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人は二つの扉を同時に潜れるか?

 白夢は生命力を対価にその機能を作動させる。それが具体的に何かは聞かなかったが、使っている内になんとなく分かってきた。『仮想性侵入藥』の原料が生後十年以上の死体が持つ本来あった人生の選択権なら、生命力もまた同様の概念なのではないだろうか。つまりは未来、寿命だ。響希によって失血死を完全に回避出来る状況であっても尚身体が保たなかったのはそれが理由だと思う。

 こうして移住前の身体に戻った今、リスクは完全に踏み倒されたと思いたいが実践したくもならない。あの時は体の感覚が殆ど吹き飛んで何も感じなかったから意志力だけでどうにか動けていただけで、今はとてもとてもそんな根性は。

 裏口にカードキーが当てられると、数秒の読み取りを経てロックを示す赤い光が緑色に切り替わった。

「裏口にロックって、緊急避難の時にどうするつもりなんですか?」

「会社がいつも合理的と思うな。必ず法令を遵守し、社員への配慮を最大限行える企業ばかりならこの世にブラック企業という単語は存在しない。建物だって同じだ」

 災害の時に素早く避難できる設計よりもセキュリティを優先したという事か。ともあれ裏口から無事に侵入。専用のエレベーターなどはないので階段をのぼって上を目指していく。

「ごめんねえ、一応聞きたいんだけど、これ罠って可能性はあるかな」

「罠? 私は湍津鬼に命を狙われていた立場だ。それに、カードキーはまだ有効だったが私の事を覚えているとも限らん。今更罠に嵌めようなんて難しいな」

「仮に罠でも困るのは後輩君一人だけどね。私達は単に身分がないだけだし」

「……薄情な先輩だな。私は彼にどんな時も味方だと言ったんだよ。身分があろうとなかろうと助けるさ。何があっても」

「あーそんなつもりはなかったんです。ただ榊馬さんの目線で考えた時、罠に嵌めようとするなら相応のメリットが必要じゃないですか。彼一人を嵌めたいだけならそもそも私達は同行させないし、同行させたところで私達には現実における身分がないから何をしても意味がないって、そういうね」

「もう罠でも何でもいいですよ。俺はこの状況について知りたいだけなんですから」

 長い長い階段を上り切って、やってきたのは最上階。俺達は何てことなかったが榊馬さんは年齢のせいもあってか息が上がっている。普段はエレベーターを使っていたのだろう、途中から足腰が震えていた。

「しゃ、社長はこの奥に居る……筈だ。社長なら…………はあ、教えてくれる、だろう」

「天宮君、気を付けてね。ここは気を許していい場所だとまだ決まった訳ではないのよ」

「分かってる。気を引き締めよう」

 黒幕の居る場所へ乗り込むつもりで身構え、いざ社長室の扉を開けん。



「……アポもなく誰が来たかと思えば、これはまた珍しい顔ぶれだな。連絡の途絶えたチームから生還者が出るとは」

 

 国津守十兵衛。白い長髪を後ろに流し、龍のような顎髭を貯えた老人はしゃがれた声で呟き、芽々子の方を一瞥する。

「…………オレの娘ではないな。人形だけが帰ってきたか」

「……その通りです。私は国津守芽々子と呼ばれていますが、実際はその少女時代を模した人形にすぎません。どうしてお分かりになられたのでしょうか」

「家庭の事情さ。オレは子育てに失敗した自覚がある。さて、榊馬仁。アポもなく、素性の知れぬ者を連れてきたのだ。報告願おうか。今すぐ、ここで」

 この人のしゃがれた声は、慣れていないと敵意か何かと誤解してしまいそうだ。威圧するような声……そんなつもりがなくても俺にはそう聞こえる。老木のような肌と強面に併せて、さながら悪の親玉だ。

「……神異風計画は失敗しました。島内に潜んでいた湍津鬼と呼ばれる怪異によって実験の最中、芽々子さんは殺され、その身体を乗っ取った湍津鬼が現実に戻るや私達を殺し始めたのです。ですがそこの伊刀真紀や天宮泰斗の活躍もあり我々はこうして無事に帰還しました。残る彼女達は島内の住人です」

「住人だと? ここは仮想世界ではないぞ」

「…………詳しい原因を究明する時間はありませんでしたが、島内では仮想と現実が入り混じり、仮想における変化が現実にも作用していました。彼らが出てこられたのはそのお陰です。証拠として私達が当時攫った伊刀真紀は仮想世界の中に居たにも拘らず成長しているでしょう」

「俺はその真紀さんに連れられて介世島に移住した現実の人間です。正しい時系列は良く分かりません。真紀さんは湍津鬼の力で同じ世界を無限に繰り返す状態に陥っていて、俺を連れてきた当初の目的は何とかそれを押し付けられないかってつもりだったみたいなので……」

 天宙ユメのお面を外して顔を見せると、社長は驚いたように目を見開き、椅子を大きく引いて仰け反る様子を代替した。

「………………! 成程、合点がいったな。通りで見つからぬ訳だ。不可知の孤島に閉じ込められていたのだ、いくら探しても見つからないのは当然だろう」

「十兵衛さん。俺はその理由を聞きに来たんです。何で俺を探してるんですか? 人探しってレベルじゃないですよね。もうなんか……異常だ。ありとあらゆる場所に俺の顔写真を張り付けて、一秒たりとも国民から意識を外させないみたいな……俺、何かしました? 凶悪犯罪でもしてなきゃここまで無茶苦茶やりませんよね」

「そうではない。ただ、それがウチをここまで大きくさせたアイドルの意向なんだ」

 視線が横にズレる。壁には大きく単独ライブの告知ポスターが貼られており、その主役は勿論ここまで散々名前を耳にしてきた天宙ユメ。非常に可愛らしい顔立ちをしている事は分かるが、顔を見たからって何か納得するような物もない。

 先輩が胸の下で腕を組み興味深そうにポスターを眺めているがそれは置いといて。

「その意向って何ですか?」

「一言では難しいな。話は……込み入っている。お前達と同じだ。オレにも正しい時系列という物が分からない。過去が複数あるのだ」

「……仮想性侵入藥」

「人形でも我が娘が関与しているなら、その薬とも浅からぬ縁があるだろう。そうだな、全くその通りだ。恐らくそうであろうとは思っている。だからありのままを言おう。天宮泰斗君」

「え? 俺ですか?」

 意外な指名に声がうわずる。この流れで俺に用事があるなんて事があるのか。




「君を介世島にと推薦したのも天宙ユメなんだ」




「…………へ?」

「よく考えてみたまえ。君は一人暮らしを認められ、指定の場所に向かったら誰かが待っていた筈だ。榊馬の話通りなら真紀が待っていたのか。それは通常の手続きではない」

「いや…………え? でも、俺はだって、一人暮らしを認められた時から何処で暮らそうか探して…………あれ?」

 記憶がハッキリしない。自信をもって明瞭な記憶は何故か両親が一人暮らしを認めて、指定の場所に向かったら真紀さんが待っていて、連れていかれた事。それ以外は曖昧だ。

 一人暮らしをする地域を探していた記憶もあるし。

 自分から介世島の移住者募集のチラシを見た記憶もあるし。

 そもそもその過程がなく、何故か真紀さんの所へ向かった記憶もある。

「後輩君。一つ聞くね。天宙ユメって子。もしかして貴方の家族だったりしない?」

「家族? 家族なら顔くらい覚えてるでし…………」


 妹。


 芸能活動に忙しく家に帰ってこない妹がいる。その話は過去の真紀さんにしか話していないけど。

「……………………いやいや! 妹の名前は違いますから! てか先輩、どうしてそんな突飛な発想を」

「目元の感じが君と似てるなって思ってね。垂れ目な感じ?」

「天宙ユメは芸名だ。彼女の本名は天宮形恋あまみやかれん。正真正銘、君の妹だとも」

 俺の妹が、俺を島に推薦?

 

 じゃあ両親が脈絡もなくある日突然一人暮らしを認めたのも妹の指示?


 天宙ユメは月宙社のイメージキャラクターで、実地調査にも赴いている。湍津鬼について知っている可能性があるとすれば彼女だけという話だったが、もし知っていたなら。知った上で、俺を送り出したなら。

 俺は偶然巻き込まれたんじゃなくて、全くの無関係でもなくて。







 全て、妹の掌の上で起きた出来事だったというのか。



 

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