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在りし日に混沌と眠る。

「そもそも何でこの島を実験場にしたかって話だけど……『新世界構想』の資料を手に入れた政府が当初打ち出したのがタイムマシンの開発だったんだ。それを聞いた社長が、上手く行けばこの国は戦勝国に出来るってんで大盛り上がり。ただ資料は一部しかなく、何から何まで自由には出来ない。早い話、最新の軍事技術を持ち出して当時の日本を助けるなんてのは無理だった訳だよ」

「そもそも未知の技術を扱う国扱いで日本からも敵視されそうですね。もしくは他国に攻撃されるか」

「だからお化け……あー怪異に目を付けた。噂ってのは時代を超えて語り継がれるだろ? この村では代々……とか。ここにはかつてお墓が……とか。『新世界構想』の資料でも怪異について言及があったからとも言われてるが、末端の私達が知る由はない。つーかどうでもよかった。金払いは良かったからな」

 この世には原理も良く分からないまま使う物だって沢山ある。携帯電話一つとってもどういう仕組みで動いているのかを説明出来る人間はそう多くないだろう。そういう物だから通話出来て、そういう物だからタッチすると反応して、そういう物だから通信容量が変わる。

 興味のない事を一々知る必要はなくて、単に日常を脅かさなければそれでいい。気持ちは分かる。怪異の事に詳しくないのはそれが理由だから。そしてそれは俺だけでなく、多くの人間に共通するのではないだろうか。

「私達が『新世界構想』の資料からどうにか再現したのは何も一つばかりじゃない。お化けを捕まえる技術もどうにかしたのさ。全然資料が足らなくて沢山犠牲も出たけど、ま、どうにかデータを手に入れるくらいはね。で、問題は場所だ。『新世界構想』の資料は他国のいずれにも漏れていない。私も見せてもらったが、あれは誰が見ても明らかに未知の理論と技術が記されている。あんなものを公的に研究すれば産業スパイに目を付けられるだろう。政府が騒いだというのは語弊だ。社長のような有力な人間にのみ伝えられたというべきだったな」

「そこで、この島って訳?」

「ここを最初に見つけたのは国津守さんで、地図に無い島として元々会社の上層部だけで共有されていた些細な秘密だった。政府がタイムマシンの開発に手をつける事はその内他国に知られると見た社長は、それを隠れ蓑に『新世界構想』を再現しようと決めたんだ。当時働いていた社員は全員ここの研究所職員として再雇用され、社長から配布された資料を基にどうにか仮想世界を作り上げた」

 地図に無い島、というのは良く分からない。既に現代には人工衛星という物もあるから、惑星の内側とも言える深海にはまだまだ未知が広がっていても地表に未知はないとされている。誰も知らない島なんてのはなくて、誰も通らなかった海なんてのもなくて、調べればそこは大抵近くの国が所有権を持っているなんてザラだ。

「後は君達も知っての通りだ。死人を資源に、苦労して手に入れた怪異をデータ上に再現する。資料は殆どが失われていたが完全な構想の再現に成功すれば、思うが儘に時空に手を入れられる。社長はこれを作為的な幸運と怪異の利用に因んで―――『神異風計画カムイフプロジェクト』と名付けた」

 古参の職員らしく、その説明のお陰で事件の始まりは見えてきた。『新世界構想』と呼ばれる未知の技術が記された資料、それが全ての始まり。霖さんが尻拭いをしに来た理由も今なら本当に分かる。タイムマシンとか、戦争の結果を変えるとか。そんなスケールの大きな、SFを疑うような事が現実に出来てしまうのだから、そりゃ、わざわざ広めたりしない。

 あんなに技術を劣化だ未熟だ馬鹿にするなら手を貸せばと言った自分が恥ずかしい。そんなお気楽な問題ではなかった。霖さんはもう自分は存在せず、存在出来るのはここが仮想世界だからと言っていたから、やはり現実では……なんて浅はかな発言をしたのだろう。内心忸怩たる、そんな言葉じゃ生温い。シンプルに俺はバカだった。




「話を聞いてる限り、全く何も起きる気配がないけど」




 死人代表として、三姫先輩が首を傾げた。

「私はてっきり外部の侵入者が滅茶苦茶にしたみたいな流れを予想してたよ。でも違った。地図に無い島で、簡単に使えたなら多分無人だったんでしょ? 国の方針を隠れ蓑にするってのも別に有効だと思うし、どうやったら失敗するの?」

「……この計画は後々資金面が苦しくなり、政府に支援を申し出たんだ。それは通ったんだが、実証実験みたいな事を目の前でする事になってね。ただこれはどちらかというとパフォーマンスに近い。所内では何度も行っていて、それは問題なかったんだ。ただ直接見ないと納得しない人間もいるという事で、関係者を迎えて行う事になった。私達としてはいつもの作業だったし、ある程度のトラブルまでは対応出来るノウハウも生まれていた。ただそれでも念を入れて国津守さんが被験者になったんだ。『仮想性侵入藥』を打つ事にも慣れていたしね。それから彼女を通して仮想世界の中の過去と未来を自在に操る景色、それをモニターさせれば納得すると思われた。『新世界構想』はこれを現実に反映する技術だ。こんな感じで変えられるよと目で理解させられればそれでいい……良かった、んだ」

 そこからは段々榊馬さんの様子はおかしくなっていく。唇は震え、瞳は視点が安定せず、奇妙な汗をだらだらと垂らしながら、声を上擦らせて。

「い、一瞬の事だった。い、異変はあったん、だ。モニターしてた映像が、み、乱れて。でも数秒程度の事で、国津守さんも大丈夫って言ってたから。か、か、かか、帰ってきたら……あの人は別人だった。どうやってかブレーカーを落として、で、出られなくして、みんなを殺し始めたんだ! 私の身体は何処に在るみたいなわけわかんない事言いだして、ぜ、全員! 逃げ回ったけど殺されていった! し、島の外に行く船に逃げた奴は誰も出港出来なくて! だ、だ、だから私達は『仮想性侵入藥』を打ってこっちに逃げ込むしかなかったんだ!」

「……それ、薬を打って逃げ込めるのは意識だけだったりしない? 現実の身体は?」

「それを観測させないように服用するって事だと思います。俺が使えば仮想世界を移動するだけの機能でも、どこかに体を隠さないといけないのは同じでしたからね」

 だから、身体が今そこに在るのかないのかは問題ではない。それが分からないという状態が作れればいいだけで。

「い、い、いや! その必要はな、な、無いんだ! 私達も破れかぶれで使ったけど、な、何故か現実とこの仮想世界はどこかを中継して混ざってる! わ、私達の主観がここに在る限りは身体が見つかっても問題ない、は、筈だ!」

「混ざってる…………?」

「君の様子を見た感じだと、全部説明してもらって納得が行くどころか疑問が増えたみたいね」

「―――」

 いや、むしろ嫌な意味で得心はいった。研究所の職員も把握出来ない何かが起きたからこんな複雑な状況にもつれ込んだのだ。引っかかりは幾つもある。それを全員が見逃したからこうなった。

 何より聞いていて思ったが、真紀さんの話が一向に出てこない事はおかしい。あの人が俺をこの島に連れてきたからこうなっているのに、この説明を信じるなら研究所は関与していなかった事になる。

「榊馬さん。実は俺、良く分からない怪異にこっちの仮想世界に移動させられたんです。元の世界に戻る方法ってありますか?」 

「え、え、え……………あ、ああ。すまない。取り乱した、な。ざ、い、意識座標を調べられれば帰せる筈だ。つ、ついてきて、くれ。調べてあげよう」

 段ボールを跨ごうとした所で榊馬さんの動きが止まった。

「……本当に国津守さんは居ないんだな?」

「え、疑うんですかこんな時に」

「さっきも言ったが、殺されかけたっ! しかも君の説明を聞けば途中までは一緒だったそうじゃないか。私がこんな場所に隠れてるのは生き延びる為だぞ。仮想世界の中でもここが一番安全なのには変わらないからな」

「ごめんなさい、紛らわしかったですね。俺が芽々子と一緒に居たのは帰りたい方の世界で、こっちは外の人間が全滅してます。白無垢の怪異と出会ったせい、と睨んでますけど、だから大丈夫です」

「白無垢の怪異…………? なんだそれは。知らないぞ」

「え? じゃあ対処法が本物の身体を見せる事の、なんか死体に乗り移って成りすます怪異はご存知ですか?」




「そんなのは知らない。少なくともウチは管理してない筈だ。なんだ、君達は一体何の話をしてるんだ?」

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