既知ナル後世ヲ介世スレバ神風吹イテ戦ハ終ワル
「自分の暮らしも記憶も全て噓だったっていうのは信じたくないけど、こう至る所に如何にもな施設が隠されてると信じる気にもなるかな」
「……怪異について調査してる時もそうだけどよ、三姫ってほんと、びびんねえな」
「私が怖いのは人間だけ。それも何か、割り振られた特殊ステータスなのかしら。別に今までが嘘でもいいじゃないの。後輩君を助けたいって気持ちは本物だし、向こうの部門で確認したけど私のパソコンは止まってたよ。だから今は、操られてなんかない」
「先輩は……強いですね。俺の方では同級生が情緒不安定になって、俺も……戦う理由を失ってたっていうのに」
「戦う理由?」
「あ、言ってませんでしたっけ。俺は芽々子に闇討ちされて、殆ど脅迫される形で最初は協力してたんです。まあそれで、その、はい。ご存知の通り芽々子はどっちかって言うと首謀者の方で、何らかの目的の為に良いように扱われてただけっていう。俺はね、先輩。貴方からのお願いとか芽々子から頼られてたとか、いろんな理由があって自分から助けてるものだと思ってた。そこで勝手に自立心みたいなのを感じてたんです。でも違った……そう思ってたから動けなかったし、まだそうと決まった訳じゃないと言われたから、こうして動けてるんです」
「つまり、誰かの言いなりが嫌って事ね。うん、気持ちは分かるよ。それでもさ、死んだ私はもう操られてないんだから、私とした約束は君の意思だよね。やる気なくなるのは勝手だけど、そこは忘れないでほしいな」
「…………先輩」
「がっはっは! まあ元から全員死んでたんなら俺の罪もなかった事に!」
「ないから。よくも殺したわね」
二人のやり取りを見ると心からホッとしたような気分になる。性根は死んでも治らないなんて言うけど、お陰様で気が楽になった。誰のせいという訳でもないけど、俺は誰かに従っている方が向いているのかもしれない。芽々子を喪って、雀子という後輩が俺を慕ってくれて……それは嬉しいのだが、知らず知らず気を張っていたのかも。
俺が居ない内に向こうの世界はどうなっているのかなど考えていると、真っ白い扉を抜けて似たような景色が広がる。部門同士が直接行き来出来ない理由は不明だ。それとも俺達が知らないだけで稼働していた時は行けたのかもしれない。
「ここが情報部門ですか…………?」
霖さんが疑問を口に出した理由は単純で、荒らされた様子があるからだ。壁や床が壊れているならもっと警戒もしただろうが、入り口付近の書類が荒れているくらいで、まだ眉を顰めるくらいで済んでいる。
書類を適当に拾ってみると、文面から職員の個人情報だ。入り口付近にこんな資料が散っているとは思えない。出所を探すと、受付の裏にある部屋から漏れたものだと分かった。なんとなく書類の量から。
「霖さん。これ全部、職員のデータじゃないですかね。名前とか出身地とか経歴とか……後なんか、仕事の評価みたいなのも書かれてるし」
「どうやら先客が居たか、今も居るようですね。元に戻す余裕がなかったのは何故でしょう。少しデータベースを覗いてみましょうか」
霖さんが近くのパソコンを触っている間、先輩達は丁寧に書類を拾ってまとめている。俺は何をすればいいだろう。ここが何故荒らされたか考えるとか?
―――先に来た人間はここを知ってたんだよな。
研究所出身の人間なら入り口も分かっているから当然来られるという単純な理屈だ。それが一番可能性が高い、そもそも俺がここに来たのは担任が生身の人間だという事を知ったからで、それに沿うとやってきたのは担任という事になる。その理由は俺達から逃げてきたから……と思っていたが、それなら荒らす理由がない。
「霖さん。これ、落ちてた書類をまとめました。照合しますか?」
「では、少しお借りしますね…………」
霖さんは書類の角をぱらぱら捲ると、それだけでパソコンの画面にまた視線を戻した。
「え、もういいんですか?」
「十分です…………ふむ。データベースには心音が登録されている。珍しいですね。他のデータと諸々考えるに、ここで働くには心音の登録が必要なようですね。体に手術をし、心臓付近に特殊な機械をつける事で心音による個人の識別をはかる……厳密には機械自体が個人の識別を可能にさせるように心音を変換しているのでしょうが。ふむ。稼働状況としては殆ど停止中ですか」
「どうして心音なんて捻った方法を? 普通に指紋とかカードキーじゃダメなんですかね」
「それこそあっちの部門はカードキーだったよなあ」
「恐らく死体を動かす怪異への対策ですね。万が一入り口が割れて侵入されたらまずいのでしょう。私達は当然登録していないので通れないと言いたいところですが、何とかしましょう」
「出来るんですか?」
「ここは警備が特別厳重で、心音登録がない人間は恐らく職員でも入れません。向こうはカードキーを誰かが持っていればそれで入れた筈です。それだけ危ない情報を取り扱っていたとみるべきでしょう。ならばシステムもそれだけ強固……と言いたいところですが、ここは現実ではないともう知っています。五分程お待ちください」
霖さんは本格的に椅子に座ると、何処からともなく妙なUSBみたいなデバイスを取り出しソケットに差し込んだ。少し時間が出来たので、状況は把握出来ないまでも先輩二人に直前の状況を共有する。
「……そっちも大変な状況なのね。ていうか一刀斎真紀さんって……こっちに居る?」
「多分死んだぞ。花が消えた後探し回ったろ、生存者をよ。俺達以外は居ねえと思うぜ」
「……真紀さんのループって何が原因なんだろう。芽々子は本人から明かされるまで知らない様子だったんですよね。本体が知ってた可能性も……いいや、無いと思うな。じゃなきゃ真紀さんは悩んでない。真紀さんがこの世界で死んでるならループするんじゃないかなと思ったんだけど……」
「違う原因でループしてる? いや、ってかループって意識的な問題であって、私達には関係ないんじゃないの。勝手にループしてるならそりゃ感知できない訳じゃない?」
「解除しました」
その声と同時に両方の扉のロックが解除されひとりでに開く。霖さんは何処からか取り出したデバイスをまた何処かにしまった。
「それでは参りましょう」
地図はなかったが部屋越しに見るだけで次に向かうべき場所は分かっていた。どうやらここの部門に居た人間は寝泊りもしていたようだ。片方は質素な個室が並んでいるばかりで手がかりは期待出来そうもない。代わりにもう片方は廊下を挟むせいで予想も出来ないので、そちらに向かう事にした。
長い長い廊下を抜けると休憩所のようなエリアが広がっており、下を覗くと大広間のような空間から三方向にまた扉が続いている。階段とエレベーターで下の階には簡単に行けるとして、俺達がやってきた方向とは対極のドアが開いている。
「三人は階段を使って降りて下さい」
そういって霖さんはぴょんと手すりを飛び越えて一足先に向かってしまう。俺達も後を追うと、開いた扉の先には、まるで猛獣を収監しているような鉄格子が次々と広がっていた。中にはガラスケースに収められた布とか、肉片とか、髪の毛とか―――いずれにせよ、猛獣とは呼べそうもない物体ばかり納められている。
「…………成程。ここは神異風計画とやらの核になる物が収められているようですね。天宮泰斗君。奥の装置を見てみるといいでしょう」
「……もしかして、答えですか?」
「推測が当たらないことを祈ります」
牢屋の中身を逐一確認しながら奥の制御装置に触れてみる。適当にファイルを開いてみると、牢屋に収められている物体は全て怪異の破片であり、そのデータが入力されている事が分かった。
それだけじゃない。怪異にはそれぞれ本来の名前とは程遠い名称が割り振られており、その性質として『殺傷能力』『効果範囲』『無力化条件』『対物』『対人』など多数の項目にわたって評価されている。兵器として。
『既知ナル 後世ヲ介 スレバ 神風吹 テ戦ハ終ワル』
そんな言葉が脳裏を過る。ずっと意味が分からなかった。分からなかったから思考の片隅に残していた。神風とは思いがけない幸運の事だが、もう一つ意味合いがある。身の危険を顧みない特攻、自爆。
「…………神異風計画って、怪異を兵器運用しようとする計画なん…………じゃ」