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スーサイド・レコード  作者: 日常の音ずれ
第4章 神大聖堂編
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第66話 無命

「ゴホッゴホッ、ここどこだっけ……」


 ミルは口の中に溜まっていた血を吐き出し、仮面の下に隠れる口から垂れる血を器用に拭い、周囲を見回す。

 まだ頭がはっきりしておらず状況の整理に追いついていないため、寝ぼけ眼でぱしゅぱしゅとゆっくり瞬きを繰り返す。


 状況把握に勤しむミルを見上げる行生は星が逆行した瞬間を始めてみたかのように何度も瞼を開閉して、驚きを露にし半開きの口で弱弱しく呟く。


「なんで……死んだ、はずじゃ……」


 ミルが死んだと行生が思い込むのも無理ではない。

 なんせミルは先ほどブリュヴェルナの攻撃を正面から受けて腹部を抉り取られ、内臓を曝け出し息をしていなかったのだから。

 しかし目の前のミルは服が破れているものの、外傷はなく汚れの無い肌が陽の光に照らされていた。

 行生と同様にブリュヴェルナとその配下の魔王軍数十人みなが信じられないモノを見るように固唾を呑む中、行生の声に誘われるようにミルは視線を落として四肢の骨が曲がり、血を体中から流している行生の存在に気が付く。

 そしてミルは自身が眠る前の状況を思い出し、どっと冷や汗を流して素早く腰を下ろし行生の頭を優しく抱きかかえる。


「大丈夫ですか! ちょっと待ってください」


 ミルは行生からの返事を待たずに腰から一本のポーションを取り出して、行生の口元へ運ぶ。


「これだけじゃ足りないと思いますが、飲まないよりはマシだと思いますので……」


 行生は自身の問いに対してミルから何の返答もないことに頭を悩ませるも、自身が立てないほどに怪我をしていたことを思い出し、ありがたくポーションを受け取ることにした。


「ありがとう、ごさいます……」


 ミルがポーションをゆっくりと傾け、行生の口の中へ少しずつ流し込む。


 ゴクッゴクッゴクッ


 行生が喉を鳴らす音を静かに聞き届けポーションの中身が空になると、ミルは小鳥を包み込むようにそっと行生の頭を地面に戻し、仮面を取って自身の頭を下げる。


「すみませんでした。口だけで何もできず、すぐにやられてしまって……」


 ミルの唐突な謝罪に行生の頭の中は困惑の霧が広がっていた。

 ミルは身を挺して守ってくれたのだ、それに文句をつけようはずもない。

 加えて、死んだはずのミルが蘇っており、何事もなかったかのようにピンピンしているのだ。

 光の当たり具合によっては金色にも茶色にも見える黄色の瞳に、薄い紫色の髪を持った中世的で特筆すべきほどではない顔、ミルが仮面を着けていた理由は知らないが、衝撃的な事態の連続で今の行生には些細なことに感じられた。

 それでも礼を尽くしてくれている相手に寝た切りは失礼であることだけは理解できた。

 ポーションのおかげで僅かながら痛みの引いた体に活を入れ、どうにか上体だけでも起こそうと――


「無理はしないでください。今はできるだけ安静に……」


 ミルに優しく肩を掴まれ、背中を地に戻す。

 一連の動作で体に痛みが走った行生は、一度呼吸を整えて仰向けのまま心苦しそうにミルへ視線だけを向ける。


「寝たままですみませんが、一つ質問いいですか?」


 ミルは行生の言葉を聞き届けると、小首をかしげて口を開く。


「どうぞ?」


 行生はミルから許諾を得たことで、先ほど目の当たりにした異常な光景、天変地異すら赤子のおままごとのように見えてしまうほどの非現実的な事象について尋ねる。


「さっき魔王さんの攻撃でお腹を貫かれたとき、確実に死んでいたはずです。なぜ生きているのですか?」

「ああ――」


 ミルは目を覚ましてからずっと気になっていた、困惑の色を浮かべていた行生の表情に合点がいき小さく頷いて言葉を続ける。


「僕、狂癲の能力で死なないんですよ」


 まるで生きていればお腹は空くし眠たくもなると言っているように、自然の摂理と誤認してしましそうなほど平然と口にした。

 しかし驚愕の事実に「へぇー、そうなんですね」と言えるはずもなく、行生は口をパクパクと無駄に開閉させて声を発することができなかった。

 だが力なくも覇気の籠った声を発する者がいた。


「貴様……誰の、差し金、だ……」


 ミルが声のする方へ視線を移すと、ミルの腹を抉った張本人であるブリュヴェルナがうつ伏せのまま顔だけをミルへ向けていた。

 ミルは数秒ほど考え込むと、行生へと視線を戻して質問を口にする。


「そういえば僕はあなたたちのことを全然知りませんでした。あの人がさっき言ってた"一国の王"って行生さんのことですよね? 行生さんは王様なんですか? それと行生さんの話から察するに、あの人が魔王(?)ということですよね? 悪い人じゃないと思ってましたけど、もしかしてあの人って極悪人ですか?」


 ミルはブリュヴェルナが行生の弁明に耳を傾けていたときのことをふと思い出し、ついでのように"魔王"という単語についても質問を口にした。

 元々が日本人であるミルにとって、魔王とは悪魔や幽霊、妖怪など異形の化け物を統率する頭領である。

 そのため自身の目でみて感じた良い人そうだと思う率直な感想と、日本で暮らした際にこびり付いたゲーム知識との差異に困惑で顔を歪める。


 ミルと同様、日本にいたころは普遍的な生活を送っていた行生にとっても魔王という存在は極悪人である印象が強い。

 しかし、この世界に来て情勢を学び、魔王が悪ではなく一国の王の異名であることを知った。

 付け加えるとするならば三百年前の戦争の際に人類の敵となった歴史があり、歴史を知るごく一部の者たちからは恐れられている存在だということも知識として蓄えている。

 だが大きな傷を負っている行生に一から全て説明できる余裕はなく、端的な回答を口にする。


「俺は幸王国の王で、魔王さんは盗賊団を倒そうとする良い人です」

「なるほど……」


 ドタドタドタドタ!!


 ミルが独り合点がいったように小さく頷くと、後方からいつくもの足跡が激しく大地を揺らし、急ぎ足で近づいてくる。

 足音が止むと一人の男が声を張り上げた。


「てめぇら何者だ!!」


 ミルが後方を振り返ると、黒のマスクと軽装の防具に身を包んだ一個小隊ほどの盗賊が鋭い眼光を向けていた。

 盗賊団の先頭には体躯が大きく顔に傷跡がある男がおり、先ほど大声を上げた人物であろうと推測される。

 盗賊たちの登場に驚愕の表情を浮かべたブリュヴェルナは僅かに震えた声で呟く。


「なぜ……だ……」


 ミルは微かに聞こえた、ブリュヴェルナが絶望に落とされたとさえ感じさせる声音を一瞥する。

 ブリュヴェルナは目を点にして、唇を震わせて独り言を呟いた。


「先に向かった同胞たちは……負けたと、いうのか……」


 ミルはブリュヴェルナの言葉を逡巡したのち、盗賊団へ何も返答をせずに行生へと視線を戻し行生との会話を再開する。


「つまり、さっきまではお二人の勘違いが生んだ争いで、本当に悪いのは盗賊団ってことですね?」


 傷の男は無視されるとは思いもよらず、鳩が豆鉄砲を食ったように目を見開き、再び声を張り上げる。


「おい、そこのチビ! 無視してんじゃねぇぞぉ!」


 まるで聞こえていないかのように傷の男の怒声に見向きもしないミルに対して、行生は一瞬盗賊団とミルへ交互に視線を泳がせるが、唾を呑み込み口を開いた。


「はい、悪いのは全部、あいつらです」


 ミルは行生の言葉を聞き届けると仮面を着け、ゆっくりと立ち上がった。


「僕のこと、信じてください」


 呟くようなミルの言葉に行生は優しく微笑みを浮かべる。


 ミルが何をしているのか分からないながらも、二度も無視を決め込まれた傷の男は額に血管を浮かび上がらせるほどに怒りを露にし、腰に下げていた剣を引き抜き、歯をギリっと鳴らす。

 今にも飛び掛かりそうな傷の男は仲間の言葉で更に怒りを爆発させた。


「おい、おめぇらどうしたしっかりしろ!」


 それは行生たちが到着する前にミルが殺していた数人の盗賊の死体を見つけた他の盗賊たちの悲痛な声であった。

 剣を構えた傷の男は顔を仲間の方へと向けて、瞳から光を消した同じ武装の死体を目に焼き付け、目尻に一粒の涙を浮かべる。


「ぶっ殺してやる!!」


 傷の男が勢いよく大地を踏みしめてミルへ飛び掛かる直前――


 ドッ!


 横たわっていた行生をミルが蹴り飛ばしたのだ。


 行生は数十メートルほど大地を転がり、傷の深い体に追い打ちをかけるように打撲痕を増やし、ブリュヴェルナたちの元まで転がり続けた。

 ミルの唐突な行動に傷の男は時間が停止したかのように動きを止めて、眉間に皺を寄せる。


「あ? そいつらはてめぇの仲間じゃねぇのか?」


 ミルはゆっくりと振り返り、白い仮面越しに動きを止めた傷の男を見据えて小さく肩を震わせる。


「ふふふ……」

「何笑ってんだ?」


 何の脈絡もなく不意に笑いだしたミルを傷の男は訝しむが、ミルはゆったゆったと体を揺らしながら盗賊たちへ歩を進める。


「仲間? 何言ってるんですか? 僕は盗賊団(あなたたち)を殺しに来たんですよ? 同じ紋様を持ってる人と味方なわけないじゃないですか。あなた脳みそ入ってますか?」


 ミルの挑発に傷の男は怒髪冠を衝くが如く鬼のような形相で剣を振りかぶる。


「死ねやぁ!!」


 傷の男の巨躯から振り下ろされる剣は空を斬り赤い血飛沫をあげる――

 ことはなく、耳を劈くほどの轟音を響かせた雷撃が首から上を抉り焦がす。

 巨躯は首から血を流すことなく焼き焦がし、力なく大地に崩れ落ちた。

 大きな死体ができあがり、盗賊団の面々は口を半開きにし呆けた状態で静止する一方、ミルは頭を軽く掻き、深く爪を切り過ぎてしまったときのように落胆を口にする。


「あー、脳みそ入ってたか、わかんなくなっちゃいましたね」


 盗賊団の面々はミルの発言に、いや口調に戦慄を覚えた。

 盗賊などという血生臭い生活をしていれば人の生き死にと蜜に関わることは多いし、その手を血で染めることも両手で収まらないほど経験している。

 しかし人を殺したというのに喜怒哀楽の何も感じさせず、ただ羽虫を潰したかの如く振舞う仮面の男が人とはかけ離れた存在に感じられた。

 ミルの言動を直で目の当たりにして一人の盗賊が震えた声を弱弱しく発した。


「お、おお、思い出した……」

「な、何をだよ?」


 仲間の怯えた声に盗賊団の面々は一言一句聞き逃さないように耳を傾け、声の震えた盗賊は続けた。


「白い仮面を見たときから、ずっと引っかかってたんだ……」

「だから何の事だよ!」


 仲間のくぐもった声に苛立ちを露にし口調を強める盗賊たち、声の震えた盗賊は唾を呑み込む。


「ここ一ヵ月で別のアジトが立て続けに潰されてるだろ?」


 苛立った盗賊は何かを思い出したかのように眉間に皺を寄せる。


「そういやお前は隣国のアジトから逃げて来たんだったな……まさか……」


 苛立った盗賊の表情は紅潮したモノから一変、青白く染め上がり、息が詰まる。

 そして声の震えた盗賊が蛇に睨まれた蛙のように身をすくめて呟く。


「あんときは頭を打って曖昧だったが、今はっきりした……あいつが、俺たちを殺し回ってる鬼――」

「……」


 盗賊団の面々が頬に冷や汗を流し息を呑む静寂の中、白面鬼の名が空を揺らす。


「"無命 ミル・ノルベル"だ」

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