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万雷の静寂を与えよう

「こんばんは。いやこんにちはか。もう一回殺したんだ、死人がでしゃばるってくれるなよ。なあ!」

 先陣を切ったのは真紀さんだ。戦闘経験もそうだが『白夢』は形態変化をしないといけない都合上タイムラグが存在する。ただ抜刀すればいいだけの彼女と比べればどうしても危険だ。露払いではないが、周りの数を減らしてもらった方が良い。

 『薬』によって部位群の不意打ちを回避した事で真紀さんは怪我一つ負わず合流した形になる。どうもあの状態は現在を捉えたまま過去に手を出せるようで……普通に薬を打った時と比べるとかなり介入範囲と細かい制動が効きやすくなったと言える。戻ってこられたのは薬を打ったからか、それとも片目を喪ったからか。

 もし目を喪ったお陰なら次同じことをすれば喪えるモノがなくて詰みだ。いずれにしてもここで決着をつけないといけない。

 『白夢』がずっと駆動しっぱなしだ。電源を切る方法なんて俺は知らない。死ぬまで戦い続けるか、最初から生き延びる事を諦めるか。二つに一つの選択肢に端から退路は用意されていない。

 カチャン、ガコン、ギギギギギギ。

 儀礼剣の形に変化する。真紀さんの剣戟から漏れてバットを片手に襲い掛かってきた住人に―――目を瞑って一撃を振るう。能力を使わないという選択肢はない。行使する度に俺の身体から活力が抜けていくのを感じる。それでも止まらない。止まる訳にはいかない。

「……ごめんなさい」

 布を裂くようにあっさりと胴体を切り離し、響希の父親を両断。その剣閃上に存在した住人もろとも……虫食いにする。

『泣女橋の怪魚』。能力は強制捕食。

 それこそ魚群が通過したような勢いで住人の身体は削がれていき、終いには跡形もなくなる。ただ一人の例外もなく、消え去った。

 真紀さんと違って俺には技術がない。兵器運用される予定だった怪異の能力を行使する事でしか勝ち目がないのだが、突然片目の視界を喪うと平衡感覚も崩れやすい。次の一撃を振るおうと踏み込んだ瞬間、転んでしまう。

「動かないで!」

 ごぉんと、激しい殴打音。芽々子が『黒夢』の角で住人の顔を殴り飛ばし、俺の首根っこを掴んで無理やり持ち上げた。

「天宮君、失明についてもう少し重く捉えた方がいいわよ。奥行きも分からないでしょ」

「…………そうだな。でも、やるしかない」

 側方から真紀さんが蹴り飛ばした住人が飛び込んでくる。芽々子は何度も鞄で顔を叩き潰し、深いため息を吐いた。

「殺すのって、面倒」

「分かるよ。真紀さんがおかしいだけだ」

 『白夢』を手槍に切り替えて『ジェットババア』の能力を発動。自分の足とは思えない速さで傀儡の中心に飛び込み速度でなぎ倒していく。獲得した能力の中では珍しく、使用者を怪異化させるようだ。

 名前の言えないその怪異、本体を叩けば話が早いが。

 何か違いはあるのだろうか。霖さんの当初の見立て通り、鞄の能力をフルに使えば凌ぐ事は可能かもしれないが、やはり負担は軽いに越した事などないのだ。このままでは真紀さんの助力があっても死んでしまう。

「全員殺していかないと無理だぞ!」

 まるで思考を読んだみたいに真紀さんが声を荒げる。

「なんですか!」

「あの怪異は本来の身体を見せられない限り干渉下にある死体全てを本物として扱える! 私が以前のループで皆殺しをしたのは気が狂ったからじゃない! 全員殺して、最後の一人になるまで殺せばそのまま奴を殺せるからだ! まあ、私の近くにいる死体に移る事はないと思うけど、楽をしようと思うのはやめろ!」

 槍で腹部を貫き、状態を維持したまま急加速。槍の続く限り串刺しにしながら周囲の住人を吹き飛ばし、最後に槍の中で連なった彼らを蹴っ飛ばす。反動で後ろに仰け反った刹那、背中に叩きつけられる衝撃。

 「ぐぉ…………」

 投石だ。近くの石を投げつけられた。二人の声が遠く聞こえる。『白夢』がすかさず杖に変形してくれるが、それで立っているのがやっとのくらい。頭の湿り気は、出血か。振り返ったのも良くなかった。二度目の投石が顔に直撃し、今度こそ地面に倒れこんだからだ。

 

 ―――ああ、くそ。


 やり直せないのに、人間の身体はこんなに脆い。『白夢』が自動で迎撃してくれるなんて都合の良い話もあるまい。体の内側が燃えるように熱い。頭の中は震えるほど寒い。思考が乱されていく。記憶も消えていく。

 後もう少し、なのに。






「私の! 大切な後輩に! 何をしてるの!」

 






 拡声器から広がる轟音に途切れかけていた意識が一度繋がる。復活した視界にはこの仮想世界にはいない筈の三姫先輩が立っていた。拡声器で今、まさに俺の顔を踏み潰そうとした住人を殴りつける様子をぼんやり見つめているだけだったが、突然、視界の外から体を持ち上げられ強引に立たされる。やってる事は芽々子と同じだが腕力が違った。

「よう後輩。待たせたな」

「……先輩、達」

「どうしてここに、なんて言わないで。私達は元々死人、不死身でしょ。向こうと条件は五分。違いは君の味方か、敵か」

「天宮君、その人は」

「貴方が彼の仲間ね。細かい事は一旦気にしないで、霖って人が送り出してくれたの。真紀って人が皆殺しした事で座標を特定した、みたいな? 分かんないけど」

「そういう経緯なんてのは終わった後で説明すりゃいいだろ三姫! 誰かを助けるのにぐちぐちいう必要はねえ! それも後輩だ、猶更要らねえよ!」

「…………それもそうね」

「………………ああ。それも、そうだな。先輩、今一度、協力お願いします」

 鞄に戻っていた『白夢』が再び変形を始める。持つのもやっとだなんて、そんな格好悪い事は言わない。まともな学生ではなくなってしまったが、それでも先輩の前でくらいは……背伸びさせてほしい。



「―――後少しで、俺達の勝ちなんですから!」




















  幾ら人口の少ない島と言っても百人以上は十分大勢だ。それも全員、怪異の依り代として全く使い物にならない程破壊しないといけないならば尚の事。『白夢』の能力を使えば簡単に条件は達成出来るが俺だけだ。ここまで十個の能力を発動させたが、現在は全て燃料切れ。押し返せてはいるが俺達も洞窟の中には入れず、膠着状態に入っていた。

「げほ、ごほ、ぐ……」

「天宮君、大丈夫?」

「大丈夫だったら……はあ。良かったな。悪い。左側から喋ってくれ。右は聞こえにくい」

 生命力を吸われるとは、単に血液の吸収と思われたが実際に体が壊れていくようだ。肺も心なしか取り込める空気が減っている。呼吸をしているのに息が整ってくる気配がない。

「……このままだと保たないわね」

「…………いや、そんな事はない。俺がこの鞄の能力を使いこなせてないだけだ。対応する能力はある」

 あるだけだ。『白夢』は生命力を吸っているので死人である先輩達や人形の芽々子には使用出来ない。真紀さんは使えるが、あれだけ動けるならこんな長期戦に不向きな武器より刀一本で戦った方が抗える。


 俺しか、居ないのだ。


 あの怪異が住人をけしかけている理由は単に物量で潰したいだけじゃない。『黒夢』対策だろう。アンチ怪異とも呼ぶべき性能の鞄を封じ込めたかったら単なる人間を使えばそれだけで十分。だが『白夢』の存在は知らなかったのか具体的な対策が取られていない。


 チャカン。カチャン。キン。


 こんな呪いの装備を対策しようなんて方がおかしい? それもそうかもしれない。生き残ろうというつもりがある人間はこんな鞄に頼らない。


 ガコン。


 『白夢』が楔の形に変わる。

「…………能力は、異界転送」

 該当怪異(かみさま)は『常邪美命トコヤミノミコト』。

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 足元に楔を突き刺すと、迸る光の筋が住人の大群を縫って奥へと突き進む。燃料が続く限り、この命が尽きぬ限り。

「はああああああああああああああああああああああああああああ!」

 俺の身体を包むように光の柱が立ち上がる。光に触れた住人達が次々と意識を失い倒れていく。倒れた傍から体が粒子となって崩れ、光の中に呑み込まれる。それは先輩達も例外じゃない。真紀さんが避難させなければ余波を浴びていただろう。

 恐らく、それはきっと、有機物である限り作用する。芽々子だけが最後まで俺を支えるように背中を抑えてくれていた。

「…………は、はは。ははは、凄いな、この能力、は。最初から、これを、使えば良かったかな」

「何を……したの?」

「範囲を知ってたら……最初に使ってたよ。この……ポンコツ、鞄、が。実弾を知らなきゃまともに運用出来ないなんて……『黒夢』が作られるのも納得、だ」

「天宮君? 貴方、ねえ。ちょっと」

 肩を揺さぶられる。表情が変わらなくたって俺を心配している事くらい分かった。笑顔の一つでも見せてやれば安心してくれる筈だ。

「住人…………全員、消したよ。中に、密集してたからな。良かった。もっと、全方位、居たら。先輩達もまとめて消してた。あ、あ。俺は、大丈夫だ。はは。大丈夫、だろ」

「貴方、耳が…………気づいてないの! ねえ、ねえってば!」

「なん、だよ。心配性、だ、な。俺は、だいじょ―――」

 芽々子の全身が突如真っ赤に染まった光景を、一見でどうして理解出来ようか。俺の身体から痛覚がなくなっている事と、耳が聞こえなくなっている事に気づいたのはその時だった。


 背後から貫く、巨大な尻尾。蠍のように膨らんだ鋭利で堅牢な。


「ぐぶ―――」

 腹部に突き刺さった尻尾が持ち上げられ、身体が軽々と宙に浮かされる。重力でますます尻尾は深く刺さり万が一にも抜ける幸運には与れない。


 ああ、そうか。






 後ろの方に、まだ死体は残っていた。


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