青春は四月馬鹿を信じない
「……何でこんな死体まみれなのよ」
「俺に聞かれても困るよ。別に俺が皆殺しにしたんじゃないんだから」
三人を迎えに行く事に必死で言及しなかったが、道中は至る所に死体が転がっており、向こうの世界とは似ても似つかぬ惨状であった。多くは壁に叩きつけられていたり、扉を塞ぐような形で転がっているから逃げている最中に殺された、とかだろうか。
「うちの担任はこんな所に逃げたの?」
「可能性があるとすればここだけだな。俺が通ってきた道には居なかったから……多分それ以外の何処か。でももうあの人に聞きたい事は何もないよ。見つかるならそれに越した事はないけどさ」
「向こうの世界にはこんなに死体がなかったのかい?」
「一体もありませんでしたね……さっきは意識してなかったけど酷い臭いだ。向こうに無かったのは多分、全滅したからかな」
「全滅?」
「センパイを襲った怪異が……………………島の全部の人間を殺しちゃったんだよ、ね」
意外にも答えを帰したのは俺ではなく、雀子だった。教えられるような存在は一人もこの世界にはおらず、彼女が調査に参加するようになったのもつい最近。知る筈のない状況を知っている。
「お前……何で」
「あの鳥居の前に来た時、フラッシュバックしたの。私の知らない記憶、だけど確かに私は…………貴方を逃がした。逃がしたかった……力になりたくて、私は」
「……な、泣かないでよ。ていうかこの子は覚えてて、私は何で覚えてないの?」
「さ、さあ」
心当たりはない事もない。雀子を当時連れてきたのは霖さんだったから、その辺りで何か妙な事があったのだろう。ただ霖さんについて説明しようとするとかなり話がややこしくなる。それに俺一人が根拠として勝手に思う分には十分でも、人に説明する際『霖さんは新世界構想の提唱者で、雀子はそういう人と接触してたからなんかいい感じに何かが起きた』なんて説明してみろ。理解なんて得られないから。
「あの花が全部消しちゃったんじゃないかな! 生きてる人も、死んでる人も全部。センパイがそっちに行った時、私の死体って残ってた?」
「いや、空っぽだった」
「リセットのような現象が起きた、のかな。こちらではまだ起きていないから死体が…………」
休憩所のベンチに目を向け、真紀さんは足を止めた。誰かが脱ぎ捨てた血塗れの白衣に一枚の写真が挟まっている。白い壁を背に写真を撮られた若かりし頃の真紀さんがそこに映っていた。今よりも遥かに目には生気がなく、生きているのか死んでいるのかも分からない顔色の悪さで―――新聞に記載されていた顔とも違う。別人みたいだ。
「…………年は取りたくないものだね。まさかこんな写真を今更見る事になるなんて」
「今の真紀さんより、老けて見えるわね」
「ははは。ま、開き直ってからは結構人生を楽しんださ、まあ、人生は二度と繰り返さないし、もっと輝いている筈だよ」
引き続き歩いていく。怪異の破片が保管されたその場所へ。
「―――ない! ない! ない! ない!」
「……先生!?」
俺達の担任は、必死に画面に張り付いて、誰に問うてもいない独り言を叫んで暴れていた。響希の困惑を伴った声が割って入らなければ今も俺達の存在に気づかず発狂していた筈だ。
「あ、う、お、お前達は……クソ、何でここが分かった!」
「先生、何を探してたんですか?」
「う、うううるさい! お前達には関係ない事だ! どういう事だ、お前達何した! あんな事されたら殺されない理由がなくなるじゃないか! め、芽々子! そうだあの女、あの女が全ての黒幕だ! お前達、味方だとでも思ってるんじゃないか? あれは殺人鬼だ! 俺達を殺す為だけの!」
目はきちんと見えているだろうに、目の前の状況をよく理解出来ていない様子。それ以降も関係ない罵詈雑言を並べ立てていたが、暫く黙って全員で話を聞いていると次第に落ち着きを取り戻し―――ふと、至極当然の状況を口にした。
「……芽々子はどうした?」
「死にました。あー……なんていうべきか、人形の方の芽々子が死んだんです」
「その言い方……知ってるのか?」
「はい。榊馬って人に聞きました。あの人は芽々子の襲撃から逃れて誰も居ない場所に居ましたけど……先生はまた随分大胆な所にいるんですね。教壇に立つとか。木を隠すなら森の中かもしれませんけど芽々子は別に全員の顔を知ってるんだから無意味だったんじゃ?」
「……じ、実際俺は生き残ってる、だろ? 教師役として潜り込めばあいつは俺に手出しできない。お前達にここは偽物の世界だって教える事になるし、何より協力を望めなくなる筈だからな。何人生き残ってるかは知らんが……他全員の為にも、俺は死ぬわけにはいかないんだ」
向こうの世界では全て残っていた怪異の破片が全て消えている。鉄格子が空いている訳でも、先生が所有している訳でもなさそうだ。何か、悪い事が起きなければいい、という危惧さえしたくないのだが。
破片とはいえ収監されている怪異が存在しないという状況を見て良い兆候を感じ取れというのは難しすぎる注文ではないだろうか。
「……芽々子は俺達を殺したくて、現実から人形を送り込んで探してるんだ。あらゆる仮想世界に自分を放り込んで、その都度協力者を見繕っては怪異に立ち向かう筋書きを作って、正義気取りで謎を明かす。それで俺達を見つけたら何のかんの理由をつけて殺すんだ」
「協力者……俺達はどうなる?」
「お前達は……いや、お前はどうだろうな、天宮。そこの伊刀真紀が連れてきた人間だしな。ん? 待て、そういえばお前はどうやってこの世界に入ってきた? もしやあの頃から繋がっていた……? ま、まあ一般的には放置する筈だ。所詮は仮想の存在だしな」
「ねえ待ってセンパイ。この人の言ってる事おかしいよ。その殺す手順みたいなの、追われてる人が知ってる訳ないじゃん」
「ふん。哀れな失敗作、俺は学校の教師である以前に研究者だ。表舞台に紛れる形でやり過ごしていたんだ、知らなくても分かるぞ」
雀子の疑いを嗤うように先生は余裕を取り戻した。普段から教師として振舞ってきたからか、生徒の立場にある俺達と相対する時は態度がでかくなってしまうのだろうか。
ただ一人その制約から逃れている真紀さんが、水を差すように疑問を投げる。
「そんな先生は、さっき何に慌てていたのかな?」
「……思ったんだ。俺達の知る芽々子さんはあんな人ではない。というかそもそも、現実越しに人形を操るなんて不可能なんだ。そんな事が出来るなら実証実験で本人が出張る必要はなかっただろう。だからもしかしたらとずっと思っていた。芽々子さんは仮想世界の中で怪異に成り代わられたのではないかと」
「死体で本物に成りすます怪異だね?」
「勿論すぐに調べたかったが、教職を放り出して調べようとすれば芽々子に殺されると思った。だからこのタイミングしかなかったんだ。彼らが機能停止したという事は、少なからず制御部門に居る事の証明になる。だが、なかったんだ。そんな怪異は居なかった!」
「榊馬さんの所にも居ませんでした」
「アイツはどうせ他の仮想世界に居るんだろ? ならそっちはいない。俺達が捕獲した怪異は数百にも上って、一つの世界に押し込めるには狭すぎる。だから幾つも分割して管理してるんだ。実証実験に使った世界は一番無害な奴をわざわざ集めた筈で、俺の記憶は間違ってなかった…………じゃああれは一体……」
ザ ザザ ザ
『 み い つ け た 』
放送が切れた瞬間―――それは全員の意識が目の前の視界から離れた時。一秒にも満たない僅かな隙間。
「うわああああああああああああ!」
先生の服の一部分が突如膨らんだかと思うと、もぞもぞ動き回って、首に到達。彼の首を絞めて壁に押し倒した。露見するその手は肉片であり、肘から先の腕部分が何の動力も介さず動いている。
「ぐ、ご、げ……」
「真紀さん!」
横を向いた時、真紀さんも死んだ手首に左足を掴まれ転ばされていた。それだけでは飽き足らず、無数の手足が彼女にのしかかって一切の抵抗を許さない。
「泰斗! 逃げてぇあが!」
「え! え? え!?」
「先輩っ! こっち!」
雀子だけが素早く尻尾を薙ぎ払って押し寄せる部位の波を凌げていた。そんな彼女に引っ張られ、俺達は施設の奥へと逃げていく。去り際、響希の泣き顔が見える。一つの手首が口を強制的に開かせ、無数の指が彼女の口に入り込もうとしていた。
「響希!」
「駄目、振り返っちゃ!」
「駄目だ! みんなが! みんな! やだ! 駄目だ! やめろおおおおおおおおお!」