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奇跡の証明

 互いの心臓が重なる。否、心臓があるのは俺だけだ。一つの心臓が一体化し、気持ちが通じ合ったように共鳴する。


 感動の再会という程でもないし、雰囲気が台無しなんてふざけた事を言っている場合でもない。

 早い所情報共有をするべきだ。頭では分かっていた。だから俺だけでも努めて冷静であろうと思った。それで向こうから『死体詐欺』だの『悲しんで損した』だの弄られたら付き合ってやろうなんて、上から目線。様々なパターンを頭の中で考えた。もう悩ましいから、いっそ会いに行くのをやめようかとも思った。

 こういうのはとても恥ずかしい。あんなに死にかけの身体だったのに、現実で目覚めたらピンピンしている。これが恥ずかしいと言わずして何と言おう。まるであの怪我が茶番だったみたいだ。俺が助かっているのはアイコの気が変わったからであり、あのまま倒れていたら殺されていたという事だ。だからもし死を引き金に現実に戻れていたのだとしても、無事生き延びられたとすればこのタイミングしかない。

 とはいえそんな事情は知った事ではなく、彼女達からすれば突然俺が回復したように見える。それをどう言い訳するか。いや、言い訳なんて必要ないのか―――


 諸々全ての思惑が、飛び込んできた芽々子を受け止めて吹き飛んだ。


「……………………」

「馬鹿。あほ。間抜け。馬鹿。死んじゃったかと思って心配した私が馬鹿だった。元気なら、言ってよ」

 冷たい身体、冷たい口調。だけどその心は誰よりも暖かく、優しく、世話焼きな一面が無愛想すら愛嬌に見せてしまう。クラスの密かな人気者。俺の知る国津守芽々子が胸の中に抱かれている。

「…………ごめん」

「……許さない」

 芽々子は髪を束ねていたヘアゴムに手をかけて、一息に解く。長い髪が胸の中でふわりと広がって彼女の表情を隠した。

「……泰斗君~。いちゃつくのは分かるけどさぁ、そういう状況でもないんだしそろそろ……いいよね、口を挟んで~」

 横やりを受けた芽々子は慌てて顔を上げて露骨に距離を取った。落ち着かないのかせわしなく髪を掻き上げている。人間だったなら、照れていたりしたのだろうか。

「いやあしかし、芽々子ちゃんとは本当にそっくりだね本物は。でも何で年齢はそっくりにしなかったの~?」

「この体の年齢は二八歳だ。高校生としての役目を持たせるには老いている……らしい。記憶の話だ」

「…………発育って劇的なんだ。この子とそっちじゃ体型がかなり違うし、悩みの共有は私の方が出来そうね」

「俺はもう一人の自分なんてのは懲り懲りだぜ! なーにしてんだよもう一人の俺はさ、変なレッテル貼られる事になって苦労したんだぞぉ!?」

 真紀さんを皮切りに仮想世界から移動した人間が次々に言いたい事を言っている。元々が死人であった先輩達も移動出来ているのは……仮想と現実が再度混ざり合ったお陰だろうか。

「響希、何で黙ってるんだ?」

「いや、言いたい事全部言われたっていうか…………そ、そんなのどうでもいいじゃない! 現実に移動出来たって実感が湧かなくてなんとも言い難いだけよっ」

「……まあ、それは俺もそうだったな。ていうかそろそろ説明しよう。最初から―――頑張って説明するな?」


・アイコ―――湍津鬼とは和解し、彼女の身体を探す事になった

・手がかりを知っているのは本土に居るユメという女性だけっぽい?


 焦点を絞って説明すれば、意外と難しい事はない。霖さんが居てくれたらきっと補足してくれたとは思いつつ、居ない人は居ない。当てにするのは間違っている。

「何か聞きたい事はあるか? 俺も全部知ってる訳じゃないけど」

「おう、じゃあ俺から質問だぜ後輩。この島が……そいつが眠ってる間だけ出る島なら、船は片道切符になるんじゃねえか?」

「へ? 体の手がかりを見つけたら戻るんだから帰りますよ」

「そうじゃねえ! その後、島が消えんだろ? そしたら結局船で本土に戻るしかねえじゃねえか。俺らは死人だ、行く当てがねえ。どうすりゃいい?」



「私の自宅を貸そう」



 遅れて背後の装置から現れたのは、榊馬さんだった。一瞬アイコが和解を反故にして暴走するかと身構えたが、まるで興味を失っている様子。

「すまない。その湍津鬼が私を殺さないと確証出来るまで姿を現したくなかった。月宙社には社宅が用意されているから、居候する分には自由にしてくれ。それより君達が気にするべきは戸籍関係だ。死人に戸籍など与えられていない、まして君達は……何年も前の死人がオリジナルなのだからな。社長に掛け合ってみるか……いや、そもそも」

「そもそも時間が経ちすぎているんじゃないかな?」

 真紀さんが珍しく割り込み、すぐに自分の身体を指さした。

「私は伊刀真紀。年端も行かぬ頃にこの島へ連れてこられ、御覧の通りお姉さんになってしまった。時間が全く経っていないなんて疑わしいね。適当に周囲を見ただけで悪いけど、近くに歳月を示す物が何もない。これは何で?」

「仮想世界構築には必要な事だったから」

「真紀さんが居なくなったのは俺が島に来る三年前ですよ。そういえば研究所の何処を探してもカレンダーとかなかったな。パソコンにも時間だけがあって……まあ、検索すれば分かりますよ。改めて調べればいいだけです。ネットが生きてるので」

 例えば今日が何年何月何日か、なんて調べなくても大抵は分かるが、調べるとちゃんと教えてくれるのがインターネットのいい所だ。普段はあまりに無意味で時間の無駄な検索も、時にはとても有意義になる。

「そうじゃない。何年過ぎたかは正直問題じゃないんだ。ただ、私達の知らない間にどれだけ過ぎたかによって問題もあるだろ。月宙社は榊馬さんの想像通りの業態のままなのか、とか。考えてもみなよ。榊馬さんが生き残ってるのにこの島は救援もなくアイコが暴れたまま。一人暮らしに送り出した筈の人間が……仮に三年として、三年行方不明。時間が経ってないとするならこの状況はおかしいだろ? 泰斗君の両親は彼の事が心配じゃないのかな?」

 

 ―――確かにそうだ。


 両親は俺の事を放任していたんじゃない。むしろ過干渉で、干渉を跳ね除けようと極力何もしないでいたら無能になってしまったから独立を志した。何の気まぐれか一人暮らしを許してくれたというだけで、決して放任主義に変わった訳ではない。

「浦島太郎状態って事ね。それはこの場に居る誰もが同じ状態だけど、帰るところがある天宮君が一番辛いかしら」

「…………や、それはそうだが、俺らが気にするべきは榊馬のおっさんの社宅だろ。死んだ扱いで引き払われてたら当てに出来ねえんだからな。なあ、やっぱ身体探さないでこの島を維持してもらった方がいいんじゃねえか? そうしたら一応ここが故郷って事でさ―――」

「それは駄目ですよ、岩戸先輩。約束が違います。アイコは目覚めたいんです。というか元々眠ってただけで、それを手前勝手な都合でああしようこうしようなんて最低です。俺達に帰る場所がないのと、アイコが人間と関わりたくない話は全く別の話だから、そこを繋げるのはやめてください」

「……………そうだな。私も、約束は破りたくない」

 アイコはツンとした様子を崩さずそっぽを向き、外に続く廊下へ飛び出した。俺達も後へ続くよう促し、芽々子の隣に並ぶ。

「船を敢えて残してある。生き残りが居れば飛びつくと思い、餌として残した。客船だ。スーツの人間が多く乗っていた。誰か操縦出来るか?」

「私がしようじゃないか。タイムリープを抜け出す為に何でもやったと言っただろ? 操縦くらいは出来るよ。アイコには聞きたい事も沢山あるし」





















「待ってください。天宮泰斗君」

「え?」

 全員が船に乗り込み、残るは俺と芽々子だけとなった。船に乗り込む前に用事があったのだ。俺達の出会いと絆を語るにはきっても切り離せない白と黒の鞄。それらを取りに寄り道をしていた。

 本土とはいえ見知らぬ世界になっている可能性があるなら護身用の武器があるに越した事はない。砂浜に寄せられた船が遠くに見える。階段を下りて正に向かう所だったのに、後ろから声がかかって足を止められてしまった。

「……貴方は」

「霖さん?」

「はい。ああ、こちらに来ないでください。姿を見られたら消えてしまいますから」

 閉じた入り口を挟んで会話……何だろう。この人とは面と向かって話すよりも間接的に話した回数が多すぎて違和感がない。この方が自然まである。

「どうかしましたか?」

「私は現実に存在しません。なので本土に戻る場合、これ以上の手助けをする事は不可能です。そこで出航の前に伝えたい事が」

「なんですか? ……芽々子も聞いて大丈夫ですよね」

「大した話ではなく。時間制限などはお気になさらず暫しの帰還を楽しんでくださいというだけです。私はこの島に残り、まだ生きている資料からどうにか湍津鬼の本体を探し出してみましょう。手がかりもなく帰還した時、もしかしたら私が見つけているかもしれません。私が協力する理由については、言わなくても大丈夫ですよね」

 新世界構想を、これ以上使わせない為?

 答えを聞くのは野暮だろう。芽々子も納得している。

「何から何まで、有難うございました」

「私も…………私からもお礼を言わせてください。貴方が居なければ私は……天宮君を死なせる所だった」








「その私はここから先、無能です。彼が困ったら、今度こそ貴方が彼を助けてあげてください。話はそれだけです。良い旅を」

 

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