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表裏一人の転生置換

  カメラはリアルタイムで音を拾う様になっている。制御は芽々子の方で可能らしいからあの心の底から寒気がするような声が聞こえてきたら順に音を切って場所を特定する算段だ。

「勿論私の所には音は来ない。もし来ても食べる所なんてないけどね」

「でも困るんじゃないか? みんなの前に出してるお前が消えるんだから、ちょっと面倒な事に……隠すって事は向こうさんも多分死んだ事は把握してるんだ。死んだ筈なのに死んでなかったら、お前の正体がバレるぞ」

「その向こうの勢力ってのは本当に一体誰なのよ」

「分からないけど、でも薬で俺は先に見たんだ。芽々子の正体が露見したら回収されるし、ついでに正体を知った俺も消された。誰か分からないけど誰か追ってる。それだけは間違いないんだ」

「―――それが一番怖くない? こういうのは芽々子ちゃんや私達で対処を頑張る事が出来るけど、身構えるべき相手も分からないのってちょっと」

 その為の薬だと俺は思う。過去も未来もあの薬の前では関係ない。俺が消される条件は何度も試した経験から言って芽々子の正体を知っている事が他者に伝わる事だ。俺単体では身元も出生も真紀さんに保証されているので無害と判断されている。そこに薬を使って改変するチャンスがある。

「二人共どうしてそんなに緊張しているの? まだ固唾を呑んで見守るのは早い気がする。お茶でも飲んでゆっくりしたら?」

「幾ら俺でもそんなゆっくり構えられないよ芽々子。誰も死なないで済む方法があるならそっちを取りたいくらいなら、本当に気が進まない」

「何かを選ぶという事は選ばなかった世界があり、選ばなかった選択もまた、別の貴方が選んだ選択。勿論薬を使えば貴方はどちらも選ぶ事が出来るけど、帰る現実はここしかない。三つ顔の濡れ男を相手に俊介君が死んでしまったように、そう都合よくは行かないものよ」

「……」

「本当に全員救いたいと思うなら、それこそ神様のように最初から全部知らないといけない。天宮君のそれは本心ではないでしょう。貴方は目の前の死が耐えられないだけ」

「…………悪い事かよ、それが。道理もなく、理由もなく、誰かに死んでほしくないって思うのは悪い事なのかよ。俊介はともかく、今回死ぬ奴は何もしてないのに!」

「銃は撃つ相手を選べない。撃った所に飛んでいくだけ。それが自然の道理。救うという行為に敵と味方の区別をつけるのは傲慢というものよ。貴方に区別がついても、この世界は貴方に都合の良い分け方をしてくれない」

 口論のつもりはない。というか最初からヒートアップしようがない。芽々子の感情は至って無機質であり、表情は変化している様に見えてしまう事もあるが多くは当然無表情だ。頭に血が上るだけ自分が馬鹿らしくなる。感情のない瞳は、時に冷ややかだ。

「…………雨が降ってきた」

「ほんとだ。ごめんちょっとどいて泰斗。私、戸を閉めないと」

 窓を開けられてようやく降雨に気づいたくらいだから小降りのそれかと思ったが、それはほんの予兆に過ぎなかった。すぐに雨は激しくなり、戸を弄っていた響希の服も少し濡れてしまう。

「…………どうした?」

 後少し引くだけで戸は問題なく閉まるのに、響希は手を止めて固まっている。

「…………芽々子ちゃん。一つ聞きたいんだけどさ」

「何?」

「そもそも一日一人だけ襲われる保証なんてあるのかな」

「え?」

「誰が襲われるかその規則性が分からないからカメラを沢山仕掛けるのは分かるの……でもそういえば、一日一人なんて前提は判明してないよね」

「夜部屋に入って朝出る人数が減っているなら、一日一人と考えるのが自然だと考えるでしょう」

 芽々子の言う通りだ。その前提まで疑いだしたらキリがない。その前提があったから偽物の一人を殺害する事が出来たとも言える。かもしれないという想定は大事だが、『明日地球に隕石が降ってきて滅ぶかもしれない』ような、前後の脈絡から外れた事態をあれこれ憂うのは話が違う。

「だって偽物が生まれるんでしょ? 考えてみてよ。私は初日に誰かが偽物になったのを見逃した。そいつは今でも本物のフリして勉強会に紛れて宿泊してる。でも扉を開けられないとかそういう制約があるなら部屋に帰る時にみんな分かりそうなものでしょ。でも絵里を確認した時って……やっぱり開かない扉が一つしかなくて、それで分かったわよね」

 島の人間は全員が親戚みたいなものだ。親しさの差はあれど顔はまず知っている。だから開かない扉が複数あったところで、他に生存者が多いなら消去法で絞り込める。

「…………そうか。朝に扉が開けられないのには理由があるだけで、必ずそうなってる訳じゃないのか」

「……部屋を出る瞬間で観測するんじゃなくて、部屋に入る瞬間を観測する。でもそれは一度やったでしょう。一人目の部屋に入る為に………………」

 芽々子は口を手で隠すと、瞳をきょろきょろ動かして悩ましく首を傾げた。首の機構が中でコキンと鳴る。

「おかしいわ。誰も入らなかった部屋があるのに、確かに全員が部屋に入った気がする」

「…………俺達は部屋で見分けようとしてたから、それが裏目になってたのか?」

 そして二日目。誰が今度は部屋から出ないのかを確認したら絵里だったが、その時開かなかったドアは一つだけ。だから絵里と分かったし、だから絵里以外が分からないままだった。

 それはつまり。




「もしかして…………部屋に何かが居るとかじゃなくて、屋敷自体がおかしいんじゃないか、もしくは部屋が」




 そうとしか考えられない。相互認識を果たさないと干渉出来ないというルールがあるように、見えない何かと強制的な相互認識が起きてそれで死んでいると俺は考えていたけど、違う。屋敷自体がおかしいとしたら?

 やはりそこには、一日一人なんて前提は保障出来ない。

「私達は間違った考え方をしていたみたいね。でもカメラは沢山仕掛けたから問題ないわ。いずれにせよ、ハッキリする」

「そうじゃないでしょ、芽々子ちゃん! 一日一人じゃないなら結局全滅するし周りは偽物だらけ! 私達、数の暴力で殺されるかもしれない!」

「響希さん。だからって薬は使えないわ。そう短期間に何度も打つ物じゃない。ちょっとした体調不良なんて表面上の副作用でしかないの。あれの真の副作用は―――」

「今なら出来るのッ」

 響希は戸を開けると、ベランダに身を乗り出して、雨を浴びるように立ち尽くす。

「おい。風邪ひくぞ?」

「ごめん二人共。実は私、ちょっと前から分かってたの。芽々子ちゃん言ってたじゃない。浸渉が残ったから有効活用出来るって」

 ポタポタポタ、ポタ。

 三つ顔の濡れ男の置き土産が刻まれた腕の方から血が零れてくる。それはベランダの足元に液体として溜まり、不自然に積みあがっていった。出血が次第に酷くなる。豪雨に壊れた排水パイプの勢いが如く、滝のように袖から血が流れていく。

「………………雨が条件なの?」

「ううん。多分、一定量の血を流したら。水分は引き金だと思う。お風呂とか…………で発覚したから」

 血だまりはいつしか山となり、円柱状に固まったかと思うとひとりでに圧縮。固まったそれを響希は徐に机に放り投げた。「瓶に入れて」と言われたので、引き出しの中にあった空き瓶に血の塊を入れる。

「いれたけど…………何も変わったように見えないな」

「そう。アンタには変わってないように見えるんだ。鈍感な奴だな。鈍感じゃなきゃあんな頭ぱっぱらぱーな事言わないか。じゃあこうするか。喋り方を変えてやるよ。お前みたいに鈍い奴の為にな」

 ドスの効いた、それでいて少し溺れているような水音の混じる低い声。響希の話し方じゃない。見た目はそうだけど、違う。彼女ではない。

「お前、誰だ? 響希をどうした?」

「残念だが雪乃響希そのままだよ。それとも区別をつけて私は雪乃と呼ぶか? ひょっとするとその方がいいかもな。この体は、今は私が所有者だ」

 ―――雪乃は瓶に詰められた血液を指さすと、ポンと上から掴んでまた引き出しにしまった。








「私の存在に気づいたエピソードに因んで人格排泄―――おっと交換と言うべきだな。響希の意識は瓶の中さ。私なら全滅を避けられるし、何なら今日は誰も死なずに済むかも……薬を使わずにな」

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