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生ける真実

 伊刀真紀は心霊番組の特番で登場した霊感の強い少女だ。そのあまりに強すぎる霊感は幽霊の存在を感じられる程度では済まされず、近くに居る幽霊に勝手に憑依されて日常生活もままならない、当時中学生の女の子だった。イタコ芸ではない。乗っ取られすぎて気づけば自分の知らない場所に居たり暴れまわったり趣味が変わったり。それで日常生活に支障を来している所を番組が取り上げた。

 心霊番組とは言ったがやらせだったのか何なのか、スタジオで様々な霊に憑依された真紀を出演者は笑いものにした。母親もそれを許容した事で真紀は心霊が関わると事あるごとに呼ばれ、笑い者であり続けた。それを見ていた霊能者が出演を拒否するようになったなどの話題もあり、伊刀真紀は幽霊が出鱈目である事の証拠としてもてはやされ続けた。

 …………そしてある日、家族の誰にも知らせぬまま、姿を消した。

 この新聞はそれを面白がって情報提供を呼び掛けた記事だ。少しでも伊刀真紀という少女に興味を持ってもらいたいからこそ彼女の情報もまとめてあると。

「…………この島に居る状況を繰り返してるみたいな話だったんだけど、真紀さん年取ってるじゃん。じゃあタイムリープじゃないよ」

 だがその割には芽々子もそれについて本人からの申告があるまで知らなかった様子だったし、真っ当な時間の流れでないのは確かだ。回数を数えるのも億劫になるくらい繰り返して経過時間が十数年。何をしても状況が好転しなかったなら本人が勘違いするのも無理はない……のか?

 むしろ加齢という変化が残っている分タイムリミットがあるから、どちらかというと納得がいったのは諦観の方だ。

「……酷い話じゃん。何でこの島に来たのか分かった気がするよ」

「自分から来たんですかね? まずこの島を知りようがないと思いますよ。向こうの映像で芽々子は秘匿って言ってたし」

「これは向こうの新聞だから真紀って人も外から来たって事よね。外から来た人間には何か変な事情がないと来ちゃいけないの? あ、でも君はこの人に連れられてきたんだっけ。じゃあ違うか」

「…………何でこの新聞がここにあったかってのか。ここが怪異に対して色々実験する場所ってのも考えると連れてこられたって考える方が自然ですね。秘匿ならそりゃ行方不明って扱いにもなるし」

「親にも教えないの?」

「教える義理なんてあるんですか? 真紀さんの気持ちは知りませんけど、こんな笑い者にされてる所に甘い言葉の一つでもかけられたらついていくと思いますよ」

 ただ、これはこれで真紀さんが研究所の事情を知らないのは妙だ。もしかするとそこだろうか。制御部門の映像を見た感じ真紀さんの存在ありきで実験が繰り返されたようには見えない。途中から入ってきた気がする。

「そうだ。制御部門に映像があったなら情報部門にも映像があると思いませんか?  視察とか何とか言ってたし、他の部門にも芽々子は行ってそうだ」

「となると、映像を保管してる場所を探さなきゃね」

 ゴミ漁りはこれくらいでいいだろう。一旦目的を持ったら後は簡単に部屋を調べるだけだ。大抵は鍵がかかっているから、中を見て記録媒体がなさそうな部屋なら後回しにする。


 ザ ザ ザザ


『心音をキーにした部屋が多いようなのでご注意を。こちらは現在監視室に居ます。カメラを見たところ、その先の部屋はカメラが潰されて中を覗けません。そこは機能が停止しているのかロックはかかっていないようなので、誰でも入れはします。ご注意を。私達の方ではまだ先に来た人を見つけられていませんからね』


 全体放送だろうから、仮に人がいるならその人間にも聞こえている筈だ。隠れるとするなら今このタイミングしかない。突き当たりの角にある部屋はロックがかかっていないと言われていたが、扉に段ボールが挟まって閉じないようになっているだけだった。

「じゃ、私は不死身だし、先に行くよ」

「懐中電灯、探しとけばよかったですね」

 今度は扉が開いていた程度の違和感じゃない。明らかに人の手が介入している。先輩が扉から暗室に入って暫く経過。

「……入ってきていいよ」

「誰も居なかったんですか?」

 段ボールを踏み越えて部屋に入った瞬間、壁に張り付いていた先輩が電気を点けて部屋の全体像を露わにする。


 白衣の男が机の下に隠れていた。


 電気が消えている時なら気づきようもなかっただろう。だが今は関係のない事だ。男はぼさぼさの髪も特に対処せず、それどころかくたびれた白衣が落ちぶれたような印象さえもたらす。

「ひい! やめてくれ、殺さないでくれ……!」

「先輩は気づいてたんですか?」

「息が漏れてたのよ。攻撃してくるならカウンターするつもりだったんだけど、そこでずっと縮こまってるから……」

 白衣の男性はレンズの片方割れた眼鏡を必死に手で持って俺達の姿を確認している。攻撃の意思がない事を知ると必死に突き出していた掌を下げて、ゆっくりと立ち上がった。

「…………その制服。君達はこの島の住人か。ここに居るという事は私も住人を装う必要はないのだろうな」

「貴方は誰ですか?」




「私の名前は榊馬さかきばだ。この研究所で働いていた……今はただの死にぞこないだよ」


















「自販機がまだ動いてるなんて知らなかったけど、はいこれ。コーヒー」

「ああ、有難う。少しはこれで落ち着ける…………まともな人間と話すのはいつぶりだろう。や、厳密な時間を数えるなんて野暮だな。命があるだけでも幸運なんだ……二人はどうやってこの事に気づいたんだ?」

「私は彼に聞いたの。あ、敬語の方がいいですか?」

「敬うとか敬わないとか……今はどうでもいいよ。君達にとって私達は弄んでくる最悪な敵だろう」

「まだ実感が湧かないけどね……」

「俺は……一刀斎真紀って人に連れてこられてから、同級生の国津守芽々子に巻き込まれる形で追う事になりました」

「め。芽々子!?」

「落ち着いてください。俺の知ってる芽々子はもう死にました。介世研究所の統括責任者が芽々子なのも分かってます。だからここに芽々子は居ませんし、俺達は誰も芽々子の指示なんか受けてません。そもそもこっちの世界は外の人間が全滅してるので、他に誰かが居るって事もないと思います。だから教えてください。貴方は研究員なんですよね」

 芽々子の名前を聞いて、怯えている……?

 缶コーヒーを手の震えだけで零す勢いで榊馬は酷く恐怖していた。やはり何かあったのは間違いないようだ。

「…………伊刀真紀が連れてきた、か。意味が良く分からないが、私が生き残るにはそのイレギュラーを頼ってみるしかないようだな。何が聞きたい?」

「正直、全部聞きたいです。知ってる限りの事を。何が起こってるのか俺達にはさっぱり分からない。時間の許す限り聞かせてください」

「……時間なんて無いからな。よし、分かった。話そう。しかし私は飽くまで一介の研究者に過ぎないからな。管轄外の事は分からないが、きっかけは月宙社が上げた神異風計画。研究所は今でこそ政府主導だが、元々は民間会社が立ち上げた物なのさ」

「その会社は……何?」

「確か黒夢……あ、先輩は知らないか。確か正式名称は対怪異特殊分析機構だっけ。その会社……ですよね」

 一回きりしか聞いていないのでうろ覚えだ。

「国津守さんが持ってた鞄か。そうだ、その会社の社長がまあ何ていうか愛国心の強い家庭で育ったのかな。常々我が国は戦争で勝つべきだったとか言う人だったんだよ。当時は将来性のある宇宙関連の事業に手を付けてたんだが、ある時、政府がとんでもない技術の資料を発見したって騒いだんだ。『新世界構想』って言うんだけど…………簡単に言えば、人類を幸せにする計画書さ。うちの社長はそこに目をつけて、どうやってかその資料の一部を入手した。それで作り上げたのがこの研究所って訳だよ」

「社長の名前は?」

「国津守十兵衛。国津守さんはその娘さんだよ。鞄は親からのプレゼントって訳だ。統括責任者としての職務を全うする為のな。君達はもう分かってると思うが、この部門は怪異の様々な情報を取り扱っている。もしトラブルが起きたらあの人が対処する予定だったんだ」

「どうやって?」

「あ、先輩は分かりませんよね。『黒夢』は怪異の一部を取り込んで分析する事でその怪異に有効な武器を作る機構鞄なんです。この島には怪異の噂がなくて対処方法がないって言っても、一部さえ持ってこられれば力ずくで排除も可能になるって事で……だからあの部屋に怪異の破片があったんだと思います」

 いざとなればあれを使って対処すればいい。そういう腹だろう。だからいつも持っていた。鞄が持ち主として認めていたのは……本物の方かもしれないけど。それでも一応人形でも問題なく使えていた。

「ただ…………」

 榊馬は飲み干したコーヒー缶を机に置くと、少し間を置いてから切り出した。










「国津守さんは、死んだんだよ。何が起きたかって言われたら、それが全ての始まりさ」

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