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我の身体は何処に在る

 身体が雀子だからって、容赦をするつもりはなかった。知人の身体を乗っ取る事で視覚的に手出ししにくくし、手加減を引き出す算段だったのかもしれないが、もう俺は迷わない。

「………ぁ……があ……ぁ」

 血液と化した響希を体内に取り入れた時に感じた。人格の移動した血液はそのもたらす機能全ての権限が彼女の思い通りであると。心臓が止まると人間が死ぬ理由は、それで血流が止まると脳に酸素が送れなくなるからだ。酸素が送れなくなると脳細胞が死ぬ。人工呼吸器は代わりに酸素を送る事で脳が死んでも体を活かし続ける技術であり、それが脳死状態と呼ばれている。血液に人格が宿るとは、それら死に至る過程に裁量を与えられるという意味だ。たとえ心臓を破壊されても血液の循環は止まらない。響希がそうしてくれる限りは。血管が切れても関係ない。操縦者が別にいるから。

 だがこれだけ太い尻尾に胴体を貫かれると、失血云々より臓器の損壊が一大事だ。痛みの限界なんてものはとっくにぶち抜いて、ショック死寸前のところを踏み止まっている。

「天宮君!」

「…………」

 黒焦げになった雀子の身体は、今度こそ俺が吹き飛ばした。尻尾がどんなに強固でもそれを取り付けられた人間までが同じ強度とは限らない。分かっている。分かっていた。だからこのタイミングしかなかった。攻撃に転じたタイミング、確実に俺を殺す一撃に対して、道連れ覚悟の一撃。

 響希がいれば生者でもゾンビのような生命力を獲得出来る。『仮想性侵入藥』を使う前の真紀さんが死ななかったのも納得だ。だがどんな状況にも例外はある。度重なる『白夢』の使用が身体の生命機能を劣化させた。本来耐えられたとしてもこれは…………無理だ。

 俺の生命力が途切れる事を予期したように、『白夢』もまた元の形に戻っている。


 潮時だ。


「…………私が生きたんだ。きっと大丈夫だと思ったんだが……」

「勝手に決めつけないで! 天宮君はまだ生きてるの!」

「そうだぜ! 後輩はまだ死んでない! 何か手立てはある筈だろ!」

 皆、俺を殺すまいと必死にどうにかしようとしてくれている。でも駄目だ。無理なんだ。響希が駄目ならどうしようもない。三姫先輩だけがそれを理解したように目線の高さを合わせて手を握ってくれている。生身に戻った身体は彼女に恐怖を誘発させるが、歯噛みしてでも抑え込もうとする意思は伝わった。

 尻尾がゆっくりと引き抜かれ、芽々子の膝に横たえられる。これは、ああ。悪くない景色だ。

「貴方のせいで私は最悪な気分よ! 大切な友達が死にかけてる時に涙一つ流せない! こんな代わり映えのしない顔で貴方を見送りたくない! ねえ、お願い。まだ死なないで。お願い………………神様…………」

 神頼み、なんて珍しい。あの芽々子が、現実でもない世界から救済を望んでいる。やり直せばいい、リスクは望まない、出来るだけ自分たちの力だけで打開していたような人間が……。

「おい、霖は何処だ? アイツなら何か手段を持ってる筈だ。提唱者だろうが!」

「そっちにも霖がいたのか。でも彼女はいつだって神出鬼没だ。出会う時は大抵一方通行。探せないよ。案外、時間稼ぎの際に死んだかもしれないし」

「……いい。これ、でいい、んだ」

 残された時間も、喋れる猶予も少ない。自分の為に戦ったなら、最期まで自分勝手に喋ろう。

「……逃げられたの、に。俺、は。戦っ、た。ざま、み、ろ……………………ばーゕ」

 温もりだけが残った手で中指を立てたつもりだ。思い通りになんて動きたくない。囚われたくない。ただそれだけの為に戦った。皆を助けられなかったというのは少し違うが、助かるには俺抜きで動いてもらう必要がある。俺の命はここまで。でも、もう危険分子はあるまい。霖さんが居れば後は全員どうにかなるだろう。雀子は……ああ、無理だったか。

 犠牲も払わずハッピーエンドなんて、虫の良すぎる話だ、俺一人死んでそれが罷り通るなら万々歳、別にいい。一人暮らしとは、いつだって自己責任の伴う生き方だ。結果自分が死んだとしてもそれもまた自己責任。俺が選んだ生き方だ。永く生きる事だけが良い生き方なんて誰が決めた。自分のやりたい事をやるのも人生だろう。

 意識が


  遠のいて

    

    いく

       。
















「…………起きなさい」

「………………」

「起きろ、アマミヤタイト。()()()()()()()()()()

 その言葉を引き金に意識は引っ張られ、視界が明瞭になっていく。最初に手で触ったのは胴体に空いた筈の大穴だが、何もない。続いて声のする方向を見遣ると、国津守芽々子が苦々しい表情を浮かべて立っていた。関節の継ぎ目はない。人間だ。

「…………アイコ、だっけ」

「そう。今はこの体の持ち主だからどっちの名前で呼んでもいい。お前のせいで私の復讐は終わった…………負けを認める。私の、負けを」

「殆ど、相打ちだったと思うけど……?」

 そこまで言って、周囲の景色がおかしい事に気が付いた。ここは医務室だ、それも情報部門の。違いがあるとすればそこかしこに死体がぶつけられ血塗れである事と、備品が沢山破壊されてまともに機能はしていなさそうという事。俺がこんな所で眠っている道理はない。

「……ここは?」

「現実の世界。お前があの鞄で私を消した時、混ざっていた仮想と現実が完全に分断された。仮想のお前は死んだけど、現実のお前は生きている。現実から仮想に気づかず移動してしまったお前だからこそ、今更存在が二分された」

「………………そう、か。で、お前は俺を殺しに来たと」

「仮にお前を殺しても私には榊馬を殺す手段がない。あの世界は完全に独立し、新規に作成された管理者アカウントで掌握されたから諦めた。復讐が出来ないなら、方向性を変えるのもいい。代わりにお願いに来た」

 話が見えてこない。ベッドを試しに降りてみたが本当に体は負傷していないようだ。アイコの発言が正しいならこの体の状態は介世島に入る前……つまり真紀さんに連れてこられる前かその道中くらいで止まっている。それなら元気一杯なのも納得だ。

 アイコに促されてついていく。仮想世界で散々走り回ったお陰で見知った地形のように歩けている。だが出口を通ると、見知らぬ景色が広がっていた。

 鳥居もなければ階段もなく、校舎に続く長い地下洞窟もない。あるのは破壊された船と仮設住宅の数々。商店街もなければ総合ストアもない。デザインに無頓着な無地の住宅が、その残骸を残して倒れているのみだ。

「我の身体は何処に在る」

「……その言葉。いや、分かってはいたんだけど。お前はあの白無垢の怪異なのか」

「然り。ここは……我の眠りの地だ。アイコという名前でさえ真実ではない。我の真名は『湍津鬼』と云ふ。この島は……我が眠っている間にのみ現れる島なのだ」

「アイコってのは、じゃあ勘違いか?」

「……私は湍津鬼にありて湍津鬼に非ず。私こそ不敬にもこの地に足を踏み入れた人に対する者への罰だ。仮想世界の中で奴を、国津守芽々子を乗っ取った。知っているかもしれないが、私のデータは内部に無かった。それは私が勝手に侵入したエラーデータだったからだ」

「……気持ちよく眠ってる時に踏み荒らされたから攻撃したって事だよな。怪異の癖にデータだなんだ詳しいけど……ま、それは本物の記憶って奴か」

 人形の芽々子だって似たような状況だったのだ。本体が出来ない道理はないだろう。

「ん? でも変じゃないか? それでどうやったら自分の身体なんか見失うんだよ」

「お前と同じだ。気づかない内に意識だけが仮想世界に行ってしまった。奴を乗っ取れば記憶から体を探せると思った。目覚めればこの島は消え、不敬な輩の荒らした足跡も消える。そう思ったが、記憶になかった。奴らは私の存在も知らずにここを実験場にしたのだ」

「まあ……榊馬さんの話を聞いた限りだけど、湍津鬼なんて言葉は出てこなかったしな……いや、でも妙だな。確かこの島はお前が今乗っ取ってる芽々子が見つけてる筈だ。研究員が知らないのはともかく、本人が知らないのか。じゃあお前も巻き込まれただけって事になるな」

「最早鬱憤晴らしもままならず、身体を探す事も出来なくなった。出来る限りは協力する。アマミヤタイト。私が最初に頼った女は気が狂って随分早く当てに出来なくなったが、お前はその女が連れてきた無関係の人間だ。今は怒りを収め、この通りお願いする。身体を探してくれないか」

「…………タダでか?」

「何?」

「お前が目覚めたら島が消えるんだろ。俺は海に放り出されて死ぬじゃないか。タダ働きを拒否する俺を殺してもお前は身体を見つけられない。この条件だとどちらも損だ。条件がある。本物の芽々子の頭脳を使ってもう一回向こうの世界と道を作ってくれ。何をしても最終的に海に放り出される未来が決まってるなら……皆と一緒がいいよ、俺は」

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