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屠所の家畜

 座敷牢のような場所に、身体を繋がれていた。手足の感覚はなく、視界は役に立たない。腐肉を焼いた臭いと水面を叩く水滴の音だけがこの世界の全てだった。やがてこの感覚は自分自身の身体に由来していないと知る。

「…………」

 目の前を阻む格子は隙間が広く手が外に伸ばせる。それだけだ。外側には誰かが居るが、首から上は良く見えない。

『我の 肉 は  何処に  あああ在る』


 この計画には国の未来がかかっているのよ。

        

        芽々子さん。実験は成功ですね! 


 新世界構想を完全に再現できたとは言い難いけど、この怪異はもう私達には無害よ。帰還する。

  

『我を 眠り  妨げげげげる なななな』


 ……全員殺してあげないとね。


          逃げろ! 皆、薬を打つんだ! 今すぐ!


          島の外に逃げるなんて無理だ! 隠れろ! 


 ……何もかも滅茶苦茶にして。許されるなんて本当に思っているの? 

 


 ……何処までも追いかけて、思い知らせてあげる。私の眠りを妨げた事を。



 『我の肉体は何処に在る』

 格子から手を伸ばすと、白無垢の女性が俯いたまま俺に問いかけた。曖昧な指先が触れて、全身の血が凍りつくような錯覚を覚える。しかし何故だろうか。不思議と恐怖は感じず、心は酷く落ち着いていた。

「…………貴方は」

「あれが欲しい。お前達のような身体が欲しい。探しに行ける。我の身体。その身体は、真の身体。嘘ではない。空虚ではない」

「貴方は誰ですか?」

「我は狭間に眠る無想也。ただ安穏のみを求むるモノである。応えよ、我の肉体は何処に在る。答えよ。我の肉体は何処に在る。我は 我は 我は 我は 我は 我は 我は 我は」

 

 格子が消えても、白無垢の女性は動かない。今なら顔を見るチャンスだろうと思い恐る恐る近づいてみる。抵抗もなければ暴走もない。綿帽子に指がかかり、ゆっくりと持ち上げていく。





「め、芽々子…………!?」









「ねえ、起きて。起きなさい、後輩! 目を覚ませ!」

「え、あ、あ…………へっ?」


 意識は繋がっていたのに実際は鳥居前の地面に倒れていたし、俺を叩き起こしたのは響希でもなければ真紀さんでもないし雀子でもない。現実では面識のない筈の三姫先輩だった。

「三、三姫せん……ぱい?」

「はい、そうです。三姫先輩よ。ごめんなさいね、あんな別れ方しておいてまた再会するなんて思ってなかったんだけど、私だって何が何だか分からないんだから!」

「つーかよ、誰も訳分かってねえぞ。ここに来たのもあのの女に言われてきただけだしな」

「岩戸先輩! …………えっと、え? おか、おかしい。二人は俺の頭の中の存在っていうか、面識がないから……俺の目が覚めたら跡形もなくなる筈なのに」

 


「私が『新世界構想』の提唱者である事を忘れましたか?」


 三姫先輩の手を借りて立ち上がると、岩戸先輩の背後から霖さんがゆらりと姿を現した。厳密には霖さんの姿を借りただけの誰か。

「抹消される世界のデータを隠すくらいは大差ありません。それよりも天宮泰斗君。私は貴方に謝罪しないといけません。今回の一件は想像以上に複雑な状態である事を再認識しました。どうも私の想像以上に……いや、想定以下に、この技術は未完成だったようです」

 霖さんが鳥居をくぐって階段を上っていく。その先は危険だ、と言っても彼女は聞かずずかずか上がり込むように進んでしまう。さっぱり訳が分からないが、この場に居る先輩二人も事情を知らず連れてこられたようなので三人で質問攻めをするつもりで彼女の後を追った。

「あの後、先輩達はどうしたんですか? 俺が帰った後」

「信じてもらえるか怪しいんだけど、物置の方に梯子があったのよ。霖さんがその下に降りていくから私達もついていったら、真っ白い部屋があった。そこで……真実を知ったのよ。私達が元々死んでたって」

「ただのNPCだったんだよな。お前をあんな勢いよく帰した手前、マジで信じたくなかったんだけど……ってなんだその顔。納得してそうだな」

「同じ物、見たんですよ」

 現実にあるなら仮想世界にもある。タイミングの違いはあるだろうが俺達は同じ情報を見ていたという事か。芽々子と違って霖さんが情報を小出しにして動くのは理解出来る。過干渉をするのは駄目だと彼女はずっと言っていたし。俺を帰した後に動いたのは、見えていない情報は存在しないので干渉出来ないという理屈からだろうか。

「ビデオを見た後、霖さんが初めて慌ててね。向かわなきゃいけない場所が出来たって言うから、聞いたら情報部門の入り口って言うじゃない。もう君の事は帰しちゃったしやる事もないからついていくって言ったらここに向かわされたの。そしたら、君が倒れてた」

「お前が帰った瞬間に花は全部消えたんだよ。だから何の問題もなく行けたんだが、何が何だかさっぱり分からん。一体全体何が起きてるんだ?」

「それは…………俺も分からないんですけど」

 階段を上り切ると、世介中道会の大人達が全員死亡していた。花で死亡したような感じはせず、全員が等しく無傷だ。嫌な心当たりがある。同級生の飛び蹴りが頭を過った。

 白無垢の怪異はおらず、中は空である。ただ死体だけが、床に散っていた。霖さんは白無垢が座っていた場所に立ち尽くすと、いつの間にか手に持っていたモニターのような物を覗き込んでいる。

「…………何もかも、前提が違っていたのです。私はこの神異風計画が『新世界構想』をおおよそ五割の再現率のまま始まったと思い込んでいました。実際のところはそれ以下。そして今は完全に崩壊しているとしか言えませんね」

「どうしてそれが分かったのか、聞かせてほしいんだけど」

「私は存在しない人間です。本来何処にも存在してはならないお化けと言っても差し支えない。薄々察しはついていると思いますが、そんな私が存在出来るのは、ここが現実ではないからです」

「いや、それはだって……俺の記憶で構築された仮想世界だから」

「その手順はもう済んだでしょう。貴方は貴方の言う現実からここに直接やってきた筈です。確かに最初は貴方の記憶を元に作られた仮想世界ですが、戻る先が現実だなんて誰も言っていない。二つは同じ土俵にあったのです」

「…………え。え? それは変ですよ。だってそもそも……いやいや。みんなが死人なのは分かりますよ。けど、俺は外の人間です。生まれた頃の記憶はないけど五歳くらいからの記憶はあります。それも偽物って言うんですか?」

 理屈で言えば一秒前の自分が今と同じ自分と証明する方法はないが、意識は地続きのままだ。よく覚えている。一人暮らしがしたくて頑張ってきて、両親にどうにか認めさせたのを。俺が毎日毎日それとなくアピールをしてきた苦労が報われて、真紀さんを責任者とする代わりに一人暮らしが認められたのだ。

 というか俺を連れてきた真紀さんがそれを知っている。あれは現実だ。

「…………情報部門に向かいましょう。この建物の…………壁に沿って、左手側にある…………菱形の紋章に」

 独り言を呟きながら霖さんの手が壁に触れる。暫くすると正面の掛け軸が巻き上がり、壁が自動ドアのように横へ収まる。奥にはまた、真っ白い扉が待っている。

「…………おかしいと、最初から気づくべきでしたね。私はこの技術を全て知っているのですから。シミュレーション上に設定された人間と本物の人間が何の介入もなく共生している。そして私という存在があまりにも安定している。いえ、きっとそれがこの計画の肝だったのでしょうが」

「神異風計画ってのは結局、何なんですか?」






「―――それを推測で話しても仕方ありません。この扉の先に答えはあります。ただ一つ申し上げられるのは、天宮泰斗君。貴方は本当に、何の関係もない人間だろうという事くらいです」

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