集えば尊し会いに集る
身体を動かしているのは真紀さんや芽々子が手を焼いている『 』なのは分かる。そしてタイムリープする真紀さんや仮想性侵入藥を使い疑似的に似たような状況で戦っていた芽々子がついぞ勝てなかったという点から考慮するに、引っ越したという体裁を取って片付けられた死体はあの怪異の身体として使われる可能性が高い事が分かった。いや、殆どこれは確信だ。死体をとっかえひっかえする奴で、その対処法は本当の身体を見せる事。だから、取り換えられる身体が多ければ多いほど対処はしづらくなる訳だ。そして、この事を知らなければ別の性質の怪異にも見えてしまう。
もう薬は使えないが、つくづく自分のやっていた事はインチキだったのだなと他人事のように思う。尤も、それでも芽々子は勝てなかった。だから一筋縄では行かない事も知っている(真紀さんはタイムリープ自体を解決したいので勝っても負けても意味がなく面倒であるというような口ぶりだった)。
―――まあ、死んでる人間に化けてくれるのは楽だけどな?
俺達が一番困るのは死んだかどうかをこちらで確認出来ていない人間に化けられる事だ。やり直しはもう効かないからそれこそ細心の注意を払うくらいしか出来ない。都合が良いと言えばそれまでだが、俺達を倒す為に怪異も動いている訳ではないだろうし、これくらいは幸運があってもらわないと困る。
「何だかいまいち信じられないな。死んでるのに死んだって事にしないで隠してる……まあもしそれが本当なら確かに気になるけど」
「ボクその話は分かんないんだけど、隠蔽ってどうしてするの? 人が死ぬ事ってそんなに都合悪いんですか?」
「そんなの知らねえけど! でも隠してるのは間違いないんだ。だってアイツが自殺なんてする筈ないし……お化けでも怖くても、理由が聞きたいだろ。本人に聞けば謎なんかない」
「集会所に工具を取りに行かせたのはたまたまだけど、中で何か見つかったか? 本人が居た証拠みたいなのは」
「いや、なかったよ。あったらもうバックレてる。理由を適当につけてな」
仕事を俺に押し付けるつもりなのは結構だが、俺の方もまるっきり出鱈目を言ってやってきたので最終的に誰が仕事を放棄した責任を取るかと言われたら清二だ。俺は知らんぷりするだけでいい。雀子は元々居ない人間だし。
「―――俺も少し気になるから仕事をあらかた終えたら少し中に入ってみようか。雀千は帰ってもいいけど、どうする?」
「ボクも気になるし、一緒に入ります!」
立場と理解度は違えど同じ大人を敵視する者として一時的に関係が落ち着き、仕事に戻っても報告がスムーズになったのは何よりだ。一度話したからには信用に値すると判断したのだろう、修繕作業は慣れないながら、俊介の事で気を取られる事はなくなった。
「……………横からじっと見られるとなんか気が散るんだけどな」
「釘ってお前、最初からそんな打つの上手いのか?」
「な訳。最初はゆっくり打ったよ。最初の頃は真紀さんが手伝いに来たりして……あ、真紀さんってのは俺をこの島に連れてきてくれた人な。知ってるか?」
「真紀さんは分かるよ。接点はないけど詳しいんだ。軽く聞いた話だと俺の親が子供の頃からこの島に居るみたいな話を聞いたんだけど、流石に嘘だろうな。まあ普通に見積もっても二〇後半くらいで、俺の目がどんなにおかしくても三〇歳とちょっとくらいだしな。あの人、仕事は何してるんだ? 多分誰も知らないぞ」
「あーそれは俺も知らないけど、夜の仕事とは聞いてる。仕事なんて何でもいいだろ。あの人は暮らしていけてるんだから」
真紀さんはタイムリープの孤独をずっと味わっていたのだろうか。いや、今も解決した訳ではあるまい。
『お姉さんと~っても強いけど、不意打ちはしょうがないよねー。目に付いた人間を片っ端から斬り殺すような強硬手段に訴えた事がないとは言わないよ。まあ、ほらさあ。多くは言わないよ。私が今ここに居るのが全てじゃん?』
俺の軽率な行動がこの島を崩壊させたように、彼女もまたジェノサイドで以て事態の解決を図ろうとした。俺のは夢に過ぎないが彼女の場合は現実だ。名前の言えない『 』に勝つ為に鏖殺を選んでもタイムリープは解決しなかった。勝っても負けてもそこには何の意味もない。
本人から直接その言葉を聞いた訳ではないが、真紀さんは殆ど解決を諦めていると思う。『 』を倒すのは飽くまで俺達に協力する条件であって、それが満たされなかった所で困るのは俺達で、向こうには変化がない。あの口ぶりだと、どうやら俺が死んだ瞬間だって見た事あるようだし。
―――じゃあ何で、俺の世話を。
居ても居なくても同じなら、行動する事がアホらしいと考える方が自然だろうに。この島に来てからずっとあの人には助けられてきた。こんなトラブルに巻き込まれるよりも前からずっと。行きの船では船酔いをずっと気にかけていてくれたし、来てから一週間くらいは泊まり込みで世話してくれた事もあった。
どうせ死ぬと分かっているなら、真紀さんの視点では意味なんてないのに。それで恨むとか呆れているみたいな感情はない。感謝はしているが、疑問に思ったのだ。いや、感謝どころじゃない。真紀さんのせいで俺は年上の人がタイプになったまである……うん。
雑談に気を取られている内に流れで仕事は終わった。所詮は学生、それもバイトにプロの仕事は求めないでほしい。板材はきちんと張り付いたし、とりあえずの修繕としては及第点ではないだろうか。
「そういやお前。なんかあれじゃね? 港のバイトの様子観に行った時ジジイに絡まれてたよな。大人ってここに来ないのか? 様子見に来たら……」
「もし来てもこの仕事ぶりを見て文句なんて言えるか? 俺が一人で仕事してる時も大体こんなもんだ。中に入るなとは言われてないし、ちょっと入ってみようぜ。何か……見つかればいいな」
さっきは穴から覗いていた集会所に自ら立ち入る。怖気もなければ嫌な予感もしない。それとは無関係になんとなく気まずい。さっきまで自分が覗いていた場所だ。作業の過程で穴はもうないが、どうしても悪い事をしている気分になった。
集会所の入り口から大きく分けて部屋が二つある。一つは書類を管理する事務所で、もう一つは大広間だ。集会所の名前が示す通り老人達は殆どここに集まって何やら話し合う。二階は……階段こそあるが、集まっている事などあるのだろうか。大勢が通るようには設計されておらず非常に横幅が狭い。段差も一段一段がやたらと高く、年を取るにつれて上がるのに苦労しそうだ。
「階段って上がったか?」
「上がったけど鍵がかかってたんだよな。もしそこに工具箱があったんなら詰んでた。だから知らん」
「…………」
覗き穴から見た時はそんな挙動をしなかったが。
「先輩達、こっちを見てください! 広いです!」
そして雀子は一応中学校に通っている設定の筈なのに無知全開で、時々ボロが出ている。可愛いからいい、では済まされなさそうだが、それより問題なのは光が差し込まないせいで尻尾が影から出てきている所だ。慌てて窓を開けて光陰をその場に生成する。
「明るい方が探しやすいよなっ」
「ん。おお。だけど見るからに何もないんだよな。こりゃどうにかして二階に入る必要がありそうだ。だけど窓はないしな……そうだ、お前バイト沢山やってるし、扉をタックルで壊せないか?」
「漫画の読みすぎだろ。木の扉でも難しいっていうかまともな立て付けなら無理だぞ。工具箱に入ってる道具でぶち壊すのも時間がかかるな。あんな小さいハンマーじゃ人が通る為にどんだけ扉をぶん殴る必要があるか……」
ずばんっ!
「なんだ!?」
「行ってみよう!」
二人して階段を上がると、なんと木の扉が大砲でも飛んできたような大穴を開けて俺達を待っていた。最早その状態では扉としての役目は碌に機能していない。唖然とする政治を尻目に、俺は最後尾の後輩に親指を立てた。長い尻尾、便利だ。とても。
「………………おいおいおいおい! おいおいおいおいおい! 見ろ、見てみろ! や、ま、まずいか。どうすっかこれは! 俺ら逃げても無理じゃね!? 逃げた方がいいかな!?」
「ちょちょちょちょ。この階段狭いんだから押し返すんじゃねえよ。何があった、何が見えた? 見せてみ…………」
貫かれた扉の先には、死体の山が広がっていた。だが目を引いたのはそこじゃない。最奥の十字架に磔の死体。あってはならない、しかし思い返せば現物を見た事はなかった。
彼女が随時回収していると言っていた筈の、国津守芽々子の死体。