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夢負う君に、目覚めの言葉を

 取引は成立し、アイコこと湍津鬼と和解した。霖さんがこっちの事情を把握していたらすんなり話も進むだろうが、そう単純に行くとも思わない。和解したから結果的に問題となっただけで、引き続き殺す気があったなら仮想と現実を断絶させるのは正解の行動である。

 俺の方はというと、湍津鬼の身体が眠る場所を探さないといけない。仮想世界ではアイコと戦う為に制御部門と情報部門のみで事足りたが、他にも交渉部門と調査部門がある。曰く交渉部門は対外に向けた調整を行う部門であり本格的に始動するのは実証実験が終わった後だったらしい。その実験を直接壊した当人がそう言うなら、向かうべきは調査部門。新世界構想の再現に舵を切ってからは実験場として相応しい土地を探したり、データを回収しに行く怪異を事前に調べたりとやる事は多岐に渡っていたようだ。アイコから聞いた限りだと殆ど雑用部門であり、他にも入社した社員の経歴調査や会社の知名度調査、イメージキャラクターの選任などもここの仕事に入る。

 どうも元々は部門ではなく課として別々に存在したようだが、新世界構想の実験場としてこの島へ社員を派遣する際に統合されたようだ。だからこんな、雑用部門になっている。新世界構想の再現に必要なのは怪異の情報を保管する情報部門と仮想世界の維持に関わる制御部門のみ。他は何でもいいと言わんばかりの配分は、社長とやらの意気ごみを感じる。

 仮想世界で怪異と戦ってきて、俺はその技術をたっぷり味わってきた。だから社長の熱意の向け方が間違っているとは思わない。仮想世界は現実の延長だった。ただ仮想という名前がついていただけの現実。現実からの干渉はほぼなく、あそこで起きた尋常ならざる現象の半分くらいは新世界構想に関連する技術だ。

 霖さんが完成に手を貸さないのも分かる。

 社長が熱意を注いだのも分かる。

 この技術が完全に再現されたら文字通りの新世界が訪れそうだと思った。それが俺の感想になる。


 ―――派手に壊してくれやがったな?


 仮想世界と違って調査部門までは所内を経由して移動出来るようだ。外から入ろうと思ったらまず断崖を上る必要があるとの事。これは調査部門に限った話ではなく全ての部門に移動出来る(仮想世界で独立しているのは問題が起こった時の責任を明確にする為だったようだ)ので、必要があれば別の場所へ向かおう。

「はぁ、血なまぐさいな、全く」

 血飛沫のかかって随分黒くなった壁と、多くの白骨化した死体の数々は悲劇が起きてから相当な時間が経った事が察せる。真紀さんがループしながら年を取っていた事からも分かっていたが、時間は確かに経過している。どれくらいかはアイコにも分からない(というよりアイコにとっては意味がない)らしい。

 

 ―――両親は俺を心配してくれてるのかな。


 突然一人暮らしを認めるようになった事については未だに釈然としないが、ともかく真っ当な手続きがあった訳ではない。捜索願なんて出されてたら……嬉しい? どうだろう。いざそれを見てみないと自分の感情も把握出来ない。両親の事は好きじゃないが、何もかも悲観的に捉える程絶望している訳でもないのだ。

 調査部門の扉を潜ると、こちらも例外なく荒らし回られている。書類も機器も破壊されているがそれが目的ではないから、まだ生き残っている物も多くある。湍津鬼については誰も知らなくてもこの島についてなら調査しているかもしれない。報告書を探そう。

「……………………これ、か?」

 介世島という名称ではないが、『地図に記載されていない島について』という報告書がまとめられてファイル棚の隅に差し込まれている。アイコの身体が眠っている間だけ出ている島なら、そう言われていたとしても自然な話。予想に反する事はなく、当たっていた。

 誰にも秘密が漏れないように調べるのは苦心した筈だ。航空写真や付近の海域を映したあらゆる映像媒体を調べてもこの島は見当たらず、カメラで撮影しようとしても映らない事から、この島は存在しない島として結論付けられて上に報告されたようだ。上陸は出来るし、歩けるし、建物もおけるが、映らない。噂を集めてもこの島に関連のありそうな噂もない事から、結論としてこの島は『噂のない怪異島』と名付けられ報告されたようだ。実験場としては最適だとの追伸も添えて。

 島の名前が後付けなのは分かったが、これでは駄目だ。湍津鬼について何の情報も得られない。着目すべきは実験場としての適性報告が追伸である事。実地調査があった筈だ。安全性とか、他に人がいないのかとか。

「…………?」

 他の書類や無事なパソコンを当たってみたが、誰が追伸を書いたのかハッキリしない。なんだか妙だ。こればかりは探すよりも統括責任者の身体を持つアイコに聞いた方が早いだろう。その身体が真実を知っている筈だ。

 内線で情報部門の方に掛けると、ワンコールの終わらない内に出てくれた。


『何?』


「記憶があったらでいいんだけど、この島に実地調査が入ってる筈なんだ。誰が行ったか、身体が覚えてたりしないか。統括責任者なんだろ」


『…………記憶にない。けど実地調査に際して薬の使用を認めた記憶がある。仮想性侵入藥は誰彼構わず使用を許された薬じゃない。厳重に保管されてた。取り出したなら絶対に履歴が残ってるから待って。私が観に行く』


 向こうから電話を切られ、俺も受話器を置く事になった。これが分からない事には話が進まないが―――数分後、今度は向こうから内線電話がかかってくる。


「もしもし」


『分かった。名前は天宙アマソラユメ。研究員じゃなくて、月宙社のイメージキャラクターみたい』


「イメージキャラクター? 外部の人間って事か? もしくは広報担当の人間が表に出てるとか?」


『私に聞かないで。じゃ』




















 天宙ユメ。活動を始めておよそ数年の間に大人気アイドルまで上り詰めた稀代の天才、カリスマの愛嬌。駆け出しだった頃は電波系アイドルとして活動していたがそこを月宙社に見込まれイメージキャラクターとしてスカウト。当初の彼女は芸能人とは名ばかりの無名であったが、就任してからその才能は開花。月宙社の発展と共に彼女もまた栄華の道を駆け抜け、今や歌手、ドラマ、声優、映画など多岐に渡る活躍を見せるようになった。かつての電波系の名残として手首にシュシュをつけている。男性ファンの愛称はナイト。女性ファンの愛称はメア。

「…………」

 ネットの力も借りて色々調べた結果、それくらいしか分からなかった。普通の人間だ。これだけ見ると社長に先見の明があったというくらいの感想しか抱けないが。

 難癖レベルの違和感でいいなら、たかだか中学二年生程度のアイドルに日本中が熱狂しているなんておかしいというくらい。俺は勿論こんな人間を知らない。活動時期からして知っていても良さそう……と言いたいが、よくよく考えたらテレビのリモコンは親が占拠していた。チャンネルを変えたかったら自分達に頼めなんて言って……リモコンも押せない無能だと思われていたのか? ともかく、親の裁量次第なら俺が知らないのも…………無理はない。学校ではどうだったかと言われると、ゲームの話ばかりしていたから単に聞き逃していても不思議はない。

「…………何で、この子にさせたんだ」

 謎は深まるばかりだ。隠したかったならPRのつもりもなかっただろうし、本当に良く分からない。また内線をかけた。


『何』


「お前が殺した中にこのユメって子はいたのか? 末端の研究員っぽかった榊馬さんまで追い回したんだし、知らないとか覚えてないって答えは聞きたくないんだけど」


『殺してない。女性研究員はそもそも少なかった。それがどうかしたの』


「実験場として最適だってこの島を勧めたっぽいのはこのユメって子なんだ。で、薬の許可を芽々子が出した。肝心のお前については芽々子も含めて誰も存在を知らなかった。色々要素を見てるとさ、唯一お前の事を知ってそうなのはこの子な気がする。でも、島に居なかったんだろ。じゃあ本島……本土に帰らないと」


『…………要するに私に同行しろって事か。じゃあ先にお前の仲間をこっちに連れ出す』


「もう出来たのか!?」


『お前が仮想世界の移動に使った装置は覚えてる? そっちで合流する。きて』


「……待った。榊馬さんから聞いた限りの話だとこっちから向こうの世界をモニター出来るよな。向こうで俺が死んでるなら、やっぱり皆悲しんでるのか? その、なんか顔を合わせにくいんだが。大して時間も経ってないのに再会の挨拶なんて」


『さあ。お前たちの事情なんて知らない。直接来ればいい。じゃ』

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