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遺された蜃気楼

「…………響希。お前のせいじゃない」

「私のせいでしょ! 私がアイツに頼ったから……アンタの為に役に立とうって、浅い考えで……!」

「雪乃が動いてたかもしれなくても、雪乃のせいじゃないし、それがお前だっていうならやっぱりお前のせいじゃない。分かってなかったのは俺の方だ。誰が悪いんじゃなくて……浅はかだった」

 屋上に駆け出した彼女の背中を追いかける。思いつめて今にでも屋上から飛び降りそうな勢いを抑え込んで何とか落ち着かせたかと思うと、体をぶるぶる震わせてその場に崩れ落ちてしまった。

「私が……………あんな事しなかったら……」

 響希の気持ちは理解出来る。人間は自分をどん底に落とした人間よりも一度手を差し伸べた人が、今度は見捨てた時に恨むらしい。元々の原因が何でも、一度助けられた経験が落差を生み出すのだ。

 助けられたと思った。俺も芽々子も、他ならぬ響希も。薬を使うまでもなく変えられたと思ったのに。病院に運んだところで寿命が少し伸びただけだった。

「薬を使って助けられるなら助けたいけど……」

 原因が分からない。分からないものを分からないままやり直した所で何が変わる。相互認識が何処で完了したのか俺達には分からなかった。あの屋敷に何かあるなら病院に隔離されたら大丈夫だと思ったのに、そうはならなかった。

「…………変化があったのは三人。だけど襲われたのはアイツだけだ。雪乃が途中で介入してくれたお陰で翌朝偽物が生まれたって事はなかったけど。死んだままだ。この疑問も結局は解決してない」

 薬を複数回にわたって使用する事に躊躇はないが、それで本当に、全て分かるのか? 糸口すら掴めていないのに、ただ後悔を覆したい為にそんな無謀を? 現実的じゃない。

 彼女もそれを分かっていて、それでもやりきれない気持ちがあるからこんな事になっている。


「………………芽々子。俺達はどうするのが正解だと思う?」


「私が話していいの」

「何で駄目なんだよ」

「そういう空気かと思って」

 芽々子(二号)は普段から屋上に常駐する事になったようだ。いざという時に入れ替わる為だろうか、髪型も揃えてあって本人と見紛う姿になっている。見分けられるポイントはなく、俺も何処に居るかどうかだけで判断している。彼女にとっては見分けがつかない方が好都合なのだから、仕方ないのだけど。

「……正直な所、このまま流れに身を任せた方がいいわ。三つ顔の濡れ男では未来の結末が過去の選択を変えさせた。それなら今度は過去の選択で未来の結末を変える方が効果的でしょう。この薬の前では過去も未来も同時に存在する。もう一つの選択はあるべき現実に干渉し、影響を及ぼす。最大限効率良く結果を出すなら一度こっちを手遅れにしないとね」

「そういう使い方をした時って、お前達にはどう見えるんだ? 不自然に流れが切り替わるのか?」

「さあ、想像もつかないわ。仮想性侵入藥について情報を共有した事なんてないから。ただ干渉が起きる前の出来事を認識しているとは思わないけど……その時は既に存在しない仮定になっているから、認識出来てしまっていたら私達も薬の影響を受けているわね」

「私が行く」

 女性を落ち着かせる方法が分からなくて泣き止むのを待つしかなかったのだが、にわかに名乗りを上げたからには会話へ参加させざるを得ない。それにしても立ち直りが早く、さっきは涙も見えていた気がしたがそれは錯覚と断言したいくらいにはすっかり表情が戻っていた。

「えっ」

「薬って私も打てるでしょ。泰斗には無理させてばっかりだし……芽々子ちゃんは人形だから出来ないんだろうけど、私も人間でしょ」

「待ってくれ響希。そんな簡単に名乗るもんじゃない。俺達の命にセーフティが働いてる訳じゃないんだ。死んだらどうする!」

「自分の後悔くらい自分で拭いたいの! 私がもっと上手くやれてたらもしかしたらって―――」

「残念だけど、それは難しいわね」

 芽々子は空の注射器を取り出すと、指示棒か何かのように響希に向けて、釘を刺すように言った。

「やるべきではない、とも言うわ。理由は主に二つ。一つは浸渉の残滓を貴方が受けているから。それは言うなれば怪異の置き土産。本体は既に破壊されて活動停止しているからこれ以上悪化する事はないと言いたいけど、仮想性侵入藥を使うなら話は別。症状は一気に深化するでしょう。天宮君の言う通り、使用者のバイタルに対するセーフティは一切ない。せっかく天宮君が助けてくれたのに、貴方は自分から死ににいくつもり?」

「うっ……」

「―――二つ目は?」

「別の時空―――つまりこの薬を介して違う時空で死んでしまった時、私達はどうする事も出来ない。怪異と向き合う以上、少なからず天宮君も浸渉の影響は受けているけど、彼は四肢が無機物だからそもそも侵される部位が少なくて、普通の人以上に耐性を持っているの」

「もしかして俺の四肢を奪ったのって……そういう? でも耐性って話なら雪乃に入れ替われば済む話じゃないか」

「忘れたの? 雪乃という人格は飽くまで残滓から生まれた力…残り香、というべきかしら。ともかく、浸渉ありきの恩恵という事を忘れないで。どんなに有用でも毒に変わりはないの。当てにしたら―――死ぬ」

 響希の無念は良く分かるから、何とか渋る芽々子を説得しようと思ったが言い返しようもない正論で捻じ伏せられてしまった。前後の詳細な関係は分からないが、薬を打ったら死ぬのに薬によって飛ばされた世界で死んだ扱いになったらそれに対する救命策が存在しない。自殺行為に精力的なように見えるなら、確かに俺でも止める。

「…………」

 歯を食いしばる音が聞こえる。今にも自分の歯を食い破り、散らばった歯を踏み潰し、砕き、地団駄と共に泣き叫びそうな予感さえしてくる。何かしてやりたくても、俺には何もしてやれない。全部気休めばかりで逆効果だと思う。人を慰めるのにこんな後ろ向きになるなら、やっぱり手を出さない方が賢明だ。

 それが神経を逆なでする事もあると思う……。

「手遅れになるまで勉強をしましょう。テスト本番までもうすぐよ」

「芽々子。空気読んでくれ」

「…………感情がないと、察するのが難しいものね」




















 後悔とは、決して先には役立たないものだ。だから人は後悔のないように生きる。後悔のある人生に、胸を張ろうとは思わないから。それでも、やっぱり後悔のある人生は生まれてしまう。せめて人生の所有者である己に出来るのは嘘を吐かないでいる事だ。

 自分に嘘を吐けば、やがて自分の全てに胸を張れなくなる。起こりうる全てが不安定で、果てしなく疑り深いモノに代わっていく。

「私は大丈夫。テスト勉強しましょう」

 また彼女の家にお邪魔させてもらっているが、学校で遠回しに『貴方にはする事がない』と言われてから響希は心ここに非ずの様子。授業で先生にさされてもぼんやりしたままで、それで怒られても暖簾に腕押しというか、怒る事を諦めるくらいには手応えがなく、遂には先生も心配するようになった。

 俺との会話は問題ないが、返答が機械的で感情を感じない。怪異とは一切無関係に、心が何処かへ閉じ籠ってしまったようだ。

「芽々子。本当に出来る事はないのか? このまま黙って死ぬのを見届けてろと? 俺は覚悟してるつもりだけど、そんな事にならないのが一番いいに決まってる。何もないのか? 何でもいいんだ」

「今は誰も、何も出来ない。私達に出来るのは今日もカメラと私のコピーを介して情報を集めるだけ。何かしたいとはいうけど、いざ情報が揃って対決しようとなったら電撃戦よ。時間なんてかけられない」

 芽々子が席を立って階段を下りて行ってしまう。何をかしようと言うなら、事態を見守るべきだろうか。彼女は感情がないと称するけど、それは嘘だ。気遣う心はあるし、見当違いな考察を恥ずかしがる余分もある。

 階段を上がってくる音に合わせて気にしない風を装うと、芽々子は猟銃を肩に提げて再度現れた。






「とりあえず、今夜の犠牲者次第では一旦全員殺すつもり。辛いならアレに代わってもいいわよ響希さん。辛い事から目を背けて逃げるのも、私は勇気だと思う。立ち向かっても辛いだけなのは、分かるから」


  


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― 新着の感想 ―
[一言] 情報も救いもないですね。
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