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形代の君と開かずの恋に堕つ  作者: 氷雨 ユータ
Parts2 無情

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また遊ぼう

 最初は止められた屋敷への侵入も今はしないといけない。全てはひそみしつに……『くらがりさん』に対応する為。 解放されていた入り口は最初からそれを分かっていたから俺が入るのを待っていたなんて、都合よく考えすぎだ。

「中に入らない方が安全よ!」

「うわああああああ! ―――め、芽々子。お前首が!」

「…………? 私は人形よ。首がなくても会話くらい出来る」

 そういう意味じゃなくて平然と首なし姿をこちらに見せるなと言いたかったのだが伝わらなかったようだ。玄関の広さに驚いて足を止めたらこれである。俺も人形である事を加味していない訳じゃないが、首から血が滴っていたら誰でも驚くと思いたい。

「その血って響希のだよな? いつそんな仕込みしたんだよ。アイツはだって、しんどくて交代したんだぞ」

「さあ? 強いて言うなら私の知らない過去の私がやったんでしょう。貴方が未来の事情を過去に話したなら、こういう仕込みの一つや二つ私ならしてもおかしくない。きっとその時点では響希さんもやる気だったでしょうから」

「仮想性侵入藥による改変はお前達には感知出来ないんだな……いや、そんな気はしてたけどさ」

「観測者は飽くまで貴方だけ。変化をもたらすのもやはり貴方の行動だけ。お陰で新しい事実が判明したからいいけど」

「事実?」

「響希さんが人格を血液に引っ込めている最中は、その量に拘らず他の無機物に浸透する形で干渉出来るという事。貴方が来るまでにこの屋敷全体に彼女の血が浸透した。私に仕込まれていたのはほんの半分程度だけど、それでも十分。思ったよりも有用な能力ね」

 薬の事を考えると響希も何が何だか分からない状態で駆り出されているのではないだろうか。猶更早く終わらせて―――安心させてやらないと。


 

 ガタン!


 背後に立っていた下駄箱が、音を立てて倒れこんだ。音に思わず身構えたが、身構えたところで別に防御が間に合っているとかではない。

「…………なんだ?」

「これは―――外に出た方が良さそう。雪乃のやりたい事をやる最初で最後のチャンスって所かな。天宮君も早く外に」

「い、いや俺は行けない! やるべき事がある! 俺の事なんか気にしないでお前こそ先に―――うおぁ!?」

 ガシャン、と今度は玄関を照らしていたシャンデリアが落下した。明るく思われた部屋の空気が冷え込み、同時に顔つきを変えたように暗くなる。芽々子が突き飛ばしてくれなかったら俺は今頃―――

「私は貴方を死なせたくないんだけど」

「…………そ、それでも怪異を倒す必要がある! ここで逃げたら何も変わらない! 薬の無駄遣いはもうごめんだ!」

「待って天宮―――っ!」

 彼女が俺を引き留めようと駆け寄ってきた正にその瞬間。玄関マットがくるりと翻ったかと思うと波のように反りたって追い出すように芽々子へ覆いかぶさる。それから駄目押しのように様々な部屋の扉が彼女に向かって飛び込んできて、遂にその体を屋敷から追い出してしまった。

「芽々子!」

 同時に窓や扉と言った出入り口が全て封鎖される。扉が板の代わりになって俺だけを閉じ込めてしまった。



『くらがりさんの正体は真夜中に遺棄された子供の幽霊です。本当に幼い、妖精が見えるとかぬいぐるみと会話出来ると言われるような年頃の、子供。くらがりさんは必ず近くにある一番暗い場所に隠れています。もし目をつけられたらその場所にくらがりさんの欲しい物を入れると遊ぶのをやめて帰ってくれると言われています』



 脳裏に響くあの声は、声質こそ電話越しな為か不気味なノイズがかかっていたが優しかった。俺達にとっては怪物でしかない存在を労るような、慰めるような、そんな実直な慈愛に溢れていた。

「…………遊びたい、のか?」

 人の気配はまるでしない。雪乃がまとめて運び出したからだ。生きている人間は俺一人。もしも『くらがりさん』が遊びたいだけの子供と考えると、無機物を動かすのは構ってほしいという意思の表れ……にしては獰猛だが。

 だけど、付き合うしかない。黒夢は外に置いてきたままだから俺に芽々子のような破壊はそもそも最初から出来ないのである。


 ―――一番暗い場所。


 シャンデリアが落ちたのを皮切りに部屋の電気が全て落ちたので何処もかしこも大差ない。しいて言えば月明りに照らされている廊下は違うだろうというくらいだ。扉で塞がれても光は漏れる。だから辛うじて移動は出来るのだが―――移動出来た所で候補がない。何処もかしこも暗さで言えば同じようにしか見えない。この状態で暗闇の明度を厳密に判別しろなんて無茶苦茶だ。

 

 ―――何処だ?


 壁のボタンを押しても電気は点かない。本当にこのまま探すしかないようだ。家具に触るのは少し怖いが、背に腹は代えられない。怪我を承知で恐る恐る開けて、閉じて、動かして。そこに誰も居ない事を確認するとまた元の場所に戻した。

 一階の部屋は集会所を除きすべて見て回った。残すはそこだけだが、どうしてだろう。アプローチが間違っている気がしてならないのは。本当はもっと簡単に見つけられる方法があるのにそれに気づいていないだけのような。


 クスクス。


 子供のような笑い声。今度は一つだけ。子供騙しにも気づかないような大人を嘲るような感触が背中に一つ、突くように。振り返っても誰も居ない。

「…………っ」

 集会所には案の定、誰も居なかった。いや、暗いので居た所で分からないかもしれない。懐中電灯くらいは持ってくるべきだった。俺は完全にその場の勢いだけでここにやってきたのだ。


 ―――どうしよう。


 一度脱出して光源を持ってくるか、芽々子もしくは雪乃を連れてくる等の方法を取るべきだろうか。そっちの方が人でも増えるし純粋に探しやすい。それなら俺が考えるのは脱出手段の模索? だが結局武器もないのに脱出なんて可能とはとても。





「いーち」





「えっ」

 屋敷全体に鳴り響く平坦なアナウンスは、続いて。




「にー」




 果たしてカウントダウンと理解するまでに二秒。大変な時間を無駄にした。これは制限時間だ。あれこれ考えてる時間なんてない。早く見つけないとどうなる!? 俺は……死ぬのか!?

「何処だよ! ヒントくらい出せって!」

「さーん」

「うるさいちょっと黙れえええええええ!」

 一番暗い場所。暗いってなんだ。暗いとは見えない事だ。そんな場所何処にでもある。何処にでもあるのに何処にも居ない? とんち? 制限時間は幾つだヒントはなんだ答えを知っている人間はいな―――無駄な事を考えすぎる!

 二階にもいない。三階にもいない。ご親切に探せない場所はないとばかりに扉は全部剥がしてくれたのに一向に見つからない。


「ろーく」


 ゆっくりゆっくり、絞首の縄を引き上げるようなカウントダウンが過ぎていく。いつ数え終わるか分からない恐怖の中で、すぐそばに何かが居るような気配だけを頼りに走り回った。


「しーち」


 人はそれを狂っているというかもしれないが、それでも構わない。大体この状況がもう狂っている。『くらがりさん』の話ではなく、怪異と命をかけて戦っている事がおかしい。こんな事をするような人生じゃなかった。



『こんな事の為に私達は生きてるんじゃない!』



 思考に重なる誰かのイメージ。見覚えのある髪の長さとその声は紛れもなく彼女だったが、ふと過ったその映像の中では人形なんかじゃなくて―――



「きゅーう」








「じゅーう」























「とりあえず、生き残ってる人は全員外に出せたわ。相変わらず意識不明だけど」

「うっしゃ。じゃあやってやろうじゃねえか! うちのクラスメイト共を代わりにぶち殺そうとした奴らに向けて!」

 マンホールの蓋から血液を回収すると、アレが屋敷から持ち出してきた水を浄化槽の中にしこたま入れていく。余った水は蛇口の上から被せて、ホースと蛇口の透間に入り込む事を願う。バルブはすでに捻ってある。

「いいわ」



「よっしゃあああああああああ! くたばれええええええええええええ!」



 広範囲に拡散した水がヴェールのように屋敷全体を包み込む。雨が降り出したような音に中の人間が気が付いたら、それでも手遅れ。アレが提案した作戦はほかでもない、『中の水が潜失の影響を受けているなら浄化槽の水路を介して向こうにも痛い目に遭ってもらおう』というモノ。突然浄化槽の話をしだした日には何事かと思ったけど、天宮君が薬を使って私達の行動を変えたなら納得。

 私もアレの行動も、私達の知らない過去が伴ってしまった。私達にしてみれば脈絡のない思い付き、彼が行った世界でアレが思いついた名案なのかもしれない。いつのまにか体に仕込まれていた雪乃響希さんの血液だってそう。仮想性侵入藥は、あまりにも単純に世界を変えてしまう。

「人のクラス全滅させようってんなら、命をかけろよなあ!」



 「うえええええ!」「ぐあああああああああ!」

「きゃあああああああああ!」「いやあああああああああああ!」


 

 屋根が今にも飛び上がりそうな絶叫に空気が震える。長い間屋敷に閉じ込められた怨嗟なのか、はたまた本来の縄張りを雪乃響希に荒らされて苛立っていたのか。浄化槽を逆に介して繋がる水回りに、シンクから壁に、壁から屋敷全体に。逃れる術はない。薬を使わなければ誰も逃げられなかったように、或いはその技術を独占しているのが私である限り。




 ―――薬を使わなければ。



 私だって、そうしたかった。

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