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家族

 写真で見るのと、大分イメージが違う。ポスターでは宣材写真という事もあってかかなり煌びやかな印象を受けたが、面と向かうとどうしてもそれより先に目元の隈に意識が行ってしまう。忙しすぎて殆ど眠れていないのかもしれないが、それにしても精神的に参っている。新聞で見た子供の頃の真紀さんも同じような目をしていた。

「晩御飯はもう食べた? まだなら私が作ってあげるから椅子に座って待っててくれる?」

「料理、出来るのか?」

「アイドルは自分のスタイルを維持するのも仕事だよ。自分の身体の事は自分が一番分かってるんだから責任持たないと。でも今回はおにいちゃんをおもてなしするだけだから、その辺りは何も考えないけど」

「…………ありがとう」

 妹の背中を追うように家の中へ入ると、両親の姿はなく、引っ越し直前の住居みたいに綺麗に片付いている。生活感がないと言い換えてもいい。だが冷蔵庫の中にはきちんと食材や調味料が入っているし、不思議な状況だ。

「お母さんは料理上手だった?」

「……極端に上手くも下手でもなかったと思う。ただ時間はかかってたな。俺に一人暮らしを認めない理由も、私が居なかったらご飯食べられないからなんて」

 エプロンを着けてこちらに背中を向ける彼女は至って普通の人間で、怪しむ所なんて何処にもない。なのにこの緊張感は何処から来るのだろう。社長の発言がここに来てノイズになっている。


『天宙ユメさんは…………敵に回すべきではないな。それが私の意見だ』


 敵に回すべきではないという言葉を気にするなというのは難しい。まだ普通の少女にしか見えないというのに。

「…………一つ聞いてもいいか? 俺とお前は……一回も会った事なかったよな。子供の頃病弱で、家よりも病院で暮らしてる事の方が多かった。それで、家に帰れるくらい身体が良くなったかと思えばお前はもう芸能界に行ってた。顔も知らなかったよ。ただその情報しか知らなくて……まあテレビはそもそもチャンネル切り替えるのにも親を頼らないといけなかったから、それが癪に障ってなかったら顔くらいは知ってたのかもしれないけど」

「回りくどいよおにいちゃん。言いたい事はちゃんと言わなきゃ」

「なんで……芸能界に行ったんだ? 単に憧れてたならそれでもいいんだ。ただ……お前を知らないから、話題がこれくらいしかなくて」

「…………えへへ」

 急に、笑われた。

「ううん、ごめん。何でもないの。ただおにいちゃんが私を知ろうとしてくれる事が嬉しくてね。何で芸能界に行ったかだったっけ。おにいちゃんと同じって言ったら信じてくれる?」

「へ?」

「お父さんとお母さんさ。私を誰かに依存しないと生きていけないような子にしようとしたんだ。私はそれを嫌がった。おにいちゃんが病院で暮らしてたから手出し出来なかったんだよ。お見舞いにはそんな頻繁に来てなかったでしょ」

 確かにその通りで、来るは来るのだが長居しようとしてきた事はなかった。だから家に帰ってきた時の過干渉も最初はその反動だと思っていたのだ。まさか俺が家に居ない間は妹がその対象に選ばれていたとは。依存させられるなら何でもいいのか。

 料理が出来たようで、一皿分を盛りつけて机の上に持ってくる。生姜焼きだ。母親の得意料理……だったと思う。かなりの頻度で作ってくれたから。

 妹は俺の食べる姿を見たいらしく、対面に座って頬杖を突いた。

「…………いただきます」

「うん、召し上がれ」

「…………そ、そんな凝視されても困るし、話の続きを頼む」

「孤立しかけたの。何処へ行くにもついて回るからみんな私から離れていった。おにいちゃんは一人暮らしをしようと頑張った道を選んだけど、私はアイドルの道を選んだの。テレビの人になれば離れられるって考えてね。それで応募したら、受かった」

「き、稀代の逸材だな」

「なったからってそれはゴールじゃないよ。ジュニアアイドルでも遊びじゃないからね。絶対に家には帰りたくないって揉めた事もあったし、揉める割には売れなかったし、十兵衛社長に見出されなかったらどうなってたんだろうね。枕とかしてたのかな」

 料理はとても美味しい。島の、そう。響希の家で食べてるようだ。少なくとも俺が自分で作るよりは遥かに美味しい。

「どうして拾われたんだ?」

「当時の売り方は電波な感じだったから、月宙社の宇宙関連のお仕事と結び付けようって流れだったかな。もう忘れちゃった」

「………………」

 話を聞いた。予め聞いていたり調べたような事も聞いた。聞いていて、結局何も見えてこない。もっと踏み込んで聞くべきだ。このまま普通の会話をしていたって彼女が俺の人生にどう関与したかちっとも見えてこないのだから。

「―――お前が俺の一人暮らしを手助けしたみたいな話、一体何処からそうなる?」

「両親との関係性は酷かったけど、代わりに月宙社の人と家族ぐるみの付き合いではあったんだ。十兵衛社長とか、その娘の芽々子さんとか。拾われたって言っても当時の月宙社はそりゃ企業としてはそれなりに大きかったけどだからって私にまで影響が及ぶ程じゃなかった。うーん…………これが正しいんだっけ。おにいちゃんが島でどんな事を経験したかは分からないけど、こういう言い方をすれば分かってくれるかな? ()()()()()()()()()()()()()



 ―――え?



 その言葉は。

 その、単語は。

「お前…………」

 妹は手首につけたシュシュを外すと、その奥にある無数の注射痕を見つけた。

「これ、なーんだ」

「……仮想性侵入藥……?」

「うん、せいかーい」

 注射の痕は俺にだってあったが、しかし仮想世界を脱出した事で現実の身体は綺麗さっぱり変わってしまった。今となっては注射の痕なんて俺の心の中にしかないのだが、それでも見れば分かる。

「新世界構想だっけ。十兵衛社長がその資料を持ってきて、会社の皆で再現させた技術の一つ。私はそれを試す事になった。イメージキャラクターだものね。最初、何が起きたか分からなかったよ。でも人間、慣れてくの。おにいちゃんは最初使った時取り乱した? それとも驚かなかった?」

「錯乱してた……うん」

「そうだよね。私もそうだったよ! 私はそれで、自分の過去を変えた。やり直しが出来るんだもん。最初の頃よりそりゃ上手くいくよねって感じ!」

「…………」

 やり直す。リスクがない。全て俺達が経験した事であり、芽々子が何より重視していたモノだ。やり直しが出来ないとなれば彼女は焦ったし、俺しか使用できない関係で危険に首を突っ込むのはいつも俺以外で。出ようとすれば『貴方が死んだらやり直せなくなる』の一点張り。

「ほら、お陰で人気アイドルだよ! だから過去なんて正直どうでもいいんだ。 お父さんもお母さんも、何かしてこようったってこの技術の前じゃ意味ないんだから」

「…………お前」

「どんなに失敗しても、どんな無茶な事をしてもやり直せばいつか上手く行く。そういう風に変えられるだけの情報が私にある。そうやってのし上がった。お父さんとお母さんから逃げたい一心で。私は籠の中の鳥になんてなりたくなかったから」

 途中から料理の味がしなくなったのは緊張からか…………或いは薬を使い続けた者として、その末路を語らずとも知っているからか。

「私はそれでよかったの。でも、でもね。おにいちゃん知ってる? 自分の好き勝手に過去を変えたりしたら誰かがしわ寄せを食らう事になるの」

「……俺が親に過干渉を受けてたのはそのせいだって言いたいのか? でも俺は、退院しただけだぞ」

「その退院が私のせいだって言ったら?」

「何?」

「おにいちゃんは、私の知る過去ならもっとずっと長い間病院に居続ける事になってたの。でも私が二人から逃げようとするから、いつの間にかおにいちゃん退院しちゃった。私のせいなの、おにいちゃんが追い詰められた原因は」

「………………俺が一人暮らしを望んだのはお前のせいだって言うのか?」






「私の知るおにいちゃんは、家族と一緒に過ごしたいっていう、甘えんぼさんだったもん」

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