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微睡みの中でユメを抱く

 天宮兄妹の確保。

 それさえ叶えば、オレは政界への強力な足掛かりを得られる。一大アイドルでもある天宙ユメを一時休業状態にするのは惜しいが、この国にかつての栄華を取り戻す為、そしてそうなった国に相応しい指導者となる為に、彼等には犠牲になってもらうしかない。

「なんだ……これは」

 出港を止められなかったのはこちらのミスだ。『仮想性侵入藥』があればとっくにやり直している……と言いたいが、天宙ユメは他者の薬の服用をどういう原理か予め知っており、こちらの改竄を無効化してしまう。それで目を覚ます可能性もある以上こうなったのは偏に天宮泰斗が想像以上に肩入れをした事に起因している。


 ―――まさか、味方になるとはな。


 聞いていただけで、何が起きたかは分からない。だが命からがら逃げかえってきたような男が天宙ユメを恐れず受け入れたのは想定外だった。関係性などないのに。赤の他人も同然だというのに。

「社長! これは一体何事ですか!」

「ん?」

 ビルの最上階からぼんやり海を眺めていると、榊馬―――そうそう。海斗が飛び込んできた。

「なんだ? 計画が凍結した以上、お前には無関係の作戦だ。暫くは有給休暇で良いと言ったのに出社とはな」

「天宙ユメが誘拐? 中継されてる映像の船は私達が来た船です。彼らに一体何を? 無関係でしょう!」

「無関係であるものか。オレが直接行って取り逃しただけでまさかここまでの大事になるとはな。事態は一刻の猶予もない。海上自衛隊に手柄を取られればウチは終わりだ。この国は敗戦国という末路から逃れられん! お前の報告書を読んだぞ。あの島は怪異の眠りで維持されているだと? ならば猶更逃がせんぞ。あそこには新世界構想の一部を再現した全ての技術が置き去りのままだ。いつかは乗り込み回収する予定だった……ここであの兄妹を逃せば我々は政府に対する優位を失うぞ!」

「いつかは乗り込み……それを信じて何人死んだと思ってるんですか! 私だって彼らが来なければ遅かれ早かれ死んでいた! 回収される頃には私は死骸だったでしょうねえ! 私達にはまだ古くからの事業があるでしょうに。彼らを見逃してあげてください! 国は止められずとも、我々の船は止められる!」

 

「国の過去すら思いやれぬ非国民がオレに口答えするな!」


 引き出しにしまってあった拳銃の引き金を引き、榊馬の胸に向かって発砲する。頭に血が上った衝動的な一発は、当たり所悪く、彼を一撃で瀕死にせしめた。

「……………クソ、やろう」

「―――この国の過去を雪ぎ、未来を築くのはこのオレだ」

 

 パァン、パァン、パァン、パァン、パァン!






















「後輩君、大丈夫!? やっぱり能力の規模が大きいとそれだけ消耗が激しいんだっ?」

「いえ、今までその鞄にあったのは飽くまで怪異の破片……一部。非活性状態の物ばかりの筈よ。だけど湍津鬼は今も生きているし―――何より入れたのは一部ではなく、彼女の意識と直結した、いうなれば導線よ」

 芽々子の言う通り、今までの能力とは出力が違う。杖を左に動かせば物理法則を無視した波が船を覆い忽ち転覆させてしまう。周辺への被害も抑制しないといけない。俺は。だって。日本を物理的に転覆させたい訳じゃない。妹を守りたいだけだ。

「はぁ…………はぁ…………」

「おいおい雨が降ってきたぜ! お前の力か!?」

「…………さ、あ」

 自衛隊が所有するような船を軽々転覆させるような大津波を何度も何度も引き起こす。砲撃も銃撃も何のその、海流を操作して壁を作る―――そんな真似をすれば幾ら抑制までこなせても無事で済むはずがない。何度も何度もひっくり返されそうになり、あっちこっちに吹き飛ばされ、代償などなくともボロボロだ。俺もまともに立つ事が出来ない。吹き飛ばされた際に足を折ってしまい、今は船首に上半身を引っかけながら震えた手で杖を握っている。

「泰斗君! 波を後ろから送れ! 今しかないんだ!」

「真紀、やめなさいよ! アイツ、もう限界だって!」

「駄目だ! 時間がかかれば死ぬ! 無茶をするしかないんだ!」

「私も補助する。人形、やつの身体を支えろ。海に落とすな。幾ら壊れてもいいのはお前の身体だけだ」

「言われなくたって、やるに決まってるじゃないのっ」

 体からどんどん力が抜けていく。まるで循環する血液が、どこかで居次元空間に繋がってそのまま消えていくみたいに、あっさりと。体力は減衰ではなく消滅している。杖を握る手も、限界だ。体温も、感じなくなってきた。

「天宮君!」

 身体を支える、冷たい感触。温もりを求める心が背中に寄り添う。

「…………私は貴方と子供を作れないし、せめて死ぬ時は、一緒がいいわ」

「………………え、縁起でも……な」

「でもそれ以上に、私は貴方と生きたい。だから一緒に生きましょう。私、貴方の妹に兄は死にましたなんて伝えたくないわよ」

「……………………………ぁ」

 血流を失った指から力が抜けて、杖が、『白夢』が、手から離れていく。



 


 センパイッ!!





「……あっ、 あ!」

 とっくに落ちていた筈の杖が、手に握られている。()()が、俺を起こしてくれた。

「…………生きる。生きるんだ。生きて。生きて。生きて。生きて。生きて。生きて。生きて。生きて。生きて。生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて。生きて! それから死ぬんだ!」

 船首に凭れた上半身を振り上げて杖を掲げる。天の果てへ。宙の向こうへ。冥界の底まで。

「過去も未来も関係ない! 俺達の人生は、俺達の物だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 水面が裂け、膨らみ、割れていく。

 





 海が、立ち上がる―――――――――――――














 ――――――――――夢を見たんだ。


 

 星降る夜空を見上げながら、寝転がる自分が居る。視界の横で霖さんが白いワンピース服をはためかせて俺を眺めていた。

「夢ではないですよ」

「……え」

 声が出た。今のは自分の口から出た声だ。それじゃあ身体も動くのだろうか。直前の記憶ではぶっ壊れて使い物にならなくなっていた身体は、思いのほかすんなり起き上がり、これが夢でない事を改めて教えてくれる。

 船は大破した状態で介世島に流れ着いていた。港に綺麗には止まらず、船は殆ど真っ二つ。内部にかなり浸水している。

「…………俺、確か」

「現実で何かあったようですね。しかしここに来たからにはもう大丈夫です。一通り治療させていただきました。頑張った人間には相応しい見返りがあります。湍津鬼の肉体の場所を見つけたようですね」

「…………みんなは? ていうか」

 ここは純粋な仮想世界ではないのに、島内に広がっているのは俺達がかつて生活していた日常その物。頭が追い付かない。何が起きている。

「この島は湍津鬼の覚醒に伴い消えます。それならと、貴方達が来るまでの間に新世界構想をここに完全再現させていただきました」

「…………あ、ありなんですかそれ」

「私は提唱者ですよ。その気になればいつでも再現は出来た。ただ……そうするべきではなかったというだけ。他の方々はそれぞれの家で休むようです。天宮君は…………如何しますか?」

「如何しますか、ってのはなんですかね」

「湍津鬼は貴方の妹を連れてとある場所へ向かいました。そこへ行くかどうか、という意味です。所謂、最後の対決ですね。貴方には、結末を決める権利がある」

 結末を決める権利?

 何を言っているかは分からないが、湍津鬼には俺に話したい事があるようだ。霖さんは同行しないらしく、芽々子が使っていた研究所の方へと歩いて行ってしまった。


 ―――決まってるだろ。


 一人暮らしとは、そう決めた時から全ての責任を一人で背負わなければならない。誰かに頼ったら意味がない。発端は―――この島のごたごたに俺は無関係だったかもしれないが、しかしこの島に俺が来たのは運命だった。それなら結末だって見届ける必要がある。

 船から飛び降りて浜に着地する。雨上がりにしてはサラサラと手ごたえがない。残った足跡が湍津鬼の物だと思う。辿るように横を歩いて、歩いて、気づけば島の反対側。岩壁のくぼみを生めるように積もった土の前で、怪異はそこに立っていた。

「お、おにいちゃん!」

「形恋!」

 訳も分からず連れていかれたのだろう。ぺたん座りで挙動不審になっていた妹が、俺の姿を見るや何度も砂に足を取られながらやってくる。少し屈んで体を抱きとめると、耳元でわんわん泣きだした。

「うええええええええええん! こわかっ、怖かったよおおおおおおお!」

「…………アイコ。こいつに何した?」

「何も。悪いな。お前に来てほしくてこんな手段を取った。何もする気はない。ここに私の身体が眠っている」

 彼女は左手を無造作に差し込んで土の山を崩していく。穴だらけの身体に土が混じる事も厭わず、掘り進める。そうして作業の続けられること数分。発掘された身体は、雀千三夜子その物だった。強いて言えば尻尾がない。

「…………私も勘違いしていた。私は本当に、エラーデータだった。ニンゲンへの罰だった。憎悪こそ私を形成した。死体を乗っ取った時に気づくべきだった。思えばあの時から、お前達への怒りや憎しみと言った感情は薄れた」

「……雀子が湍津鬼の心その物だったって言いたいのか? 確かに、違和感は色々あった。神異風計画の全容も明らかになったのに、アイツが結局何処に閉じ込められてたのかとかは分からなかったし」

「嘘を吐いたつもりはない。記憶の混同だ。あれには自分が湍津鬼という自覚がなかった。だが誰よりも心を担った存在故に、多すぎる過去に影響を受けてしまった。伊刀真紀のループだな」

「…………真紀さんが全部悪いみたいな言い方はやめてやれ。元はと言えば分かりづらいSOSを出したそっちが悪いんだからな」

「……ああ。分かっている。それを出したのは私ではなく、雀千三夜子であろう事もな。無意識だったかもしれないが。私は私だ。お前達を巻き込んで本当にすまないと、思った」

 妹は泣き疲れたのか段々と静かになってきた。だからって決して口を挟んだりはしない。俺達にとって大事な話だと理解しているからだろう。

「私はお前達が嫌いじゃない。この海の向こうが変わり果てた現実であるなら、私は目覚めずこのままお前達の暮らしを見守るのもいい、と思っている。話が違うからとあの提唱者は新世界構想を畳むかもしれないが、可能な範囲で私が再現し直そう」

「…………」

「一方で、ここに生きる限りお前達は死人だ。人生の尊厳を取り戻す為に再び生きるというのなら止めはしない。その時はさよならだ。名残惜しいな」

「……それ、本当に言ってるか? 目覚める事がお前の悲願だった筈だ。研究員を探し回ってまで、俺に、或いは他の住人の誰かに斬新なハニートラップを仕掛けてまで」

「―――私の心がお前と共に過ごした時間は、幸福だった。私が心の代わりを担えば雀千三夜子はまたお前と過ごせる。幸せを見せてくれ」


 頭を振って、言い返す。


「…………魅力的な提案だ。断る理由がない。だけど、俺がそれを選んだらお前は永遠に救われないよ」

「……」

「雀子だけを心なんて言うなよ。全部ひっくるめて雀子だし、湍津鬼なんだろ。お前はただ静かに眠りたかっただけなのに、人間がそれを踏み荒らした。最初に仕掛けたのはこっち側だ。だから……これ以上お前を眠らせたくない。一度起きて、今度こそ静かな場所で眠りについてほしい」

「ではどこでお前は生きる。居場所など、何処にもないというのに」

「ないなら作れるのが居場所だ。一人暮らしの時も、きっと何とかなると思って向かったんだ。水先案内人が居ないだけで、最初と何も変わらない」










「俺は芽々子との、家族との未来を歩むよ。人間として」









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