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些細な幸せ隣り合わせ

「天宮君。貴方、今日がテスト返却だって知ってるの?」

「ごめん」

「死んだ人間は引っ越し扱いを受けるけど、欠損は彼らでも隠せないし、私達も隠せない。気を付けて」

「ごめん」

 物の弾みという言い方は最適ではないが、悪意なく一線を越えてしまったせいで雀子に両腕を破壊されてしまった。謝罪しようにも『さっさと行け! ヘンタイ!」と尻尾で押し出されたら大人しく外へ出るしかない。慌てて芽々子の研究所に逃げてきて、今こうして叱られている次第だ。

 四肢が生身だったら当然、俺は出血多量で死んでいる。こういう時は人形の身体に感謝するべきだ。今は作業台に繋がれて、彼女に改めて両腕を取り付けてもらっている最中。

「それで、雀千さんと何があったの?」

「アイツの異形化さ、当たり前だけど何処かから逃げ出してきたから碌に下着を着けてないんだ。気づいたのは上だけだったんだけど、ふと疑問に思って下も確認したらやっぱりなくて」

「それは怒られて当然ね。彼女は怪物のようだけど、身体の一部分はまだきちんとした人間。私みたいに全身が無機物ならまだしも、そうじゃないなら貴方のデリカシーがない」

「返す言葉もございません……芽々子も下着つけてるからさ、その、気になっちゃうんだ」

「私は単に自分が人形だとバレたくないからよ。バレていいなら下着なんてつけないし、わざわざパーツを新しく作って人間っぽく寄せたりもしない。、もっと人形らしく居させてもらうわ……これで良し」

 拘束具を外されて自由の身となる。芽々子は休憩室の方に俺を連れて行くと、何の変哲もないヒモを渡してきた。

「指先の感覚を慣らす為にあやとりでもどうぞ」

「…………そ、そういえばさ。くらが……『ひそみしつ』からお前の身体は見つかったのか?」

 やや不自然な会話の転換。コミュニケーションが下手と言われても仕方ないが、どうしても気になった。あやとりの話題なんて続かない事は明白だし、芽々子だって手遊びをしろと言っているだけで別にあやとりに限りたいのではない筈。

「残念だけど見つからなかった。全員が持っている訳ではないのね」

「不都合、あるかな? お前は……

 

 ――――――――――――――――――――


身体のパーツを全部揃えたら元に戻れるん、だよな?」

「戻る? そんな事言った覚えはないけど、確かにそろそろ目的を話しておいた方がいいかもしれないわね」

 芽々子は自嘲気味に嗤うと、目の前で服を脱いで体を見せつけるように手を広げた。


 ――――――――――――――――――――


「目は逸らさなくてもいいわよ。どうせ人形の身体だし」

「いや……なんとなく」

「私の身体はもう人間としては使い物にならない。それなのにどうして集めるのかと言われたら、貴方の治療に必要だからよ」

 飽くまでその顔は無表情。声音は優しい気もするが所詮は首がなくても出せるような無機質な音声だ。真意をはかる事は出来ない。

「どういう事だ? さっぱり意味が分からないけ


 ――――――――――――――――――――


ど。俺は元々体を取り戻してほしいみたいな話を受けて協力してるのに、それがどうして俺を助ける為に繋がるんだ。卵が先か鶏が先かみたいになってるけど、その言い方だと俺以外に協力してもらってたら破綻するよな」

「その場合は、その協力してくれた人を助ける為になるだけよ。疑われても仕方ないような真似ばかりしているから昨日はあんなに詰められたのよね。つくづく自分の秘密主義には嫌になるわ」

 しゅんと眉を下げて芽々子が溜息を吐いた。膝を掴む手には力が籠っている。気遣いのつもりで上から掌を重ねると、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「…………配慮される謂れはないのに、ごめんなさい。理由としては簡単。貴方に『仮想性侵入藥』を使わせているからよ」

「副作用……あ、そういえば響希に遮られたけど言おうとしてたな。あの後使っても特に何もなかったから気にしてなかった……けど」

「あれの真の副作用はね、浸渉症状を一気に悪化させてしまう事なの。響希さんに使わせたくない理由の一つでもある」

「でも俺は」

「いいえ。貴方もまた間違いなくうけている。影


 ――――――――――――――――――――


 響がないように見えるのは、貴方の四肢が私と同じ無機物だから」

「俺は誰の浸渉を受けてるんだ?」





「私」





 地下に続く扉は開きっぱなしだっただろうか。

 風が、吹いている。

「お、前……?」

「動力もないのに動く存在なんて怪異の何物でもないでしょう。考えた事はなかった? 響希さん、柳木君、雀千さん。三人は間違いなく浸渉を受けているのに一番前線で動く貴方があまり影響を受けないのか。私は全身がこれだから影響を受けない。とするなら貴方も一部分はそう。けど生身は?」

「……………」

「仮想性侵入藥は本当に自由。その気になれば怪異ともう一度戦う事も出来る。それをやると何が起きるか分からないからやってほしくないだけでね。何故やってほしくないかは分かるでしょう。浸渉を受けた響希さんのようになったら事実上の戦闘不能だからよ。恐怖で症状は悪化する。相手を怖がる事が怪異への対処を難しくするの」

「……怖がるって」

「貴方はバラバラ死体になった私を怖がった。その時点でもう仕込みは済んでいたの。色々な意味で薬を使える人は天宮君しかいない。だけどこのまま貴方に毒を残したくないから全部終わった後綺麗さっぱりなくす為に体を集めてる。黒夢に私の身体を入れていけば、全部集め終わる頃には症状を消す薬が処方されるでしょう。普段薬の中に混ぜてる緩和剤なんかよりもずっと効果的なものがね」

 芽々子の真意を知ると、どう言い返せばいいか分からなくなった。彼女が適度に話を隠してきた事に少しくらい怒ってもいい権利はあると考えていたが浅かった。内心忸怩たるモノを感じるくらいには、自己犠牲の精神に感服してしまう。

 同時に、不安が募った。体を取り返す為に俺は彼女に協力しているのにその目的が俺へのアフターケアだったなら、彼女は報われないみたいじゃないか。目的は何処だ? アフターケアなんかではなくて、ここまで自分を使いつぶしてまでしなきゃいけない事って。

 先程からチラつく妙な世界に目を擦りながら、残る最後の疑問を投げかける。

「それで、症状は?」




「精神汚染。具体的にはある筈のない物が見える、とかね」



 とか?



















「お前ら、テストの答案を返していくぞー。先生も暇じゃないんで一斉に返すからなー! 先にいっとくぞ、お前らよくやった! 凄いぞ!」

「せんせー。二年生の人は結局何処行ったんですか?」

「暫く戻ってこないぞー。お前らは凄いが二年生はもっと凄いからな! 学年も違えば話も入ってこないか、クラス全員まるっと留学中だ」

 話のバリエーションは変わったが、要するにまた死んだというだけだ。全員偽物だったなら死体の処理は随分楽に済んだだろう。テストの答案が丸ごと返ってくるのには随分時間がかかった。五十音的には早くても、先生がずぼらなせいで順番がランダムだったのだ。

「…………お、マジか!」

「うっほお! 泰斗、お前すげえな!」

「あの万年赤のお前が……俺っちは嬉しくて……!」

「いや、そんな酷くはなかったけど」

 芽々子と響希の指導のお陰で全教科の点数が大きく上がっている。元々得意だった教科はともかく、数学が七〇点を超えたのは久しぶりだ。欲を言えば八〇点と行きたかったが、それをしたかったら薬でも打つしかない。

「エアコンがなくても勉強出来んだなあ」

「普段からないだろエアコンは。逆にお前らはあそことおさらばで暑いんじゃないのか?」

「そうなんだよ! この島くっそあちい! アイスでも食おうぜ。終わったらよ」

 この学校は少し変わっていて、テストを返したらその日は学校が終わる。仁太の発言もそれを見越しての事だ。

「川に足でもつけながら食べてりゃ涼しくなるぞ」

「おう! あ、そういや集会所で美味しいモン配ってるらしいぞ。何かは知らんけど、行ってみよーぜ!」

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