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ほんものはいない

 俺は、無知なりに怪異と向き合ってきたつもりだ。そしてこの『俺』という存在は知らないが、真紀さんのタイムリープも含めれば数えきれない程怪異と戦ってきた。怖かった、苦しかった。やり直せていたとしても突破口がすぐ見つかる訳ではなくて、仲間が居なければただ単純に行き止まりにぶつかっていただけだろう。

 これは、なんだ?

 難易度じゃない。理解したくないだけだ。噂のない怪異は芽々子のサポートなくしてまず太刀打ちできる存在ではなく、三姫先輩のような人が居てもすぐに捻り潰される事は想像に難くない。しかし断言してもいい。俺は、俺達は今、お化けよりも遥かに悍ましい現実と対峙させられている。

「…………こ、これさ。パソコンを止めたら……どうなるんだ」

 画面内に今も入力され続けているコマンドや数字は理解不能だ。全自動で動いているように見える割には、人が座れるような椅子が各自用意されている。俺と真紀さんと雀子の分は探しても見つからなかった。その代わりと言っては何だが、既に死亡した柳木のパソコンを見つけてしまう。入力はとっくに停止しており、コマンドには『DEAD』の文字を見つけた。


 ―――コマンドを消したら、生き返る、のか?


「おい。パソコン見てぼやっとしてる場合じゃねえぞ。二人共こっちに来い! 資料室だ! この場所が何なのかハッキリさせようじゃねえか!」


 キーボードに触れようとしたその瞬間、遠くから雪乃の声がかかってハッとしてしまう。柳木を蘇らせたからどうなるというのだ。仮にアイツが生き返って、それで自体が丸く収まるとでも? 

「センパイ、行くの?」

「ああ。よく考えたら仕様の分からないパソコンを触るなんて無謀だ。まずは向こうに行こう」

 パソコン群を超えた向こう側、また別の扉を超え廊下を突き進んだ先から雪乃は俺達を呼んでいた。ここまででも明らかだが、人が通る為の通路、幾つもの部屋、椅子からして多くの人間が働いていたようだ。

「鍵が開いてたのか?」

「ああ。じゃなきゃカードキーが必要そうだしな。主人格様が居ても電子機器はどうにもならねえ。ここに来るまでも幾つか部屋があったが開いてたのはここだけだ。作為性を感じるな」

「俺達が導かれてるって事か? でもここを見つけたのは偶然なんだぞ。さっき雀子のパソコンを探したが見つからなかった」

「ボクも誰かに操られてる気はしないなあ」

「それはみんなそうだと思う」

「偶然なんてもんが果たして存在するかは疑問だな。『仮想性侵入藥」 なんてモンがあるんだぞ。作れる偶然は偶然か? 体をバラバラにされたお前はともかく、蠍女は浸渉もあるんだぞ」

 資料室には夥しい数のファイルが棚に並んでおり、側面にはそれぞれ番号が振られており、それを見ただけで何とは分からないが、恐らくこの島の住人に対して個別に振られた識別番号だ。似たような羅列をさっき見た。

 適当に一冊手に取ると、読んでいる内にそれがこの島の駐在警官の物である事に気が付いた。


『名前 斉藤宗助さいとうそうすけ 中橋啓二なかはしけいじ 勅使河原信也てしがわらしんや 高崎静間たかさきせいま 

    陣中太郎じんちゅうたろう 紀国迅きのくにじん 住良木亜深すめらぎあみ 利治矢盟木りじやめいき

    陽日天午はるのひてんご 和鋸公世かずのこくぜい 


 所属 警察官 八百屋 無職 大工

    教師 死体 漁師 金持ち

    電気工事士 医者 用務員 劇場スタッフ


 性格 傲慢 謙虚 温厚 真面目


 配偶者 いない

 

 生存状況 五六四日後に死亡 一七九日後に死亡 一日目に死亡 三二日後に死亡


 備考 干渉する怪異によって生存状況は大きく変わる。変数になりうる可能性は無し、初日死亡の場合のみ重要人物として扱うべし     』



「は……?」

 ファイルを読んでいると疑問しか浮かんでこない。どうしてこんなに名前がある。何故職業が? 生存状況が複数あるのは?  

 真紀さんのようにここの管理者がタイムリープでもしているのかと思ったが、それなら真紀さんについて芽々子が何も知らなかったのはおかしい。後ろをそわそわ歩いていた雀子の尻尾が踵に当たって意識がつい離れる。棚越しに、雪乃が奥のパソコンを弄ってる姿が見えた。何か音声が流れた所で彼女は慌てて再生を止めて俺達を手招きした。

「おい、早く来い! 映像記録が残ってるぞ!」

 慌てて冒頭を止めたのだろう。画面には見覚えのある女性が映っているが、俺の知る彼女とは大きく違った。

「芽々子……」

 国津守芽々子。だがその姿は映像越しとはいえ一回り背が大きく、制服ではなく白衣を着ている。目には大きな隈が生まれており、画面越しに見つめられていると不安がよぎってくる。

「再生、するぞ」

「……やってくれ」

 再度キーボードのボタンが押され、映像が再生される。




【…………はぁ。こちら介世研究所、制御部門コントロールチーム。私は神異風カムイフ計画(プロジェクト)の責任者である国津守芽々子です……ねえ、本当にこんな事しなきゃ駄目なの? 視察ついでに施設紹介ってどうなってんの?】【守り人様、仰られる事は理解いたしますが、こちらの事情も何卒ご理解くださいますようお願いいたします。制御部門は予算不足に陥り、研究もままならぬ日々なのでございます。神異風の実現に向け全部門が心血を注ぎ、かの技術を再現しようと頑張っているとして、我々は共に働く仲間ではありませんか。予算確保の為には我々の業務を紹介しつつ、統括責任者として守り人様の呼びかけが必要なのです】【あ、そ。まあ政府と直接やりとりしてるのは私達だし、そういうお願いなら聞いてあげなくもないけど。本当にいいの? うちは秘匿研究が原則、契約書にも書いてあったと思うけど、死ぬまでここを出る事は許されてないからね、全員。そもそもが秘密裏に立ち上がった計画で、政府からの支援は後からついてきた。この動画を見せたら支援されるどころか打ち切られる可能性もあるって考えないの?】


 カメラの外に居る人物と芽々子が難しい話をしている。表情は基本的に疲れているが人形と違ってきちんと変わる。見て分かるが彼女はきちんと人間だ。これは人間時代の映像で間違いない…………のだが。

 映像の芽々子はどう見ても二十歳は超えているし、超えていなかったとしても俺が芽々子を未来から来たと考えた時の―――いつ人形になったかの理屈が破綻する。あれは『仮想性侵入藥』による現実の改竄を前提としているから成立しているのだ。ここにビデオがあったら改竄はされていない。この現実に人間の芽々子は居た事になる。もしやそれが集会所の二階に居た芽々子?

 それにしては随分……あの死体に年齢は感じなかったが。


【神異風計画が事後承認という形で支援されるようになったのは偏に政府にとっても都合が良いからでしょう。映像編集についてはこちらにお任せを。例えばここまでの会話などはカットさせていただきます】

【…………分かった。それじゃあ行きましょう。まずはこっちかな】


 受付を通り過ぎて背面の扉―――つまり最初に俺達が入ったパソコンだらけの部屋に入ると、今は見る影もないが、多くの研究員がパソコンの前に座り何やら手動で打ち込んでいるようだった。まだ顔写真も区分もない。作業する人達の隙間を芽々子とカメラマンが横切っていく。


【ここは新世界構想の根幹の部分である影響範囲の人類をどう制御するか、その解決法の一つだね。実験はまだだけど、シミュレーション上では十分に成功してるよ。設定した人間一人一人にステータスと行動値を割り振り、コマンドを記述するとそのように考えて行動するようになる。きっと提唱者も似たような方法を取ったんだと思う。これ以外に考えられない。資料が殆ど消失してるから断言は出来ないけど……】

【実際の人間での実験は執り行わないのですか?】

【それ、この映像を見てる人の疑問を代弁したつもり? 人体実験なんて時代に反するよ。だからわざわざ過去に死んだ人間をDNAからある程度再現する所から始めたんだし。ほら、死人に口なし。科学の発展は犠牲を伴ってきたんだよ】

【ですが新世界構想とやらは誰一人犠牲を出していないとの話も……】

【それ。本当に不思議。残ってる資料だけ集めてもどうやったらこんな事を発見できたのかさっぱり分からない。書いてある通りに実験したらちゃんと再現も出来ちゃったし、提唱者はきっと凄く頭が良かったんだろうね。行方不明らしいけど、捕まえてたら科学は一〇〇年進んでたかも】

 

 『この技術は未完成……新世界構想の理論を中途半端に組み上げたモノになります。本来新世界構想にデメリットはありません。資料が殆ど失われた技術を無理に再現しようとするからこんな粗悪品が生まれてしまうのです。私に言わせれば論外ですね』

『提唱者なんですよね? 資料を補完してあげる事とかしないんですか?』

『……最新技術というものは得てして最初に悪用されるものです。私がこれを提唱したのは他ならぬ私の為であり、今はその意義を見失いました。仮想性侵入藥がこのような被害者を生み出すならやはり、これ以上何かする必要は感じられませんね』


 

 霖さん(の姿を借りた提唱者)は頭が良かったのではなく、優しかったのだと思う。

 こんな技術を知っていて、封じたのだから。 

       

     

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― 新着の感想 ―
底抜けに優しかったですね。
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