過去は未来を挫く為
バイト参加は嘘で、修理は建前でも一応真面目に仕事はしないといけない。先導を買った形なら猶更だ。工具箱の中身に変化はなく、俺でも普通に扱える。一日の長とは言ったが中身が違っていたのならその威厳もなく困惑していた所だ。少し安心しつつ、作業を進めていく。
「雀千。板材そっちに。清二の作業が止まらないようにしてやってくれ」
「任せて!」
「お前、バイトリーダーか!?」
「まあお前達よりバイトしてるのは間違いないよな。実家暮らしのお前達と違って俺は賃貸だ。学費もあるし、働かないといけない。意地でも続けないといけないんだからそりゃ経験も豊富だよな」
どうして学生の身分で釘打ちなどしないといけないのか。こういう危険な作業をやらないといけないなんて、と不幸ぶってみる。処世術というか、俺もすっかりこういう仕草が出来るよになってしまった。さも自分が困っているような素振りを見せると、仕事を見に来た大人が同情してくれて、報酬に少し色がついたりする。つく事もあるからやるだけやってみようという気概がいつからか生まれてしまった。
「そういえばお前はどうしてこのバイトを受けたんだ? 俺はお金の事情だけど、お前らは違うだろ」
「あーまあ……そうだな。俺だってお金が欲しい的な?」
「親から貰えよ。俺がくる前からお小遣い制度は終わっていて自分で稼ぐ必要があるってんなら、俺は何度かお前とバイトで一緒になってないとおかしいだろ。小さな島だ、バイトって言っても限度はある。本島と違って溢れかえってる訳じゃない」
こういうアプローチなら怪しまれる心配はないだろう。バイトが絡んだ事情に一番詳しいのは俺だ。クラスメイトの殆どはそんな俺を茶化すくらいにはバイトに対する縁がない。
「島の外には仕事が沢山あるんだ?」
「雀千も島の外に行く日がくればいいな。びっくりするぞ」
「……んー。あー。えー」
「おい、単なる雑談だ、仕事の手を止めたら怒られるぞ。こういう手すりのささくれなんかも切除して綺麗に削らないとだめなんだから。その為の紙やすりだ」
板材の釘打ちは計画とは無関係に危ないので基本的には俺がやっておきたい。清二の仕事ぶりを見たが、釘がまっすぐ刺さっていない場合が殆どだ。斜めに入ったのをそれでも無理やりいれようとして何やら釘が埋没しているものばかり。それを俺が引っこ抜いて、改めて入れる作業を何度行っただろう。
「で、そんなに話したくない理由なのか?」
「や、これ自体が話したくない訳じゃねえんだ。ただほら、ちょっと怖い話になるかもしれないし、雀千ちゃんを怖がらせたくないだろ? ましてや仕事中で、手につかなくなったら……」
「ボクも気になるから話して欲しいかも……駄目、ですか?」
素晴らしい催促だが、まだもう一押し足りない様子。見た目がタイプな後輩に頼まれてまだ口を割らないとは強情だ。雀子にまた板材を取りに行かせると、その間に肩へ手を回して耳打ちする。
「タイプなんだろ? ここらで好感度稼いどけって」
「お、俺は気遣ってるだけで……」
「この島に娯楽がないのはお互い分かってる筈だ。怖い話ってのが何なのか分かんないけど、盛り上がれるなら何でもいいじゃないか。だろ? 違うか?」
芽々子の気持ちが段々理解出来るようになってきたのは喜ぶべきなのだろうか。必要とあらば嘘を吐く事を厭わなくなる。正直を徹底していたつもりもないが、だからといってこんな柄にもない役回りをする性格ではなかった。
「で、でも……マジで俺は心配してるだけで」
「雀千って凄い人懐こいんだぞ。俺はまあ……頼りになる女性が好きだからあれなんだけど、お前は好きなんだろ。ここでいっちょ好感度稼いどけって」
「お前なんかキャラが違うぞっ! 恋愛にそんな口出ししてくる奴じゃなかった! 誰だお前は!」
「あ? 響希の店でバイトしたくらいで色めきだって茶化してたお前達がいうのか? 筆頭は仁太だけど同罪だぞ。変わったとしたらお前達のせいだ」
それは成り行きで彼女も巻き込む事になるよりも前の話だ。単にバイト漬けで、雪呑に来たのはお金の為だった。それなのにこいつらときたら囃し立てて、当時は眠くて何とも思う余地すらなかったが、思い返すと腹が立つ。意趣返しのつもりだ。
「先輩っ、どうぞ!」
見計らったように雀子が戻ってきて身体を使って沢山の板材を持ってくる。ブレザーと足である程度誤魔化しているとはいえ、誤魔化しているだけなので注視されたら普通にバレる。本気で隠そうと思ったら今のように大きな物でも持って遮蔽物にした方が良い。違和感は断片的に見る分にはバレにくいものだ。雀子の顔ばかり見ている清二ならこれだけでも十分。敢えて板材を一枚残すように取りつつ、作業を進める。
「それで、どんなお話なんですか? ボクは仲間外れですか?」
「…………ああ分かった! 分かった。雀千ちゃん、怖いと思ったら耳を塞いでいいからな? 実は俺がバイトに来たのはお金の為じゃなくて、気になる事があったからなんだ。集会所さ、爺さん共が集まる場所だろ。まあ俺達にはつまんねー場所だよ」
「たまになんか貰えるくらいだ、よな? 前の、饅頭みたいな」
「ああ。で、な? 前、夜にほっつき歩いてたんだわ。目的があった訳じゃなくて、単に暇だっただけっつーか。たまたまこの前を通ってさ……」
歯切れが悪い。怖がっているというのは本当らしい。話さなければいけなくなったが話したくない気持ちはそのまま。そんなままならない状態で葛藤していたら歯切れも悪くなろう。
「…………お化け、見たんだ」
「お化け? お化けって、お化け? 幽霊? ゴースト?」
「凄いです! でもそれ、見間違えじゃないんですか? ボクそういうの見た事ないです。おじいさんが亡霊に見えたとか」
「確かに長老なんか昔の幽霊みたいな見た目だけどな、でも確信出来るんだ」
「何でだ?」
また、言い淀む。この期に及んでと言いたくなる気持ちを抑えて次の言葉を待った。早く何もかも吐けというのはこちらの勝手な都合だ。清二は悪意があってこんなもったいつけているんじゃない。彼に限らず、クラスメイトの殆どは島の裏事情など知らず、ただ普通に生きている善意の人間ばかりだ。だからこれに対して憤慨するのは筋違いなのである。
「…………ちょっとここ離れよう。なんか、聞かれたらやだ」
「聞かれるって誰にだよ」
「いいから!」
「………………ちょっと待て。アイツは引っ越した筈だろ」
「ひ、引っ越したってのは…………学校の言い分だろ! ああくそ、だから言いたくなかったんだ。信じてくれないんだよ誰も。大人の誰にも聞くんじゃねえぞ、ここだけの秘密だからな! 少なくとも俊介は引っ越したんじゃなくて、死んだんだ。なのに集会所に居た!」
俊介は俺達に追い詰められて自殺したクラスメイトだ。『三つ顔の濡れ男』を利用した全滅計画の首謀者と言ってもいいかもしれない。今も病院で眠る恭介と栄子を除けば他のクラスメイト達は芽々子がどうにか抑え込んだ。死んだ事を清二が知っているのはおかしい。
そしてその死体が…………動いているらしい。
「……気のせいじゃないんだよな? 本当に俊介が? ていうか死んだって、何があって死んだんだ? 行きの船の事故とか?」
「そ、そこまでは知らねえよ! でも死んでるのは間違いないんだ。お、お、俺はな。その。見たから、もし話せるなら聞きたいんだ。アイツに、誰に殺されたのかって」
「他殺なのか!?」
我ながら、白々しい。だがこう答えるしかない。口を開けて、目を瞬かせ、出来るだけ間抜けに見えるように。清二は首肯し、目の奥に濁った恨みを灯しながら歯を食いしばった。
「アイツが自殺なんてする筈ないし、事故ならもっと知れ渡ってる。殺されたんだ。きっと大人達の誰かに! だから隠蔽されてる!」