表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/150

人の気配も七五日

 部活もなければトラブルもない。幾度の授業と休み時間を経て放課後に入れば、またテスト勉強の時間だ。それとなく聞き出してみたがやはり大半が泊まっているようだ。俺も改めて誘われたけど(仁太とは別のクラスメイトから)やっぱり断った。

 大人数と行動を共にするには体に秘密がありすぎる。それだけでも十分断る理由だ。そんな理由がなくても、素直に『響希と勉強するから』と言えたらどれだけ良いか……言えない事情は沢山ある。交際関係と誤解されたら動きにくいのと、それに併せて誰かが俺を陥れようと計画した際、誤解がとけていないと真っ先に彼女が被害に遭ってしまう。

「それじゃあ、後でね」

「おう。またな」

 一足先に帰る響希の背中を見送ると、駐輪場の方に移動して自転車を取る。俺を見つめる謎のスーツ男は三人に増えていたが、気にしない。気にしないようにしないと、正気ではいられない。でも何だか少しずつ……近づいているような。


「よーそろ~。泰斗君。もうお帰り?」


 校門の外から馴染みのある声が聞こえてきた。俺をそんな風に呼ぶ女性はただ一人だけであり、俺もまた同じように返事をした。

「真紀さん? 学校に用事なんかないでしょ。まだ寝てる時間の筈だし」

「毎日同じ生活はしてるけどね~。おねえさんだってたまには予定がずれる事もあるんだぞー。うーん、今日はちょっと学校に用事があってー帰ろうとしたら泰斗君にあったのー。どう、テスト勉強頑張ってるって聞いたよ~。次もいい点数取れるかな~」

「が、頑張ってます。だからその……」

 この人は恩人であり、憧れの女性と言っても差し支えない。幼い頃に出会った親戚のお姉さんのような、遠いけど近い存在? 上手い表現が思い当たらないが、とにかく真紀さんが喜んでくれるなら、俺も頑張れる気がしている。

 とはいえこんな年齢にもなると、わざわざ言い出すのも恥ずかしいけど。続く単語が見当たらなくてそっぽを向くと、またスーツ姿の男達と目が合った。

「…………」

「……おや?」

 真紀さんも振り返って、俺の視線の先を捉える。

「知り合いかなー」

「いや、最近ずっと付き纏われてて……ていうか、見えるんですか?」

「おねえさんの目が悪いとでも思ってるのかい? 勿論見えるさ。知り合いじゃないのに付き纏われてるなんて変な事もあるんだね~。泰斗君が余程可愛いんだー」

「からかうのはやめてください! 勉強しなきゃいけないのにちょっと困ってるんですよ! 外にアイツらが居るかもって考えたら……それは集中出来てないとか言われたらそれまでですけどね!? なんか癪なんですよ。頭の片隅でずっと気にしてる感じが、でも気にするとつけあがるかなって思っちゃったら何だかぁうわ!」

 真紀さんは緩く笑うと俺の肩に手を回してどっと体重を乗せるように身を寄せた。それから制服のポケットにお守りのような装飾品をねじ込むと、離れ際に一言。

「おっけおっけ~テストの邪魔って事ならおねえさんが助けたげる~。ほらさ、私も汚い大人だから面倒ごとは避けたいんだけど。自分で言った言葉は守らなくちゃね~。どんな事があっても味方だって言ったでしょー。ふふふ~」

 まるで酒に酔っているような千鳥足で彼女はスーツ姿の男達の方へと向かって行ってしまった。向かっていくのはどうも狙われている感じがして無視してきたが、実際あいつらに近づいたらどうなるのだろう。暫く様子を見ていると、男達が逃げるように離れていく。



「あっはは~。私から逃げられると思ってるのかな~。おねえさん、鬼ごっこ強いぞ~!」



 ―――任せて、いいのかな。

 百歌にも見えていたから怪異の類ではないと思っていたけど、あんな簡単に逃げてくれるのか。見る度人数が増えているのもおかしかったのに、正体が単なる人間と来たらいよいよ目的が分からず不気味だ。

 自転車の鍵を外して乗り込むと、寄り道をしない事を念頭に帰宅した。真紀さんの事はちょっと心配だが、信じよう。もし何かあるようならその時はテストとかお構いなしに薬を使ってどうにかするつもりだ。芽々子が認めてくれるかは分からないけど。

「お帰りなさい、先輩! 今日も勉強?」

「ああ」

 雀子は余程誰にも頼れない状況が続いたのだろう。今までより露骨に俺に対する信頼を見せてくれるようになって、表情も明るくなった気がする。ちょっと前まではなんとなく、空元気ではないかと疑っていたのだ。そこに確信は持てなかったけど、たった今持った。

「来客なんて無いと思うけど、くれぐれも反応しないでくれ。誰かいると思われたらまた説明しなきゃいけないから」

 制服を着替えようかと思ったが、それじゃまるでデートみたいだと思い直す。したくないと言ったらウソになるけど、テスト勉強の趣旨を履き違えるのは人としてあまり誇らしくない。着替える程度でデートと発想するのは過剰だとも考えたが、そう。そもそも発端は『着替える理由がない』からだ。

 テストという気持ちを明確にしたいなら制服の方がいい。別に着替えなかったからって怪しまれる格好ではない。

「うん、分かってる╲︿_/。今日の夜ご飯は何がいい? ボク何でも作れるよっ」

「あー…………お、美味しいモノ。ごめん。最近は食えればいいみたいな冷凍の食事ばかりで思いつかない」

 雀子は両手を頬の前で重ねると、ぴょんと自分の尻尾を飛び越えて台所の方に移った。

「大丈夫、それで充分! 勉強頑張ってきてね_/﹀▔!」

 鍵はボクが閉めておくから、と殆ど無理やり家から押し出される。間もなく尻尾が器用に鍵を操って施錠してしまった。壁に聞き耳を立てるとずるずる部屋を這いずり回る音が聞こえる。これ、蛇を飼ってるとか思われたりしないだろうか。隣の部屋にも人が住んでいるから、その人にはいつか苦情を入れられるかもしれない……生活の時間帯が被っていないからだろう、まるで顔は合わせないが。

 

 階段を下りてまた自転車に足を掛けようとすると、高台にある民家のベランダからこちらを見つめるスーツ姿の男を見つけてしまった。本当に小さいが、確かに直立不動のままこちらを監視している。




 まもなく部屋の中から出てきた真紀さんが男の背中を掴んで引きずり込んだので、どうなったのかは分からない。




 ただ見つめてくるだけで何をするでもない。正体が何でも恐ろしい存在だと思っていたけど、真紀さんに掴まれたときの男は焦っていたように見えた。その一面が垣間見えただけで、内心の不安は軽くなる。相手に感情が見えたなら、そいつはもう怪物ではない。





















「テスト勉強二日目、はりきっていくわよ!」

「うお、なんか妙にやる気だ」

「アンタに恩返しするとしたらこれぐらいしか出来ないし……私は芽々子ちゃんみたく詳しくないからさ」

 机の上に勉強道具を広げると、鞄の中に放置されていた芽々子の頭部を設置した。

「ずっと鞄に放置されていて、痛かった」

「え? 痛覚…………」

「人形ジョークよ。響希さん、昨夜の事を天宮君に伝えてくれる?」

「あ、うん。泰斗、今日の出席者で休みって居なかったわよね」

 頭の中で教室を再現してみせる。今まで死んだ人間を除けば、全員出席していたと思う。誰か居なくなったならどうせまた引っ越しとか何とか謎の理由が使われる筈だ。恭介と栄子は例外。まだ病院に居る。

「特に休んでなかったと思う。勉強会に参加してなかった奴は少数だから記憶に残ってるし、参加してる奴は俺よりむしろそっちの方が把握してると思うけどな」

「そうそう。私ってば早朝に起こされて何かと思ったら三号ちゃんがカメラ越しに声をかけてきててね。今、この視界って三号ちゃんなんだけど、隠れてもらって、起床時刻になったら出てくるクラスメイトを数えてたのよ。一人一室だから扉が開けばいいの。簡単だと思ってたんだけど、一人足りなくて」

「何? でも休みは居なかったぞ。どうせ同じ部屋に二人以上入ってたんだろ。仲が良い奴ならそれくらいしても不思議じゃない」




『それじゃあ開かなかった扉には何が居るの?』




 二号―――芽々子の首に差し込まれたカメラ越しにこちらに話しかける声がする。いつもと同じだが、姿は違った。前髪を切り揃え、肩くらいまで髪を自由に伸ばしたセミロングの少女は確かに芽々子だが、何せニ号がツインテールだったのでいつもより落ち着いた印象を受けた。

 それ以上に普段も髪を結んでいるから束ねていないだけで別人にしか見えないのだが。

「芽々子……お前何体いるんだよ。髪型で分かりやすく識別出来るけどさ」

「天宮君としてはそっちの方が気になる? テストが終わったら教えてもいいけど、今はこっちが優先。これから私も含めてクラスメイトが戻ってくるけど、そこから夜までは余分な時間だからテスト勉強をしておいて。助けが必要になったら呼ぶから」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ