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現実を知る

 仮想性侵入薬。それは過去と未来に介入する事で自分が存在する現実を改竄する技術。その触れ込みだが、 ここが仮想世界なので使い方は単なる仮想世界の移動と確認、及びそのデータの改竄に留まっている。ただ薬を継続的に使用した俺に代償はきちんと溜まっているようで、既に二度と打たないつもりでいた。

「う、打つ?」

「打つ。え? 仮想性侵入薬は打った事あるわよね。えっと、あれ。記憶が……変? えっとね、仮想性侵入薬ってのは」

「説明はいいんだよ。ただ俺はもう二度と使わないって……それに、記憶が正しければ生後何年かの人間が必要なんだろ。材料がない。あっても……一時間で作れるのか?」

「十分あれば作れる。死体については貴方が片付けた相手が丁度死体の塊だったわね」

「……た、確かに。いや、じゃあ早くしないと消化されるぞ!」

 躊躇っている暇はない。無機物は食欲のままに肉を貪るが、その後は消化する。消化器官なんて何処にもないが、とにかく肉が少なくなる。早くしないと素材がなくなってしまうかもしれない。

「ああもう、地下三階ってふざけてるな!」

「鞄の機能を使えば直通で行けるとおもうけど」

「俺の寿命? 生命力? よくわからないけど、使うんだろ。ならこんな事には使いたくない」

 燃料が俺の命なら、やはり尽きた時にやり直しが出来ない。使い所は慎重であるべきだ。不用意な決断をしても誰かが助けてくれる訳じゃない。

 目的の廊下に到着すると、『白夢』が駆動音と共に大槌の形に切り替わる。腰を僅かに下げて重心を意識、力一杯足元を叩くと、床と壁が反転し、原型の残っていた肉が一斉に飛び出してきた。


『不忍池の鏡』。その能力は鏡に映った場所と映らない場所の反転。元々の噂がどんなかは知らないが、武器に転用すると一定範囲を反転させるようだ。

「これだけあれば作れるわ。……そっちは大丈夫?」

「まだ何も感じないけど……ああいや、たまに頭痛はするけどそれは別に『白夢』とは無関係だしな。俺はいいんだ。で、どうやって作るんだ……」

 なんて疑問を浮かべた自分が恥ずかしい。百聞は一見にしかずと言うが、本当にその通りだ。目の前で肉を拾い集めて手当たり次第に『黒夢』の中へと放り込まれている。芽々子は平気だろうが、俺はいくら死体に慣れたと言っても手掴みであんな無造作には触りたくない。鞄をスコップの形に切り替えて手伝うつもりだったが、それはそれで違う能力を使ってしまうようだ。

「それって、怪異に対する特効武器を作る以外に使い道があったんだな」

「まあ、人工知能はその為にあるから。他のレシピも設定さえしていれば作れるの。問題は作る時間がまちまちで、後は待つしかないって事」

 芽々子は廊下の適当な場所に座り込むと、鞄を足に置いて体育座りをした。俺も隣に座り、薬の完成をただ待つ。

「……薬を使った場合、俺はなんか色々大変な事になるみたいな話を聞いたよ。大丈夫、じゃないよな」

「今までの使い方とは違って閉所もパソコンも用意しない。貴方にはこのまま打ってもらう。そうしたら……貴方は現実に戻るか、もしくはその狭間に行ってしまうか。いずれにしても博打ね。だから私は打たせたくなかった」

「本体からそう言われてたのか?」

「さあ、ね」

「隠し事をまたするのか?」

「……大した事じゃない、でしょ。私は人形だけど言葉にしたくない気持ちもあるの」

 股の下で稼働していた『黒夢』から報告があったのだろうか。サイドポケットから空の注射器を取り出すと中に入れて、見慣れた液体で容器を満たした。

「どうなるか分からないけど、この薬が私達の始まりだったわね。謝罪なんてしてもしきれないけど、ごめんなさいね。貴方の四肢を切り離したりして」

「謝罪なんて今更だ。そんな事はいい。薬を……打ってくれ」

「え? 自分で打ってもいいのに」



「自分で打つと、痛いんだよ。下手だからさ」


 

 おどけるように手を振って、笑いかける。芽々子の表情は変わらない。それでいい。心の中だけでも笑ってくれたらいいと思う。

「……実は強がってたんだ今まで。注射って痛いんだな」

「…………へんなの。でもそこまで言われたら引き受けましょう。幸運を祈るわね」

 芽々子が真正面に移動して、首筋に注射器を構える。

「…………」

 ぷすっと首筋を小さく貫く痛み。視界が明瞭なまま服用するのは初めてだ。どんな変化が現れるか、楽しみと言いたいが単純に怖い。視界が、淀んでいく。景色はまるで水のよう。中に手を入れかき回したような歪みが生じる。脳を揺さぶる船酔い染みた不快感は大脳と直結し、思考と感情がぐちゃぐちゃに入り乱れてこの感覚が誰の物かさえ曖昧になってくる。


 ―――う。


「あ…………ぐ」

 平衡感覚が崩れる、とはちょっと違う。体のバランスを保っているのが自分ではないかのように離れていく。意識の権限がどんどん奪われ、離れていく。立ち上がろうとして倒れ、芽々子に抱きとめられる。

「天宮」  「 君!」


「め、」め「こ」 これは「一体」なんだ「何が」「起きてる俺はどうなって」る。



 

 
















「…………俺は何処に居る?」

 目を一度瞬く度に映る景色が変わる。自分が何処に居るかをさっぱり把握出来ない。薬の副作用か左瞼は開閉に応じなくなってしまったからこそ分かった事実だ。左側の視界にはまだ芽々子が映っている。

「…………移動、してないの?」

「いや、なんか右側の視界が……そっちは、俺の左目どうなってる? 俺は、瞼が動かない」

「瞳孔が開き切っているわ。これ、保護した方が良い? このままだと目が汚れるわよ」

「体は……どうもそっち側を動かせないみたいだ。左目だけカメラみたいに動かせるくらい。悪いけど、俺を医務室に頼む。こ、ここを探さないと」

「何だか苦しそうだけど、大丈夫、何が起きてるの?」



 俺の身体に何が起きてるかって?



 それを言う気にはならない。状況を整理する冷静さがあるのもこの奇妙な感覚のせいだ。研究所にある体の支配権がない。感覚だけが置き去りにされている。俺が動かせる体は何処ぞへと飛んだ『こちら』の体だけであり、その体は粉砕機に爪先からかけられ粉々になっていた。

 目の前には、柳木が佇んでいる。

「わ、悪い! お前の事は殺したくないんだけど、こ、こうするしか手がないんだ! じゃないと響希が納得しない……から」

「会話はどっちに向けて喋ればいいんだ?」

「私には聞こえてる」

「何を言ってんだ! い、命乞いなら聞かないぞ!」

 

 両方に聞こえているらしい。


「…………柳木。響希の事は頼んだからな」

「は?」

「……俺の代わりにやってくれたら、それが一番嬉しかったりするよ」

 

 瞬きをすると、景色が変わる。


「アンタが悪いのよ…………アンタなんて、大嫌い。部外者なんて大嫌い!」

 響希が涙を湛えて俺の胴体を突き刺している。何度も何度も何度も何度も。痛いとは感じない。苦しさもない。目には事実だけが映り、感情は明後日の方向を彷徨っている。

「俺が憎いか?」

「憎い! 憎い憎い憎い! お父さんを殺したのは何で! 殺さないでって私言ったわよね!」

「…………ごめん」

「今更謝るな! 謝るくらいなら殺すな! この、クソ野郎!」

 

 瞬きをすると、景色が変わる。


 家の中で雀子が首を吊って俺を待っていた。体を見れば殆どが蠍に変化しており、机の書き置きには汚い字で『ころしたくないごめん』と書き残されていた。部屋中が荒らされているが、のたうち回って部屋中を破壊した尻尾ももう動かない。

「…………これが真紀さんの言う、失敗した世界って事かな」

「そっちはどういう状況?」

「さあ、良く分かんねえよ。ただあれだな。仮想世界としてのステータスに基づくなら、俺は全然主役になれない存在だったみたいだ。何か一つ違うだけでこんな嫌われたり、酷い光景を目の当たりにするんだな」

 

 何度も切り替える。何度も何度も何度も何度も。意味を考える前に繰り返す。猶予は一時間しかない。そしてアクセスキーの作成には二時間かかる。ここに存在する怪異の情報さえ分かれば『黒夢』が何とかできるのだ。残り一時間を稼ぐ方法、どうする。


 斬殺。圧殺。破裂、刺殺。ベッドで寝てたら突然首を飛ばされた事もあれば、海に引きずり込まれて溺れ死んだ時もある。無機物に食われ彼らの食欲を満たしたかと思えば、身体に機械部品を詰め込まれ化け物扱いを受け討伐された時もある。不思議なのは何度繰り返しても感情が見つからない事だ。見たままの光景を語って、それだけ。何も感じない。

「芽々子。症状緩和ってもう無意味か?」

「……心拍も時々完全に止まる異常な挙動を繰り返してるわ。緩和なんてしても……」

「そうか。じゃあ探そう。有効な手掛かりを」

 数えきれないほどの選択と、失敗と、死と、それから空虚。何の感慨もなく味わい続けた先に広がっていたのは海で、ここは船の中。それが『過去』だと知るのに大した時間はかからない。『こちら』の服装は家から着てきた物で、今となっては思い出の品だから。

「おや、緊張しているのかな~。ふふっふ」

「真紀さん…………これ、島に向かってますか?」




「おかしなことを聞くな~。お姉さんは君のお迎えに来たんだって話、してなかったっけ? ほら、一人暮らしをしたいって‥…君が言ったんだ。寝ぼけてるの?」

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