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恐怖に非ず

 恐怖は栄養。

 その言葉の意味を、知っている気がする。

「芽々子。何か俺達に言うべきことはないか?」

「あ? なんだってんだよ一体……待てよ。記憶にあるな。そうか、浸渉か?」

 そう。響希が浸渉に侵された時の話だ。芽々子はそれを最高の餌とする為の下準備と称した。狙われたモノへのマーキングであり、状態が進めば恐怖を与えるのだと。それで仮想世界にて彼女は自分を見る事すら憚られる怪物になってしまった。

 「ずっと疑問だったんだ。なんだか微妙に繋がらない事件の数々がな。それぞれがちょっとずつ独立してて源流みたいなのが見えてこない。たまに繋がったかと思えば他の怪異とは無関係だったり。まあそれで『仮想性侵入薬』があっても勝てなかったんだろうという話に前はなってた。けど芽々子、お前は事情を隠しすぎだ。今、繋がったぞ。やっぱり個別に対処するんじゃなくて、何か根本的な原因がある」

「……以前も言ったか言っていないのか正直覚えていないけど。全部話して貴方は協力してくれたの?」

「でも話すべきだった。違うか?」

「ええ、違う。何処まで話すべきだったかどうかなんて、そんなのは後から幾らでも言えるわ。天宮君、例えばだけど一刀斎真紀が手を焼いている怪異の名前を既に教えていたら貴方は詰んでいる。私の裁量でいい感じに情報を出せという割に、これまた私の裁量でダメな情報は秘匿しろというの? それは随分自分勝手じゃない?」

「うぐ……」

「まあ喧嘩はよせよ。とりあえず仲間だろうが。確かに隠し事はあっても芽々子は私達の味方で、敵になった事なんかねえだろ。それでいいじゃねえかよ」

「もし敵でも、この部屋にいるならボクの尻尾ですぐに破壊出来るし!」

「……結論から言うと、貴方のそれも浸渉の一種だから間違っていないわ。大いに関係がある。とりあえず、説明しにくいから私の身体を誰か綺麗にバラバラにしてくれる?」

「じゃあ、まかせたよ雪乃。食事処の一人娘として綺麗に捌いてくれ」

「え、捌くのか? …いや、人形だし。適当にぶつ切りで。包丁借りるぞー」

 芽々子との合意のもと、身体がバラバラに分解され、内臓パーツが細かく運び出されていく。中は殆ど空っぽで大した作業があったわけじゃない。ただ太腿を切り出している時、その付け根の厚みに隠れるように同じパーツを発見。生首の芽々子はなんでもないようにそのパーツを机に置いてと言った。

「それが恐怖を抑える処置ね。私にはどの道意味がないから、おかしな場所に入っているわ。殆どの人間は恐らく心臓か肺の位置にある筈」

「へー。それで、浸渉と島内の人間にこれがある事にはどんな関係があんだ?」

 浸渉が無機物には起きないというのは恐らく正しい。芽々子には現に影響が起きていないし、俺にも影響が及んでいない。勿論芽々子によって既に浸渉を受けているからという話もある。全てはまだ仮説だ。

「……なあ芽々子。これは俺の仮説なんだけど、浸渉ってのはひょっとしてこの処置が施されてるやつしか発生しないんじゃないのか?」

「……何を根拠にそんな事を」



「雀子、俺の四肢を切り離してくれ」



 確かにこの身体は幾度となく破損してきたが、今の身体は万全の状態だ。それならあるかもしれない。無意味な筈のパーツが、俺の身体に。

 その読みはずばり的中し、俺の右足のふくらはぎに沿って件のパーツは埋め込まれていた。重さは何も感じない。人形自体の重みとばかり思っていた。

「なんで? 意味がないんじゃなかったの?」

「意味がないからこそだ。俺には別にこれがあってもなくても変わらない。無機物を侵しようがないのは本当っぽいからな。仮説だったが確信に変わった。浸渉はこれを起点に発生してる。普段は恐怖を抑制して人を呑気で果敢にさせる装置だけど、怪異が干渉したら時限爆弾化するんだ」

「じゃあボクの尻尾は爆弾が止まったままって事? よくわかんない」

 雪乃が気を利かせて学生鞄からノートを取り出して広げてくれた。私物のような扱い方をしてくれたが、そもそも俺のノートだ。だけど今は丁度いい。

「ありがとう」

 ノートを出来るだけ広げて全員が覗き込めば見えるように工夫してみる。四肢を切り離した直後に繋げるととても奇妙な感覚に襲われたが、何度もやり直していたあの感覚に比べれば大した問題ではない。

「達磨だけど見えるよな?」

「テスト勉強の経験が役に立ったかしら」

「……俺達の前提はぼんやりしてた。ずばり怪異は自然か否か、浸渉はその怪異が引き起こす現象か、人為的に起こされた反応だったのかだ。当然科学的にそんな事はありえないって言いたいけど、『仮想性侵入薬』だって現代科学に反してる。とはいえ怪異は超常的で、特に議論なんてしなくても俺達は超常現象か何かと戦っているって思った筈だ」

 だがそれが間違いだった。何一つ独立なんてしていなかった。全ては繋がっていたのだ。

「浸渉がこの妙な機械を介して発生するなら怪異だって自然な物とは言い難い。少なくともここに解き放つかどうかを決められるくらいの裁量を持つ奴がいる。そして同じ顔の死体があった事からして……島民も純粋な人間とは言えないかもしれない。いや、語弊があるな。生きる目的を最初から決められてるって言った方がいいか」

「言わんとしてる事はわかるが突飛だぜ発想が。島から出た人間は一人もいない。外から来た奴も滅多にいない。明言を避けてるようだが……要は、私達は文字通り餌って事なんじゃねえのかって言いてえんだろ。怪異をたらふく肥やす為のさ」

 流石怪異側の存在は遠慮がない。もしここに居たのが響希ならやっぱり明言は避けていただろう。誰しも俺の言わんとしたい事は分かっていた。

「俺や芽々子の身体に同じ物があるのは偽装工作だ。情報が足りなかったらなんとでも言える。人形の身体の補強パーツとかな。誤魔化せればなんでもいいんだ。無機物にはどっちみち効果がないんだもんな。違うか?」

「………………」

 隠し事をしていても芽々子は敵じゃない。紛れもない味方なのはわかる。それでも解き明かす為にはこうして噛み付かないといけないのがどんなに苦しいか。

 自分を慰めたいんじゃない。ただ……虚しいだけだ。

「俺の理屈は単純だ。浸渉がこれを起点に発動するなら、それが全島民に施されてるならおよそまともな人間じゃない。同じ顔の死体もあるしな。芽々子、いつまで隠し事をするんだ? 俺は何回お前にこうやって噛み付かないといけないんだ? そろそろ……話してくれよ」

「…………………」

「俺は死にかけて、長い間別の世界にいたお陰でお前の浸渉の影響も下がってるんだ。もう盲目的には信じてない。お前の事が好きだからって流すようなおおらかさはないんだ。頼む。話してくれ。真紀さんのお願いはそれで叶えられるかもしれないんだぞ」

「…………私は」

 芽々子は一度言葉を切って、それから全てを投げ出したように呟いた。

「生きてると思う?」

「……は?」

「ボクは生きてないと思う!」

「雀子!」

「ええ、正解。私は決して生きてはいない。テセウスの船のような話をしたいのではなくてね、単純に私は芽々子本人ではない」

「そりゃそうだろ。なんか色々訳ありでその身体になったんだからな。……あー、私の記憶にない範囲で何かあったなら知らねえけど」

「そういう意味でもないの。シンプルに、私は芽々子を模して作られただけで、本当の事なんて一切知らない。頭の中にある受信装置がまるで私達を見ているように必要に応じて情報を……記憶として流してくるの。私にとってはかつて体験したように思える。たとえ受け取ったのが二秒前でもね……だから、必要な情報なんて持っていないの。芽々子が情報をくれない限りは。貴方達に提供した殆ど全ての情報は私にも真偽の判断がつかない。ただ右から左に流していただけ。それが私に求められた仕事だから」

 今度こそ、完全な無機質と成り果てた人形は意思の残滓を語り出した。そこに人格はない。あるのはそれっぽい何か。

 そこに人間はいない。居るのは人間っぽい何か。

 そこに超常の怪異はいない。あるのは手綱を握られた怪異。

「じゃあ、お前の…………役目は? そうまでして俺達を誘導しようとした目的は?」



















 芽々子は遂に口を割らなかった。

 その前に電波の受信が切られれば、動く道理もない。本物はこれ以上情報を与えるつもりがなくなったようだ。少なくとも味方とは言い難い。

「……みんな、行こう。芽々子は最期まで俺達の味方だったよ」

 魂なき亡骸を抱きしめて、言葉のない別れを告げた。机の下に引っ込められた『黒夢』と、ストラップのように引っ掛けられた地下研究所の鍵を取りながら。


 思えばこの鞄から疑うべきだったのだ。怪異の成分を分析すれば対抗策が生まれるなんて、まるでその怪異自体のデータはあるみたいではないか。

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