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繁殖の掟

 テスト勉強は確かに時間潰しにはなるが、単純作業だから時間が早く進むという意味ではない。これ以上最適な時間消費の仕方がないという意味だ。テストの為のテスト勉強でなくなったのは残念だが、他に目的があった方が俺は集中出来る。報酬があるとかないとか関係なしに、根本的な気質の問題だ。俺は真面目な人間じゃない。一人暮らしの為という目的があったから中学時代は頑張れた。生きているだけで望みが叶うような楽な人生なら、誰からも呆れられるような怠惰な人間性が明らかになっていたと自分でも思う。

「見てるとアンタはやっぱり数学がきつそうだから重点的にやりましょう」

「国語じゃダメかな」

「作者の気持ちを答えなさいって私に小説でも書かせる? ちゃんと授業を受けていれば問題ない筈よ。漢字は一人でも出来るし、元々そっちの点数は悪くないんだから、やっぱり数学でしょ。暗記出来る教科は教科書そのままの単語が出るから暗記で何とかなるのであって、数学は暗記じゃどうにもならない。その代わり、公式さえきちんと理解してたら多少数字をこねくり回されても何とか出来る、でしょ?」

「うーん、そうかなあ。でも頑張ってみるか。芽々子の方に進展がなければ頑張る」


『一号が勉強を教えてる最中だから、進展はない』


「こら、芽々子ちゃんで逃げ道を作るな。そっちとこっちは関係ないんだから、ちゃんとやりなさいよ」

「やるけど、あんな事言われたら気になるよ。個室は全部埋まってるんだよな」

「誰が入ってるのか私も聞いたんだけど、流石に覚えてないんだって。でもそれを責められる? テスト勉強の為にお邪魔した家で何かあるとは思わないでしょ」

 そんな言い方だと、まるであの砂浜には何かあったようではないか。芽々子曰く、怪異にある筈の噂がない。だから本来あんな気味の悪い人型も面白がって肝試しに使おうとする。それを娯楽と―――ともすればフィクションと考えてしまうのだから、迂闊になる。

 怪異の実在についてはともかく、その存在が原因で多くの事件が起きているならもっと警戒は強められる。そしてこの島には実在する一方で噂がない。砂浜だからといって警戒するのは無茶苦茶だ。

「学校で休んでる奴が居たら逆算で人物が分かるんだけどな。因みになんだけど、三号から本物の芽々子にカメラを切り替えられないのか?」

「あ、それ無理だと思うわよ。私が夜に起こされた時も直にカメラ移し替えてたし」

 

『私を高度なテクノロジーの結晶だと思っているなら、残念ね。ただの動く人形よ』


 ―――そっちの方が凄いと思うけど。

 教科書に記されている公式を理解したと言うだけでテストが始まる。ひたすら待ちに徹しなければならない向こうとは違って、こっちは忙しい。響希になまじ問題を作る能力があるせいで……

「…………これさ、今のうちに扉を開けて虱潰しに確認って出来ないのか?」

「私の説明が悪かったかも。一人一室って聞いたから扉が開いた数で確認したのよ。そしたら一つ開かなかったの。その時確認出来れば良かったんだけど、学校に行けば誰が休んだのか分かるって思ってね……誰も休んでなかったけど」

「あー、つまり何処が開いたかは覚えてないと。でもそれなら虱潰しでもいいんじゃないか」


『私達は囚人のように行動を制限されている訳ではないのよ。何の拍子に戻ってくるか分からないのにそんなリスクは犯せない』


「私も向こうに居れば連携出来たかもね。でもそうしたら今度は通信が出来ず、天宮君の諸問題も解決出来なかっただろうから、どうにも天秤にかけづらいわね」

「全員芽々子だからややこしいな。ひょっとして三体が限界なのか? その手の問題は人を増やせば強引に解決できると信じてやまないんだけど」

「あまり大勢を一か所に集めたくないだけ。一網打尽にされたらそれこそ話が違うから」

 という事は三体以上居るのか……同じ人間が何人も居ると不気味で仕方ないが、髪型を変えて印象が違うだけで随分変わってくる。声も喋り方も同じだからこういう時はややこしいけど、髪型のお陰でちゃんと全員分けて考えられる。



 芽々子側の近況を聞きながら、なんだかんだと二時間以上が経過した。



 『ねえ、今から皆部屋に戻るみたい。頭部を同じように隠しておくから、そっちのカメラで判断して。何処の扉が開かなかったのかが分かったら夜に侵入してみるから』



 三号が慌てて向かったのは廊下の突き当りだ。ゴミ袋が積んである。焼却炉の手前に置いてあった物を持ってきたのだろうか。初日に移動させたなら仮に場所が不自然でもわざわざ近づきたがる人は存在しないだろう。事件はまだ起きていない。俺達はまだ違和感を調べようとしているだけだ。三号は頭部を外すと袋の中に紛れ込ませて自分は慌てて元の部屋に。カメラに首なし芽々子が映ったのを心霊写真とするべきだろうか。

 下らない思考も終わらない内にクラスメイト達が各々疲れた様子で部屋に戻っていく。この階に全員は到底収まらないから残りは他の階だろう。一階につき十人ちょっと……どこが足りない。

 まずは怪しまれないように一号……本来の芽々子が部屋に戻る。それから続々とクラスメイトが入っていって……奥から三番目に誰も入らなかった事を確認した。

「見たか、今の」

「うん。私も今度はちゃんと見た。絶対に誰も入ってない……と思うけど。外開きだからどうかしら。実は被っちゃってて入った可能性も?」

「俺達が監視してる事まで織り込み済みみたいなやり方になるぞそれは。間違いないって」

「無事確認出来たという事で、向こうの私に連絡を入れるわね」

 生首の二号が会話を遮るようにぽつりと呟く。ただの人形とは一体……。

「同じ私なんだから、外部ツールなんかなくても通じるのは自然じゃないかしら」

「心を読むなよ!」

「露骨にそういう顔をされたらね」

 暫くすると本来の芽々子が首を回収しに部屋を出てきた。カメラも同時に彼女の部屋に戻ってきて、首のない芽々子と合わせて二人の芽々子がカメラに映りこむ。


『いえーいぴーすぴーす』


 どちらの芽々子も表情が変わるオプションなどないのに、まるで双子の姉妹のように同時にピースする様は見ていて非常に可愛らしいと思ってしまった。一か所に集めたくないとは言っていたけど、どうにかして芽々子二人に集まってもらって、俺と写真を撮ってもらえないだろうか。良く分からないけど、とても幸せな気分になれると思う。

 

 ―――俺は何を言ってるんだ?


『二人のお陰で判明した。ありがとう。恐らくさっきの流れから言ってこのまま勉強会はなあなあで終わるから、後はゆっくりするだけよ』


「何があったの?」







「母屋の方にお客さんが来たから、部屋に戻って静かにしてくれってだけよ。場所を借りてる身としては、文句は言えないでしょう」























 時刻は午後十時。宿泊するのでなければ勉強会もそろそろ終わらせるべきであろう。俺達の方は用事がなくともそのつもりどころか、何なら少し遅い。芽々子の方は既に終了しており、どちらかと言えば寝るか否かの分水嶺だ。

 ここで寝ない奴はとことん寝ないで遊ぶだろうし、寝る奴はさっさと寝てしまう。娯楽に溢れかえる社会なら遊んでいただろうけど、ここに集っている者達は友達と同じ場所に集まってふざけたいのが本音である反面、芽々子を師としてきちんと勉強したい意思もある者達だ。彼女が部屋から出ない以上、勉強の余地はない。個室にテレビやボードゲームなど時間を潰せる物もない。個室に集まったとしても出来るのは喋るくらいで、わざわざここに集まった意味がない。

 諸々の要素を考慮しても、向こうにも寝るくらいの選択肢しか残っていなかった。

「そろそろ俺も帰っておきたいんだけどな。昨日はこれより二時間も早かったってマジ?」

「昨日と同じ時間帯に終わらせたら二時間どう暇潰すつもり? 下でテレビでも見てる? 私達は遊んでる訳じゃないんだからこういう時こそ勉強しないと。やっぱり勉強時間で差をつけるのが高得点高順位の簡単な秘訣よね」

「天宮君は勉強の為に勉強するタイプじゃないから、想定外の時間に喜びは見いだせないのね。それよりもカメラ。そろそろ私も動くわ。あの部屋の中に何があるか、見てみないと」

 生首の二号に言われると言い争いをやめてカメラに集中してしまう。動くのは本来の芽々子らしく、三号が代わりに手を振って別れを告げている。こちらには芽々子の声くらいしか届かないが、防音性は死んでいるようだ。静かにしているだけでも誰が起きているのか起きていないのか分かるのだろう……聞き耳を立てている様子が、一人称視点で伝わってくる。

 廊下に出ると、明かりが消えていた。人を探知して点くタイプでもなく、誰かが消したとみるべきだ。場の空気は自ずと読めるからそれ自体はおかしい話じゃない。

「三番目、ね」

 声を出すのも憚られる状況はこっちの芽々子が喋るらしい。当該の扉は閉じているが、芽々子はポケットから針金を取り出すと、鍵穴に挿し込んで何やら開錠を試みている。新しいタイプの鍵なら無謀と言いたいが、この島にそんな物は普及していない。一番しょぼい鍵で溝があるだけの扉もある。そいつは、十円玉さえあれば溝に側面を差し込んで捻るだけで開く。

 流石にそれよりは複雑だが、鍵は三分と経たずに開いてしまった。俺と響希は互いに頬を突き合わせながら小さなカメラに吸い寄せられる。








 中は暗く、人が居たとしても判然としない。一旦扉を閉めてから電気を点けると、そこには居る筈の人物が居なかった。誰かって? 誰かも分からない、有るのはベッドにくっきりと残った人のシミだけだ。

「……このシミ、何?」

「人っぽいよな。枕の方にあるのが顔で、下で二つに分かれてるのが足で。芽々子、ちょっと探してみよう」

「何かあるとしたら冷蔵庫じゃない? 他はぱっと見で分かるし」

 芽々子が冷蔵庫を開けると、少量の血が扉の角についているのが見えた。中には水とお茶と炭酸飲料が数本。それらが壁のように並んでいるからどかしてもらうと、中に固まった少量の血肉が転がっている。

「うん……? 肉……? 血…………だけど少ないな」

「私には十分恐怖なんですけど……! ていうか待って! よく見たら家具の至る場所に血がついてない!?」

 響希の言う通り、棚や寝具の頭、カーペットの先端、壁、机、クローゼット。探せば何処にでも血痕が残っているが、肝心な事にそれ以外がない。他に気になるのは―――いや、これを気にし始めたらキリがないが、クローゼットの扉が濡れているくらいか。

「誰かが死んだっぽいのは確かだけど、人が減ってないから確認出来ない」

「なりすましがいるって事? 私達は誰も気づかずにそいつと生活してた? 怪異って要するにお化けでしょ? 昼間も居るなんてあり得るの?」

「不可能ではないと思うわ。ただ気になるのは、相互認識が完了しないと干渉は出来ないの。そいつはどうやってこの部屋の人物と相互認識を果たしたのか……ちょっと音声を繋ぐから、二人もよく聞いてみて」

 芽々子がその場に屈む。暫く待っていると、向こうの音が伝わってきた。






「うああ」あ「あ」あ「ああひい」いい「いいいた」いいたい「たいた」いたいた」た「だがす」がじゃ「かが」がががぎ」い「えぃぃぃ」「ぉぉぉぉぉ」






 無数の、呻き声ともうなり声とも喘ぎ声とも取れる掠れた声が。

 俺と響希の血の気が引いたのは殆ど同時だったかもしれない。二人で顔を見合わせ視線だけで互いに疑問を交換している。生首の芽々子(二号)は溜息をついて、首があったら振っているであろう反応を見せた。

「やっぱり。私には恐怖心がないから何も聞こえないみたい。どんな音が聞こえたのか、聞かせてくれる?」

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