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ここが仮想でないのなら

『スパイなんて居る訳ない!』

 

 事情を聴くまでもなく響希が声を荒げた。電話越しには少し音が高くなりすぎて言葉の尻がよく聞き取れない程。あまりにも短絡的な割り込みだと思う反面、言いたい事も分かった。

 俺達は助けたくて、こんな骨を折ったのだ。お陰で数人の犠牲と引き換えに全滅は避けられた。スパイが居るという事は即ち当該人物も助けた可能性があるという事であり、その事実が存在したならまるで俺達は自分から追い詰められるような馬鹿をした事になる。

 

『肩を持つわけじゃないけど、俺もスパイがいるとは思えない。思いたくないの間違いかもしれなくても、肩を持つよ。そのスパイの目的はなんだ? ずっと潜んでるような賢い奴なら俺達の関係にも気が付きそうなもんだ。もしいたとしてもそれは俊介で、アイツは自殺した』

『そ、そうよ! 一応コソコソしてるけど怪しい動きをしてると言えばしてるし、私達が徹底的にマークされてたら今頃全部明らかになってるわ! 全部台無し!』

『それは私達の主観でしょ。大雑把に怪しい動きと捉えるからそうなる。莉間俊介の事を思い出してみて。彼の口ぶりからして起動出来なくなっていたのは想定外だった。スパイ同士が繋がっているなら当然いざ疑われたときに関連を疑われないようにするのは向こうも考えるでしょう。恭介君達は私達が後から来なかったらあのままやられていたし、そこでマークはしないでしょう』

『でも家に帰したのは芽々子ちゃんでしょ。貴方は疑われる……』

『私がこの島にどれだけ居るか分かってて言ってるの? 極めて慎重に、同時に存在しないように動かしている私のどれが本物なのか判断出来たら最初から私の正体を知っている事になる。それなら、ここに私は居ないわね』

『くらがり……ひそみしつについては?』

『貴方達二人と極一部のクラスメイトは参加していないから観察の対象外でしょう。私は違うけど、でも行動したのは全員が襲われた後。私だけが生き残ったら確定だけど、まだ大勢生き残ってるから大丈夫だと思いたいわね』


「なんかさ﹀_」

 雀子が不意に声を出したので、思わずミュートボタンを押してしまった。

「なんだ?」

「せんぱいの事情は知らないんだけど、そのスパイって人は自殺願望でもあるの?全員が襲われた後ってのさ。スパイの人も襲われてるじゃん。いるなら」

「…………そういえばそうだなっ?」

 ミュートを解除して、再び喋る。


『芽々子。スパイは自分が死ぬ事を厭わない奴じゃないとその説は成立しない。三つ顔の濡れ男もひそみしつも薬を使わなきゃ全滅してたんだぞ』

『死ぬ事、厭わなかったじゃない。莉間俊介は』

『呼び捨てだっけ?』

『敵と分かったら敬意を払う必要はないと思ったけど』


 確かにそうだ。俊介は自殺した。追い詰められてか他の事情か知らないが、持っていた銃で頭を撃ち抜いて。


『私はあの死こそ、きっかけだと思うのよ。なんとなくだけど、自分が死ぬ事で抵抗勢力が居る事を味方に伝えたみたいな』

『だーかーらー。それだったら私達が特定されるって!』

『あの時は夜で、視界も狭かったわ。隣に居る人の存在がどうにか分かるくらいで全員を認識出来る状況じゃない。莉間俊介が三つ顔の濡れ男を動かしに行ったならやっぱり警戒する必要なんてないから見逃したと考えられる。自分で自分の説を補強するようだけど、それまで警戒してなかったのでしょう。そう、天宮君が来るよりずっと前から人知れず引っ越したという体で多くの人が死んだようにね』

『…………自殺させちゃったから、探りが入ったって事?』

『それがあの屋敷の中における作戦だったなら辻褄は合うけど。死ぬ事を厭わないなら当然自分が巻き込まれても大丈夫。だけど今回生き残った事でより警戒は強くなった……こういう仮定は常に最悪を意識したいわ。楽観的になっても意味がないから』

 

 芽々子の何処か諦めの含まれた弁駁に俺達はろくに何も言い換えずにいた。スパイなんて居ないという説は現状否定されている。悪魔の証明に近いというか、発端からして俺達は不利ではあったが。

 いない事の証明は居るよりも難しい。分かりやすい例を挙げるなら指定駆除を受けた生物だろうか。一匹でも見かければまだいると証明できるが、いない事を証明するには膨大な時間が必要になる。


『答案を返す時にまだ動きがあるといいけど。推測はしてみたもののスパイの目的はハッキリしてないから。そこまで勢力は入り乱されていないと思うけど、それでも何がしたいのかはまだ未知数』

『最悪の報告だったわ…………良い知らせはないの?』

『仮想性侵入藥は七つに増えたわね。今回の事件の明確な収穫よ。だから天宮君さえ生き残ってくれればまだやり直せる。たとえ選択を間違えたとしても、彼に丸投げするのは気が引ける……なんて言ってもいられないから』

『や、それはいいんだけど。俺しか出来ない事なんだし。それよりそうだ。お前に聞きたかったんだ。それについて。本当は二人きりで話そうと思ったけど、こういう流れならいっそここで聞く』








()()()()()()()()()()()()()()?』








 俺だって聞くのは怖い。だけど聞かないと始まらない気がするのだ。何もかも解決しようって人間が何か特定の事にだけ目を瞑るなんてしてはならない。それはきっと目を曇らせる。頭を腐らせる。

「せんぱい…………?」

 テレビ電話の手前表情を固めても体には出てしまう。シーツを握りつぶす勢いで緊張する俺を心配したのか、雀子が外からそっと手を握ってくれた。そのまま自分の頬に当てて、温もりが伝わるようにじっとしている。

「ボク、こんな体になってから恐怖が見えるんだっ。事情はさっぱりだけど、怖がらないで。ボクはちゃんとここに居るから。せんぱいに助けてもらったんだから!」

「………………ああ」

 

『何、どういう事?』

『疑問には思ってたんだ。柳木の時からずっとそう。いつも怪異の情報をくれるのはお前だった。対処法は伝わってないけど、やたら詳しくてさ。浸渉の痕跡が残ったら能力がついてくるとか、薬の性能についてとか。前情報がなかったら行き詰まったり混乱するような所で必ず情報を出してくる。だから思ったんだよ。ここは現実世界なんかじゃなくて、芽々子が本来の現実から仮想性侵入藥を使ってやってきたんじゃないかってな』


 そういう話なら納得が行く。薬を使えば答えをカンニングし、やり直す事が可能だ。数さえあれば幾らでも。薬を隠しているのだって俺達に詳しい数を把握させない(自分が使ってもバレないように)為という線もある。補充だって都合が良いと言えば都合が良い。足りなくなったらそこまでというフリだけして、数をいい加減に呟いているだけかもしれない。

 芽々子は人形なので飽くまで無表情。だけど俺の目には―――嘆いているように見えた。幻覚、かもしれないけど。


『残念だけど、それはあり得ない。私が観測者なら貴方は能動的に結末も選択も変えられないから。私が詳しいのは単純にずっと一人で戦ってたからというだけ。もしかして薬の補充がご都合すぎるとでも思った? そんな疑われ方をするなら教えるけど、仮想性侵入藥の素材には生後十年以上の人間の死体が必要なの』

『えっ……』

『使っているのはその人間が本来持っていた人生の選択権。その上で起きたかもしれない空白の末路。薬の補充が都合いいなんて、私は散々犠牲は仕方ないような言い分だったじゃない』


 誰かが死ねば、薬が出来るから。

 薬が出来れば、やり直しが出来るから。

 やり直しが出来れば、失敗しないから。


 言葉にはしなくても、伝わる。

『こっそり回収する必要があるから死体があればいいって話でもない。私が薬を使えない証明については薬を打ってみればいいけど、それこそ無駄打ちよ。何より使えてるなら―――悪いけど、天宮君には頼らない。私一人で何とかする』

 声に抑揚はなく、表情に怒りはない。だけどこれ以上の追及は難しいと直感が教えてくれた。聞きたい事があっても、溝を生みたい訳じゃない。芽々子は怒っている、確実に。 賽の河原で積み上げた石を横から崩す鬼を見るような、非常に強い憤りを突き放すような物言いから感じる。



 俺は全てを台無しにするような…………とても大切な事に触れてしまったのかもしれない。



『……言いたい事はあるかしら』

『な、ない』

『私も特には』

『ならそろそろ終わりましょうか。明日は答案返却だから、おかしな挙動は見せないようにね。やり直しは出来ても薬は有限だから…………ごめんなさい。少し疲れたから先に落ちるわ。体じゃなくて心がね。おやすみなさい』


 

 間もなく俺達も気まずくなって通話を終了する。雀子と暫し見つめ合った。意味はない。傍に居たからなんとなく。

「……せんぱい、たまには一緒に寝よ!」

「え、は、は? やだよ。尻尾危ないし」

「駄目、決定! ボクには分かる、せんぱいの心が参ってる事くらいさっ。事情は分からないけど、恩返しがしたいの!」

 逃げようとしても尻尾に捕まる事くらい目に見えている。あんな硬質な尾に掴まれるくらいなら本体に拘束された方がマシだという結論は―――最近死ぬような目に直面しているからこその下心に触発されて―――頷かせるには十分だった。

 雀子を抱きしめて布団に潜ると、胸の中で彼女は小さな悲鳴を上げた。

「い、一緒に寝るって…………ボク、本当に隣に居るだけのつもりだったんだけど…………!」

「え、あ、ごめん! 悪い! 早とちりした! そうだよなそんな訳ないよな! そんな訳なくて、俺がもう本当に最近疲れててさ! あはははは!」






「…………嫌とは言ってないよ! 手も尻尾もこんなになっちゃって誰かに触ろうって思えなかったから……あ、はは。ボクが安心させたかったのに、安心してるのはボクになっちゃった…………!」

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