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無知で無垢で無辜

 拘束するべきと分かっている。人形である芽々子は本体からの信号を受けて生き残りを殺す為の実働部隊であり、間違っても悲劇に見舞われた少女ではないし、事情を知らない仮想空間の人間でもない。

 そうと頭が分かっているのに動かなかった。体が言う事を聞かなかったのだ。誰かが縛ったんじゃない、俺が拒んだ。もう二度と俺の知る芽々子が動く事はないと思っていたから。

「…………………」

 久しぶり。違う。そこまで期間は空いていない。

 何で動いてるんだ? 開幕の一言として不適切だ。

 驚いた。驚いたけど、今から言うのはわざとらしい。

「…………お」

「お?」

「…………………おう」

 仲間じゃないとか助けてもらったとか親切だったとか隠し事ばかりしていたとか。様々な感情をひっくるめた結果、捻りだせた言葉がそれだった。自分でも馬鹿なんじゃないかと思う。散々言葉を吟味しておいて結局はこれかと。実際にするまではああだこうだと言えるのにするとなったら浅いも深いもなく微妙な事しか言えない。

 芽々子もこんな酷い一言には呆れたように目を細めている。恥ずかしいから、この出会いはなかった事にしたい。

「…………ふ、何を言うべきか迷ったのね。私は随分と迷惑をかけたから、もっと罵ってくれても良かったのに」

「お、あ、そ、そうか? でもお前は、見捨てられたんじゃ。本体からの信号を、打ち切られて動けなくなって……」

「ええ、その通り。貴方にとってみれば私はずっと騙してきた存在になる。その事すらバレた今となっては……本来、こうして目の前に姿を現す事すらいけない事なのかもしれない」

 霖さんは喋らない。これは俺達二人の問題と言わんばかりに、放送は静まり返っている。彼女が間に入ってくれたらどれだけやり取りは楽だっただろう。伝書鳩ではないが、細かい事情は一旦置いといて二人で協力するという体裁を取れた。それが許されていない。

 芽々子は鞄を椅子に置くと、両手を広げて俺に一歩近づく。

「今度こそ、誓える。胸を張って貴方の味方になれる。信じられないなら今ここで私を破壊してくれて構わない。『黒夢』は好きに使って頂戴」

「…………何で、そんな事が言える?」

「何故か分からないけど、私は貴方の部屋で再び目覚めた。本来有り得ない事よ。もう私に向けられた指示は一つとしてなく、指示がないなら記憶もない。私には今、何もない。残ってるのは…………貴方が私にこの指輪をくれたあの瞬間だけ」

 『仮想性侵入藥』を服用してから度々見えた幻覚。それらはもう見える事がない。芽々子に表情があるように見える? 全く気のせい、もしくは本体による記憶の攪乱でしかなかった。俺の知る国津守芽々子には表情がない。それでいい。たとえ顔が動かなくても、彼女が思い出を大切にしてくれた事は伝わった。

「所詮、私は都合の良い手足でしかなかった。本体が求める仕事をする為の、その最低限の記憶しか渡されないような末端。だからこの世界の事は何も知らないし、貴方を助ける方法も分からない。それでも、力になりたいと思った。貴方よりも世間知らずになってしまったけど……それでも私にはこの黒鉄の鞄がある。お願い、貴方を手伝わせて。私に貴方を助けさせて。見返りも条件も必要ない。貴方に私を使ってほしいの」

「…………芽々子」

 俺って奴は、全く疑り深くなれない。結果的に騙されていたのだとしても、そこに至るまでの時間は本物で、大切で、築いた関係は偽りにならないと信じている。

「―――俺にはもう、頼れる人が居ない。真紀さんは見ての通りで、響希は血になってて、雀子は感電死した。霖さんが表に姿を表せないなら、一人で戦わないといけないと思ってた。この『白夢』を使って、命を削ってでも」

「…………うん」

「今度こそ、信じていいんだな?」

「かつて貴方が当てにした物は全て失ってしまったけれど…………貴方となら『奇跡』は起こせる。その言葉に嘘はないわ」

「…………分かった」

 手を差し出して、握手を求める。頼れる味方は一人でも多い方がいい。裏切られる事はないだろう。恐らく芽々子を再起動させたのは霖さんだ。使い道の喪われた道具を再利用した形になる―――言い方は悪いが、今の芽々子なら疑う必要なんてないと思った。

 人形の手が握手を受け入れ、固く結ばれる。紆余曲折、当時の流れとは大きくかけ離れてしまったものの、俺達はまた本来の協力関係に戻った。

「……それで、私は何をすればいいの? 貴方と話し合えばいいとは言われたけど、今の状況は?」

「さっきまで俺は両手足の部位だけで構成された死体の波と戦ってた。それは遠隔操作だ。監視カメラを使って俺達を見つけて、そこから操作してるもんだと思ってる。見つけて叩きのめそう。自分が安全な場所に居ると思ったら大間違いだってのを分からせてやらないとな!」


『それがいいと思います。幸い、研究所の外に出れば私が対応出来るでしょう。得体のしれない私と戦うよりはずっと勝算がある……それに、貴方を殺す理由も十分ですから』


「え?」


『生き残りの研究員を皆殺しにしたいという事なら、貴方を殺してデータを取得し、向こうの仮想世界の座標を特定して移動するのが確実です。直接身を乗り出さずに済むような方法も止められれば、最早直接出向いて貴方を見つけるしかない。榊馬さんを殺すにはそれしか方法がない、とも言いますね。気を付けて下さい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 霖さんの手口はいつも巧妙だ。この放送が所内全体に聞こえている事を前提に、相手にも方針を与えるような情報を的確に与えてくる。知っていても知らなくても関係ない。ここで、それが唯一の方法であると明示する事が大事。霖さんについて何処まで知っているかは分からないが、『新世界構想』について深い造詣があると分かっているならその情報を疑う余地はない。建前は、一応俺達に向かって情報共有する形を取っているのだから。


『私は念のために外を探しています。天宮泰斗君、貴方は頼れる味方と一緒に犯人を見つけ出し、撃破してください。条件は同じです。犯人を倒せれば……次に繋がります』

 

 そう言い切って、放送は途絶える。ここまで見透かしたような物言いながら一人では解決できないというくらいだ。物理的に戦う力がないのか、それとも干渉出来ないのか。何にしても相手からすれば居所も分からないような霖さんから先に叩くのは非現実的である。俺達は彼女の思惑通り狙われる。

「……何をすればいい?」

「実は結構前から思ってたんだけど、こういう時に『黒夢』の人工知能に意見を聞けたりはしないのか?」

「……確かに。でも私にしか音声は聞こえないわ。指向性の音声だから」

「お前が聞こえるなら十分だろ。今は意見が欲しい。どう思う?」

 黒鉄の鞄が縦に割けた目を開き、ぎょろっと俺を見つめる。

「…………相手も怪異の力を駆使してくるならこの世界にどんな怪異が居るかを調べたい、ですって」

「確かに、白も黒も怪異を分析する機械だしな。相手の事を知っておいて損はなさそうだ。ついてきてくれ。情報を知るならいい場所がある」

 医務室はロックをかけておいた。真紀さんは生きているが、あんな状態で襲撃されたらひとたまりもない。響希のお陰で免れているのは失血死だけで、体を木っ端微塵に破壊されたり窒息させられたら何の意味もない。

「…………凄い駆動音ね。ここからでも音が聞こえる」

「俺も手に入れて時間経ってないから使い方もあんまり分かってないけど、俺の意思を読み取ってるのかな。『くらがりさん』の能力が奥に引っ込んだ感じがする。まあ命を捧げてるならそれくらい便利でもいいか。使いすぎれば死ぬけど、出し惜しみしても死ぬんだ。あんまり深く考えない方が良い」

「大丈夫、そんな事にはならないわ。私が守るもの。今度はこの命に代えても……人形にはそんなものなかったわね」

「何言ってんだ。俺にとってはお前が本物の芽々子だよ。ややこしいから便宜上あっちを本物にしてるけど……俺が友達になったのは向こうじゃない。お前なんだ」

 戻ってきたのは最初に俺達が襲われた部屋だ。ここには怪異を兵器運用した場合の詳細な評価が記録されている。先程まで無造作に転がっていた筈の肉片は綺麗さっぱりいなくなったものの、荒らした痕だけは隠せなかった。そして案の定、というか俺達が襲われる前からだが怪異の破片は持ち去られている。

 画面に近づくまでもない。液晶には罅が入り、装置の背後からは煙が上がっていた。

「…………壊されてる。アクセスできなくなったぞ!」

「相手も用意周到ね。でもデータ自体がなくなった訳じゃない筈よ。直接取得してみましょう。セキュリティ・クリアランスは覚えてる?」

「……ごめん。見てないや。こんな事になるとは思わずに」

「大丈夫。記憶はなくても推測は出来るわ。いずれにしても相当する権限を持ったパソコンを見つけないと…………」

「そういう権限ってパソコン自体にくっついてるのか?」

「そうじゃないけど、貴方の話を聞く限りだと死体はまるっと回収されているわ。アクセスキーの発見は望めそうにないから、一からアクセスキーを作る必要がある。その為のパソコンよ。闇雲に走り回っても仕方ないしまずはこの階の全体図が欲しいわね。何処かにあるかしら?」















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