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親愛なる貴方はニンゲン

 部位の大群は叫び声を上げたりなんかしない。発声器官がわざわざ分離している事などないからだ。それでも今の光景を見て苦しい声を聴かなかったと言えば嘘になる。

 ロックをかけていた扉がひとりでに開いたかと思うと、中へ侵入せんと押し寄せる部位の波を両断。血飛沫が部屋全体に飛び散り、それでも残った一部の部位が俺に向かって襲い掛かってくる。

「あっちへ、行け!」

 鞄をフルスイング、残った部位達を壁に叩きつけると、俺が込めた力以上に部位は爆発四散。金属光沢のある白い壁に濁った血液が急速に吸い込まれていく。

「…………くらがりさん!」


『そう。無機物に食欲を与える能力。食欲を与えられた無機物は肉に対して物理的な法則を無視した殺傷能力を抱く。外では壁や床に面した部位群がやすりにかけられたように血塗れになっているでしょう。ここで逃がすのは悪手です。仕留めて下さい!』


「分かりました!」

 排熱ではないと思うが、『白夢』から凄まじい駆動音がしている。『黒夢』と違って人工知能はついていないのか、黙ったままで何も説明をしてくれないが―――今は、頼れるオペレーターが居る。

 ロックを解除して廊下に飛び出すと、あんなに綺麗だった廊下は一瞬にして血みどろの空間へと変貌していた。この先に進めば地獄に続いている、そう思わせるには十分な、血の塗装。無機物に食い散らかされた影響か部位群は最初に見た時の半分以下に縮小しており、遠隔操作の賜物か正に撤退を選んでいる所だった。

「逃がすかよ!」


『足で追っても引き離されます。他の能力を試してみてください』


「他の能力って、俺はあのぬいぐるみ以外持ってませんよ!」


『……対怪異特殊分析機構は仮想間で同一データを保持します。彼女が一体何の為に向こうで怪異の破片を回収していたと思いますか?』


 …………!

 そうだとすれば、俺は知っている。今まで散々見てきて、驚愕してきたではないか。直に対峙した事もあれば、そのデータを、能力を、殺傷能力を、範囲を。


 ガシャ、ガコ、チャコン。


 鞄という形態が内蔵された歯車によって組み変わっていく。喋る鞄とはいかないが、俺の意思を汲み取れるようだ。それなら逃げる部位群を仕留める手順も一手で十分。ダクトに逃げようと、排水溝に逃げようと、二手に分かれようと関係ない。

「俺は、もう逃げない! そこで首を洗って待ってろお前! お前に言ってるんだぞ、()()()()()()()()()()()()()!」

 杖という形に変わった『白夢』を床に叩きつけて金属音を反響させる。すると逃げていた部位群がぴたりと動きを止め、こちらへと引きずられるように戻ってくる。

 『三つ顔の濡れ男』の能力、血液汚染。相手が腐敗している肉だからこそ効力は絶対的な物へと変わる。

「みんな、仮想の中でも生きてるんだ! 真紀さんも俺も、たとえ世界が仮初めでも人生を生きようとしたんだ! お前にとっては都合の良い道具や舞台装置だったんだろうけど、研究者を殺したって俺が居る! 俺は、お前なんかに殺されない! お前のやりたい事にはもう付き合わないし、お前の計画も全部無茶苦茶にぶっ壊してやる! 仮想世界だからって何でも思い通りになると思うな、全部お前の筋書き通りに動くと思うな! 人を! 人間を! 舐めてんじゃねえぞ怪異!」

 体内に残留した血液は邪魔をする肉体を躊躇なく破壊。一滴も余すところなく排出されては壁や床に吸い込まれていく。血液を喪った部位群は純粋な肉のみとなってもまだ遠隔操作を続けられるようだが、自身の血の反逆に抗っている内に食べ尽くされているのがオチだった。

 杖に変わった『白夢』が元の鞄へと再変形する頃には、死体の波は粗方食べ尽くされ、凪の様相を呈していた。そこには血の一滴も見当たらない。最初から何もなかったように、真っ白だった。

「…………倒し、た」


『完膚なきまでに倒しましたね。と言っても他の階で行動している個体はまだ残っていますが対処は同じです。仮に攻撃されても問題なく対処出来るでしょう。それでは戻ってきてください。一刀斎真紀の所へ』


「……真紀さん、大丈夫なんですか?」


『貴方がそれを入手しに向かっている間、手術させてもらいました。これも完璧には程遠い訳ですが、様子を見に来てください。道中、質問を受け付けましょう』


 気になる事があるだろう、といわんばかりの言い方だ。真紀さんの安否が気になる所ではあるが、襲撃者を撃退した直後は気持ちも一段落している。何から機構か。

「そもそも対怪異特殊分析機構ってどういう仕組みなんですか?」


『白夢は怪異の成分を基に自身で燃料を作成し、内蔵されたカートリッジに充填する事でその能力を使用します。欠点があるとすれば能力に耐えうる構造に変化するタイムラグと、カートリッジに充填された燃料が切れれば能力は以降使えなくなるという事です。黒夢はその欠点を改善した次世代モデルといった所でしょうか。人工知能を搭載する事で情報収集能力を獲得させ、変形ではなく内部で生成という形をとる事でタイムラグを解決しました。まあ……生成する時間という別の欠点は生まれましたが』


「く、詳しいですね。霖さんが製作者って訳でもないのに」


『新世界構想の提唱者が傍に居るなら、それくらい見れば分かりますよ』


 階段を上がって通路を経由し、また階段を上る。全く不便な構造を逆走して一階に戻ってくる頃には体力もすっかり限界を迎えていた。元々無茶な移動をしていたのに加えて、今はこの『白夢』もある。体感で三十キロはある鞄を持って走り回るのは、想像以上に負担のかかる行動だった。

「…………はぁ、はぁ、はぁ。お、重い……」

 気のせいかもしれないが『黒夢』を持っていた時より重い。あれはあれで軽量化してあったのだろうか。

「…………ぐっ」


『言い忘れていました。白夢はその取っ手で生体を認識して起動します。人形の国津守芽々子がわざわざ貴方の四肢を取り換えたのは『浸渉』の影響を下げる為で、今の貴方は生身の五体満足。能力を使うたびに、貴方は少なくない『浸渉』を受けるでしょう。怪異の能力を使うとは、分かりやすく言ってしまえば貴方の生命力と引き換えに行使しているという意味です。使いすぎれば当然、悲惨な結末が貴方を待っています』


「…………そう、ですか」

 それで物理的に疲れやすくなっていると。『黒夢』がどうして開発されたのか納得した。こんな事実上の吸血兵器は危なっかしくて使えたもんじゃない。少し前までの俺ならこんな話は聞かされていない。逃げたいと弱音を吐いたかもしれないが。

「大丈夫です。これがないと戦えないんですからね。弔い合戦と言われようと、俺はやり遂げないと。だから霖さんも―――助けてくれるんですから!」





















 医務室に戻ると、外科手術を終えた影響か全身を幾らか縫った真紀さんがベッドに横たわっていた。霖さんの姿はないが、彼女を治療してくれたという事実がその存在を証明している。それで充分だ。

「真紀さんだけでも生きててくれて……よかった」


『ふむ? それは少し語弊がありますね。生きているのは一刀斎真紀と雪乃響希の二名です。雀千三夜子は残念ながら……』


「……響希が生きてる? 素人目にもあれは死んでましたけど」




「一刀斎真紀が生きているのは彼女の血液が決して出て行かなかったから。たとえ傷口という穴が開いていても、構わず循環していたからよ」




 床に上履きの靴音を響かせて、馴染みのある声が医務室に入ってきた。

「響希さんには『浸渉』が残ってた。一定量の出血を条件に人格を交換し、本体は血液として排出される特性。それを逆手に取って彼女は一刀斎真紀を助けたみたいね。発動は偶然だったかもしれないけど」

 闇を織ったような綺麗な黒髪をシンプルに束ねた、痩肉やせじしの少女。孤島の黒百合とも呼ばれ密かな人気を抱かれていたその正体は、神異風計画の責任者である女性の……その若かりし頃を模した偽物。

「……久しぶり、という程でもない? 天宮君」





「…………め、め、こ」





 手には鋼鉄の黒い鞄。その右手の人差し指には俺の贈った指輪が嵌められていた。



 

 

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