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食性有機の血肉也

「もうすぐテストが近いけど、お前ら頑張ってるか―? 言っとくが先生は絶対に容赦しないぞ、赤点取った奴は覚悟しろな」

 HRが終わって担任が一度出ていくと、教室中が自然と騒がしくなる。席を立って廊下側の隅に座るクラスメイト―――島火絵里とうかえりに近づくと、同級生との会話を遮るように「ちょっと」と声を掛けた。

「絵里。ちょっといいか?」

「ん、何?」

「実はお前の知り合いっていう子がお前を外で呼んでるんだ。年下っぽいから多分クラスに入りにくかったんだろ。たまたま俺がパシられたんだけど」

「えー知り合い? そんな人知らないけど……おけ。分かった」

 絵里が席を外すのを見届けると、素知らぬ顔で席に戻ってまた何気なくトイレの為に席を外した。行く方向は正反対だが、廊下に出られる事が重要なのだ。

廊下のど真ん中から階段に降りると、一階を経由して絵里が向かった方に戻って階段を上がっていく。


「先輩、これでいい?」


 階段の踊り場では、ぶかぶかの制服を着た雀子がその太すぎる尻尾で絵里の心臓を貫いている所だった。あまりに尻尾が強靭すぎて、人間一人が軽々と持ち上がっている。容易く刺し貫かれた心臓は自重により深く突き刺さり、万一にも生還の見込みがない事を分からせてくれる。

「ぁ…………ぅ」

 制服は芽々子が貸してくれた。まともな人間が着る為の洋服だから尻尾を出す為の穴なんて用意されていないが、女子の制服は便利な事にスカートだ。どんな尻尾があってもズボンに比べたら比較的問題なく動かせる。

 絵里は息絶えたが、その様子を見て俺が動じる事はなかった。死体に耐性がついたからではない。彼女が偽物であるのを分かっていて、且つただの一滴も出血していないからだ。




 時は少し前に遡る。




 人形には聞こえない不思議な声を聴いた俺達は改めて翌日の結果を確認した。俺は携帯のカメラ越しだが。今度はハッキリ誰が部屋から出てこなかったかを把握したので響希が先んじて登校。当該人物の確認を受けて俺もまた部屋に引きこもっていた雀子に協力を頼み、今に至る。

 開かなかった部屋については解明済みで、三号がまた鍵を開けて入った。案の定、そこには同じような現場が広がっていたらしい。そこで気になったのは『消えた筈の人物を殺害したらどうなるのか』という事。

 相手は間違いなく偽物である事も考慮すると、俺や響希はたまた芽々子で対処するのは予期せぬトラブルがあると思い、そこで雀子に白羽の矢が立ったのだ。あの尻尾は事実上の遠隔攻撃であり、手を出す間もなく殺害出来る。

 制服を着てもこんな尻尾は隠せないが、例えば下から窓越しに見えるような、尻尾が死角にある時にどう見えるかという点は大切だ。事実、ここまでは上手く行った。

「よくやった雀子。一応聞くけど怪我はないか?」

「ボク強いから大丈夫。この人は死んだ事にも気づいてないんじゃない?」

「そ、そうか。助けは十分だ。事前に作ったルート通り家に戻ってくれると助かる」

「は︹▁い。それじゃあ先輩、また家で待ってるねっ」

 手の代わりに尻尾を振って雀子は階段の窓から外に飛び出した。見送る暇もなく俺は屋上まで死体を運ぶと上で待機していた芽々子(二号)に死体を引き渡す。

「これは地下研究室に持ってく感じか?」

「ええ。死体は物言わぬ証人だから。調べれば色々出てくる可能性が高いし」

 会話は簡潔に。また慌てて階段を下りて再度一階を経由。念の為にトイレを中継し、何食わぬ顔でまた戻ってきた。絵里の友人達をそれとなく一瞥すると、響希が話しかけて足止めしているらしかった。俺の姿を見ると、彼女は適当に会話を切り上げて同じように芽々子(一号?)の前に集う。

「どうだった?」

「一応計画通り回収は出来たけど、今までと違う消え方だからどういう風に扱われるかが気になるわね。まさか登校しておいて突然引っ越したは流石に通じないし」

 芽々子が俺に微笑みかけたように見える。人形なのでそれはあり得ない。ウィンクは本当だけど。

「これ、アンタが疑われるんじゃないの?」

「俺はパシられただけだ。昔の中学校みたいに廊下に監視カメラがあったら面倒だったけど、この島にそんな最新鋭はないし。俺はパシられただけって言い張ればいい。部活にも入ってないんだから後輩について知らなくても問題ない」

「ともかく絵里さんについては私の方で調べておくから、二人はくれぐれも平和に過ごして、目立たないようにね。一応言っておくと、確実に偽物よ。血も出てないし、何ならしぼみつつある」

「は? …………し、しぼむ? ……う、なんか想像したくないかも」

「そろそろ授業が始まる。戻ろう」

 席に戻ると、百歌が訳もなくハイタッチを求めてきた。応じない理由もないので手を出すと、勝手に上機嫌になって「うふふ」と笑っている。窓を見遣ると、スーツ姿の男が三人。校門の前でじっと顔を見上げて俺を見つめているが、間もなく横から現れた真紀さんに三人まとめて連れていかれてしまった。


 ―――あいつらは、真紀さんをそろそろ警戒した方がいいんじゃないか?


 こっちはあの人のお陰で段々くだらなく思えてきた。怖い思いは一つだけで十分。ずっと同じような恰好の人間に付き纏われるのは不気味だが……誰も真紀さんの奇襲に対応出来ていないという所に人間味を感じてしまって、面白さで打ち消されている。





















 絵里がいつまで経っても戻ってこない事には早いうちに誰もが気づいたが、教科担任から体調不良で家に帰ったと伝えられた。虚偽の情報を流すのが大人ばかりなので仮に大人達としておくが―――意地でも死を公表したくないようだ。

 一時凌ぎの方法がそういう事なら、翌日には引っ越した扱いになってまた綺麗に掃除されると思われる。絵里の友人であるクラスメイトはそんな風に見えなかったねーなんて気楽に会話し、何事もないように追及は終わった。

「泰斗。悪いけどゴミ出すの手伝って!」

「家のゴミか?」

「そ。あんまり多いから困っちゃって」

 芽々子の地下室に来いという意味だ。恐らく持ち主から伝言という形で伝えられた。放課後にはあまり関与を示さないようにしていたがこれはむしろ大声を出して積極的な関与を示している。何も不自然ではない。俺は彼女のお店で働いているし、ゴミを出す事にやましい事情は何もないからだ。

「せっかく自転車あるし、乗せてってよ」

「二人乗りはあんまり安全に自信持てないんだけど。俺にしっかり掴まっててくれよ。落ちても知らないからな」

「はいはい」

 自転車を校門前に持ってくると、響希が腰かけるように座って俺のベルトを掴んだ。あまりそう密着されると背中の辺りにある柔らかくも固い感触が集中力を刃物のように削いでくるが、気にしている旨を伝え始めたらキリがない。出発出来なくなる。

「い、行くぞ!」

「自転車、あげて良かったかも♪」

 テスト勉強をしたかっただけなのに、気づけば妙な事件に遭遇してしまった。いや、俺達は終始部外者か。芽々子の事が心配だが、彼女は無機物だから対象に入らない可能性もあるか。唯一不安要素があるとすれば、最初に死んだ人間が誰かまだ把握出来ていないという事だ。

「結局さ、あの屋敷で何が起きてると思う? 少量の血、死体の残骸と思わしき肉。だけど肝心の死体がない。それっぽい痕跡はシミだけだ」

「私もそういうのに詳しい訳じゃないから何ともだけど、でもテストが終わるまでに全滅するとかだったら……嫌かも。全員本物に見えた偽物、皮被っただけの怪異なんでしょ? そんな場所で生活なんかしたくないわよ。いつ襲われるか分かったもんじゃないし……ねえ? 私も気になるんだけど、どうしてあの薬を使わないの? あれを使えば誰かが死ぬ事も防げるんじゃないの?」

「数が少ないんだ。俺と芽々子が初めて出会った時、錯乱した俺が使いまくってさ。今は三つだったか四つだったか。使えばそりゃ、どうにかなると思う。けど次もまた何か起きる可能性もある。一つの薬で全部の事件を解決したかったら事前に情報を持ってる必要があるから、今の俺には不可能だ」

 風切る速さに束の間の涼をとりながら、心の底に眠る後悔、一筋の本音を語る。

「……俺は馬鹿だ。今思うとな。達磨にされて取り乱すなって方が無理だけどさ。でも芽々子は、そんな俺の愚行に対して文句ひとつ言わず、後で自分が追い込まれる事も承知で沢山薬を使ってくれた。その誠実さに応えたいんだ。アイツは俺を頼りたいって言ってる。困ってる人を助けるのは当然だろ」

「…………楽な解決策って、ないものね」

「死体を調べたら何かあるかもしれないぞ。科捜研の芽々子に期待がかかるな!」

 

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