愛したかった 愛されたかった
「夜にバーベキューなんて、あの日を思い出すな」
「やめなさいよそういうの。記憶にある訳じゃないけど、あれのせいで私はアンタ達の戦いに巻き込まれたんだからね」
甲板に足を運ぶと芽々子を除いた全員がお祭り騒ぎに浮かれてあちこち動き回っている。食材はともかく何処でセットを手に入れたのだろう。この客船が常備していたとするなら全くご機嫌な船旅だったに違いない。
最初に俺が声を掛けたのは響希だったが、実はそれよりも早く三姫先輩に見つかり、幾らか肉串を貰った。大分前から参加していたような顔つきに見えるなら、その方が説明も省けるし楽だ。
「最悪な日だったよな。全くあんなのは二度とごめんだ」
「そりゃそうよ! 私だってもうぜえったいに巻き込まれたくないんだから!」
鉄板の上で肉の焼ける音がしている。岩戸先輩が率先して焼いて、俺達後輩はそれを貰うだけだ。榊馬さんは年齢を言い訳にあまり肉は食べず、野菜ばかり食べていた。
「…………こうして解決したから言える事だけど、楽しかったなって」
「……あの島は、娯楽が少ないもんね。結果論と言われたらそれまでだけど、人生で一番刺激的だったのは間違いないわね。私はごめんだけど。楽しくても死んだら意味ないし、途中から私ってば血液だったのよ?」
「ああ、そういえばその能力、今も使えるのか?」
俺や真紀さんは現実出身の人間なので時間が巻き戻るくらいで済んだが、島の住人は元が死人なので現実に出てきた場合の想定が出来ない。あの能力のお陰で俺や真紀さんは一命を取り留めていたのだが、やはり本人は良い気がしないのか顔をしかめながら肩で軽く押してきた。
「消えてたら私はもっと喜んでるってば。そりゃ、アンタからしたら役に立ったでしょうけど、私は発動してる時いつも最悪なんだから消えてくれるならその方がいいわ。向こうと話したいの? だったら我慢してほしいんだけど」
「そ、そこまで拒絶するか……まあ、思い返せば確かに碌な思い出はなさそうだな。殺されてずっと俺の体内に居たか真紀さんの体内に居たかの違いだ」
「一体何が面白くて友達の身体の中で必死に動いてなきゃいけないのよ……せめて条件が変わればなあ。芽々子ちゃんみたいに人形だったらこんな困らなかったのに」
「は? ………………ああ。ああー」
「うん、察して」
しかし条件は変わらないだろう。浸渉は人間にそう都合よく出来ていない。そこまでこちらに合わせてくれるようなら芽々子だってっもっと当てにしていた筈だ。真紀さんに聞けば過去のループの中でどんな浸渉能力があったか教えてくれるだろうか。
「ところで芽々子ちゃんの事知らない? 部屋に様子観に行ったんだけど居なくて」
「あ、あー。さ、さあな? 俺は部屋でゴロゴロ休んでただけだし。うん、全然、全然知らない」
「そう。でもよく考えたらあの子人形だから食べられないし、来る意味がないって思ったのかもね。わざわざ探す程の用事もなくて、単に少し話したかっただけだし休ませておきましょうか。朝になったら本土についてるのかしらね」
「それは、俺も謎なんだよな。こっちに来た時は寝ちゃったから二日三日もかかったりはしないと思うけど」
「一晩経てば嫌でも着くさ」
話を横で聞いていたであろう榊馬さんがネギを噛みながら口を挟んできた。
「私達も調べてはいないが、この島と本土は時間で繋がっている。船を操縦していようがいまいが、この島に着く頃には何処かで意識が途切れてしまい、気づけば到着しているんだ。逆も然り、寝てしまえば勝手に到着する」
「へえ。じゃあ真紀さんに連れてこられた時の俺は正しかったのか」
「それはいい。それよりも私は、伊刀真紀の発言が引っかかっている。確かに私が死亡扱いで既に居場所がない可能性はあるんだ。そうなったら、私もめでたく君達の仲間入りだ。死亡扱いで戸籍にそのような記載がされた場合はどうすればいいやら……今から不安で一杯だ。全く、船酔いしないのがせめてもの救いだな」
「釣りでもして落ち着きましょうよ榊馬さん。今から不安になってもどうにもなりませんよ。アンタもそう思うでしょ?」
「……いや、私は暫くここで考え事をしているよ。色々考えていたい人間なんだ。頭を空っぽにする方が辛い。大体、釣りは先客がいるからな」
「え? ……ああ、三姫先輩ですか」
「下の階の通路に陣取って釣りをしていたぞ。そこの網で焼かれてる魚も彼女が釣ったものだろう、邪魔をする気にはならないな」
「先輩。俺に肉渡しておいて一人だけ離脱なんてずるいじゃないですか!」
「後輩君。じゃあ一緒に釣りでもする? 私はそれでもいいよ」
上の喧騒から離れて一人でのんびりしようなんて、流石は生粋の人間嫌いだ。今や生身となった俺も例外ではなく、近づくだけでも手が震えている事が分かるが、先輩はもう何も言わない。断りを入れて隣に座ると、また水平線に視線と竿を投げてのんびりと寛ぎ始める。
「この後の事、何か展望はありますか?」
「なーんにも。元々死人だったから、難しく考える事なんてないし。強いて言えば君とのデート場所について考えるくらいだけど、そもそも本土について全く知らないから、これもボツ」
「それは……俺が頑張ります。先輩を楽しませる事が出来たらいいんですけど」
「あの島は娯楽が少なかったし、何処へ行かされても私は楽しめるよ。自慢じゃないけどね? そういう君の方には展望が?」
アイコとの約束を守れるかどうかって所で止まってます。何にもないですよ。殆ど勢い任せっていうか、その場その場で何とかしようって気でいます」
「それも悪くなさそう。先の事を考えるって面倒よね、後々を憂うなら今の内にやりたい事をやっておいた方がいい事もあるし。でも私は元々死人だから、最初から死んだ状態でこれから何をして生きるか考える必要があって…………はぁ~進路相談、ちゃんと受けとけば良かったかな」
誤魔化すように肩をすくめて先輩がリールを巻く。種類は分からないがまた魚が釣れた。小さい魚だが、網の上に広げるには十分なサイズだ。
―――不安だよな。
誰しも不安を抱えて本土に向かっている。全てが望まぬまま終わるかもしれない。アイコは肉体を見つけられず、榊馬さんは家を失い、先輩や響希達は身の振り方が思いつかず、俺は…………また無能になる為の人生に逆戻り、とか。根拠はないが、きっとそんな事にはならない。
……強がりなのは自分でも思う。じゃなきゃ芽々子の所在を誤魔化すような必要には迫られない。口で言いたくないだけで、芽々子も俺も不安だったのだ。
「ね、暫く釣りに付き合ってよ。ほんのちょっとだけでいいから」
「いいですけど、釣りとかやった事もなければ竿もないし、ちょっと肉とか魚とか貰って来ましょうかね。後輩として、精々先輩の暇つぶしになってあげましょう」
「おー。優しい後輩を持って先輩は幸せだなあ。これからの人生、何があるか分からないけどさ。これからも私とちょくちょく遊んでよ。この関係性くらいは大事にしていきたいし、変わらないで欲しいな」
「それは……喜んで。でも岩戸先輩がやいやい言ってきそうですけどね」
「そんなのいつもと変わらないよ、気にしないの。あっちだって私の交友に口挟むより生き方考えるべきなんだからね」
その後は暫く、三姫先輩と静かな時間を過ごした―――。