって離れるのは仕方ない事だって俺も思うぜ。口出す理由も特にねえ。だけどよー、俺は何もないなりにここが好きなんだよな。未来の事なんて考えたくねーっつか。今が楽しけりゃそれでいいだろ」

「仁はぜってえ進学で苦労するだろうな。俺は親から常々言われてるんだ。今が楽しけりゃなんていう奴は後々借金抱えて破滅するからちゃんと考えろってな。あー、デキる男はちげえわー!」

「んだとお!」

「ぬわっぷ! てめえ制服濡らしやがったな!? この!」

 

 ―――今が楽しければそれで。


 仮想性侵入藥を使う前なら俺も同じ考えだっただろう。働きづめで、明日明後日の事なんて気にも留められないでいた。生きるだけで精一杯は俺が望んだ環境だが、考える事をやめたいならそれ以上適したモノはない。

 今は駄目だ。そんな考えじゃ誰も救えない。

 あの薬は介入出来る自由度が高すぎるあまり、いざ介入した時の変化までは操作する事が出来ない。自分の行動には気をつけておかないと、もしかしたらそのせいでどうやっても詰むかもしれない。



「―――おい! 俺も混ぜろよその仁義なき決闘! てめえらだけで勝手に涼むんじゃねえ!」



 それはそれとして、この時間は全力で楽しむべきだ。暑いし!




















「やあ、お帰り~泰斗く~ん? お姉さんが夕食を作って待ってあげてるぞー!」

 散々ふざけ倒して家に帰ると、真紀さんがエプロンを着て台所に立っていた。約束を忘れた訳じゃない。高得点を取ったら真紀さんがささやかなお祝いをしてくれる……まだ点数について報告をした覚えはないけど、どこかで掴んだのだろう。

「ま、真紀さん!? 俺まだ何も……」

「ふふ~ん。お姉さんも大人だからね、耳が早い事もあるのさ。お祝いと言ってもさ、別にフランス料理みたいな豪勢さは出せないけど君が大好きって言ってた煮込みハンバーグを作ったよ~」

 鞄を置いて部屋を見回す。まだ食卓に料理は並んでいないが、鍋から芳しい香りが人を引き寄せるように漂ってきた。

「おや~何を見てるの? ささやかなお祝いなんだし、お姉さん以外は誰もいないぞー」

「それは分かってます。ただその…………真紀さん。凄く嬉しいんですけどお祝いしてくれる前に」


 聞きたい事が。


 言い終わる前に、真紀さんが脱衣所に指を向けた。

「まあまあ、夜は長いんだからさ~そのびしょ濡れの身体をまずは温めておいでよ~。私、仕事休んでまでここに来たんだからこれくらいは言う事聞いてくれてもいいんじゃない?」

 何事も焦るな、という事か。言われた通りに脱衣所に向かうと、記憶にないタオルの雪崩が洗濯機の上を覆いつくしていた。

「…………?」

 幾ら掃除をしないと言ってもここまで乱雑にした覚えはない。タオルをどけると、脱衣所の風景には程遠い尻尾が。




 洗濯機のカゴの中には、雀子が頑張って体を小さくまとめて隠れていた。




「あ、せんむぐ……」

 突如として全てを思い出したのでタオルを崩しておいた。いやーそういえば俺の習慣は朝に整理されたタオルを意味もなくボロボロに引き倒す事だった!

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