廻れや巡れや隠れし秘密
「……名前の言えないあれの事か? 確かに、死人を把握出来たら自分達が犠牲になる必要はないけど」
「それも結局変よね。怪異だって研究所の人間が出現させたって言うじゃない。管理させる意味がないと思うんだけど」
「…………いや」
「え?」
響希の言いたい事は分かる。ゲームデータをゲームキャラが管理するのか、という話で、それはおかしいという理屈だ。俺も先輩達と一緒に行動していなければ賛同していた。
「管理者ってのは恐らく世介中道会の所属だと思うんだが、あいつらは良く分からない怪異を敬ってるっていうか……従ってるっぽかったんだよな。お前達は知らないと思う。これは俺が生死の境を彷徨って薬を使ってた時の話だからな。 確か怪異に死体を上げてたんだ。アイツが何かは俺も知らないけど、少なくとも真紀さんが提示した条件に該当はしないと思う。殺されかけたけど」
「そいつの為に死人を把握してる必要があるって事?」
「詳しくは何も。あの時は殺されかけたのを必死で逃げただけなんだ。そいつに会いに行く事も出来るけど…………這う這うの体で逃げて地上に戻ったら、世界が崩壊してた」
そこはまだ仮想世界だったからやり直しが効いただけ。もうやり直せないから行きたくない。先輩はもう居ないし……雀子も死なせたくないし。
「何言ってんの?」
「そう思うだろうけど、本当なんだ。少なくともあの怪異の正体や対処がハッキリするまで行きたくない。何でか分からないけど、突然終わるんだから」
「センパイがそういうなら行かない方がいいよね。別に確認しなくても筋は通ってるじゃん。その怪異の為に死体を管理してるって。だから死んでるかどうかのリストは必要なんだって」
「なーんか釈然としないのよね。うーん、まあいっか。でもそいつのとこ行かないともう手がかりなんてなくない? まだ調べる?」
片っ端からひっくり返した訳でもないから、資料を発見出来るかどうかと言われたら手に入れる可能性はある。ただ職員室全体を見渡した時、生徒なら何となく違和感に気づけるだろう。
「……先生が少なくないか?」
「えっ……」
職員室で倒れている教師の数は数えてすらいない。ただぱっと見、少ないように思えた。雀子の尻尾も借りて改めて並べると、三人程足りない。うちの担任と、数学の教師と化学の教師だ。
「ほんと。アンタ良く気付いたわね。学校の何処かに倒れてるならそれが一番いいんだけど、探した方がいい理由って何かある?」
「こんな時に面倒くさがるなよ」
「面倒くさがってないわよ。ただ、私はここを探した方が収穫がありそうだなって思っただけ。手分けしましょう。携帯で通話してればお互いに何かあってもすぐ気づけるし」
「じゃあボク、こっちに居るよ。本当はセンパイと一緒に居たいけど、心配だから」
「……年下の子に心配されるなんて、私って頼りないの?」
頼りないかどうかはさておき、情緒不安定ではある。こんな状況でそれを責めるつもりはない。俺が冷静でいられるのはこれまでの積み重ね、もとい薬による違法な試行回数のお陰だ。普通はこれくらい慌てる方が自然である。
「じゃあ俺はちょっと歩いてくる。携帯は……これで通じたから、とりまお互い発見があったらこれで連絡しよう」
自分達が死んでいるとも知らず、呑気に部活が出来る人達が羨ましい反面、こんな真相はそもそも知るべきではなかった。空っぽの校舎を歩いているが、ここに人が居たとしても状況は何も変わっていない。死人だらけの島に、俺は生きている。
「…………」
個々の違和感は積もり積もって形になった。部活があっても遠征がないのは死人だから。行く必要がないからだ。部活なんてのは所詮お遊びというか、映像の通り怪異の餌となる下準備程度の意味合いしかないのだろう。運動をさせた家畜の方が身が締まっている、みたいな。
「…………」
高校は義務教育ではない。と言っても事実上の義務教育みたいにはなっているが、本来は自分の将来を見据えて選ぶものだ。就職か進学かを選ぶ前から、既に未来を考える期間は始まっている。中には友達が行くから、家から近いからという理由だけで選ぶ人間もいるが、この島はそれ以下だ。
そもそも死んでいるので選べない。死んでいるから将来を考える必要がない。人間を侮辱しすぎだ。死んでるからって、そんな真似をしていい訳がないだろう。授業も、バイトも、家の仕事も、進路相談も、全てが下らない茶番になった。神異風計画とやらが要するに何なのかの説明はまだ受けていないが、碌でもない事は確定している。内心抱く怒りが抑えきれそうもない。握る拳が学校の壁に叩きつけられていた。
「…………!」
こんな事の為に、生きてるんじゃないんだろうに。
何よりやるせないのは、覆しようのない過去という事だ。俺がどうなっても島民達が生き返るような事は恐らくない。だって俺が来るずっと前からこの状態なのだから。今更俺がどうにかしても、全員が生き返るなんてのは都合が良い話だ。
手に持った携帯を耳に当てて声を掛ける。
『もしもし。ちょっと歩いてみた感じだけど、見つかんねえ』
『え? ないの?』
『やっぱり何処か出かけてるんじゃない? 町中探してみないと何とも言えないと思うよ』
『……出かけるったって、居ない先生に大した役職がないのよね。校長先生まで機能停止してたら流石に居るでしょ。もっと探してみて。トイレとか』
『そっちは何か見つかったか?』
『あるといいなって感じー』
……あってくれたら、いいけど。
『管理者』―――暫定的に敵対していた世介中道会の人間が全滅した事で格段に動きやすくなったせいだろうか、どことなく俺達の気も抜けてきたというか、肩肘張るような空気はなくなってきた。日もすっかり沈み、今は夜中の九時を回った。普段なら学校に居ようとすると追い出されるのかもしれないが、パソコンが破壊されたので『管理者』は等しく物言わぬ死体となっている。
『泰斗! 悪いけど、戻ってきて!』
どれだけ探しても見つからない、死んでいる筈の人間を求めて彷徨っていると電話越しに召集がかけられた。何か見つかったとみるべきで、そうと分かれば校舎自体に用はない。すぐに階段を三段飛ばしで降りて行って職員室へと舞い戻った。
「何か見つけたんだな!」
「アンタに無駄働きさせたみたいで悪いんだけど、ごめん。見つかる筈なかったわ! ちょっとこれ見て。さっきの死亡者リストの他に、教員の死亡者リストまであったのよ」
「教員? 死亡者リスト?」
何を言ってるのか分からない。俺がここに来る前に死んでいた教師が居る、という事だろうか。
「俺が来てからは誰も死んでないだろ」
「ちっがう! そういうのじゃなくて、教員の死亡者リストを見るとここで倒れてる人達は漏れなく死亡済と書かれてるのよ! で、これ、編集時刻を見るとついさっきなの! 分かる? 教員達の中にパソコンに管理されてない……恐らく研究所出身の誰かが居たのよ! きっと私達の動きに気づいて逃げたんだわ!」
「…………三人もいたのか?」
「いや、多分時間稼ぎよ。三人の内誰が生きてる人間でしょうかっていう。ふふん、でも安心して。そもそもこの席には誰が座ってたのかって事。パソコンはそれぞれ独立してて、このデータはこのパソコンにしかなかった。つまり?」
「……そんな簡単な抜け穴にも気づかないくらい急造の偽装工作しか出来なかった……慌てて逃げたって事、かな。でもこの席って……」
それも、パソコンのアカウントを見れば一目瞭然だ。或いはそれすらなくとも、ここまでの脈絡を考慮すれば当てられる。芽々子が統括責任者だったのだ。もし同じように研究所の人間がいるなら当然、指示を受けられるよう近くに居る。
「うちの、担任!」